人と本や本屋さんとをつなぐWEBメディア「ほんのひきだし」

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“団地だから成り立つ本屋の形”で人と本をつなぐ【連載】地域とともに生きる本屋 vol.5

2012年から10年にわたり、移動式本屋「BOOK TRUCK」で全国各地の読者に本との出合いを届けてきた三田修平さんが、8月27日、自身も住人の一人である若葉台団地(神奈川県横浜市)に“固定”の本屋「BOOK STAND 若葉台」をオープンしました。

なぜいま新たに店舗をひらこうと思ったのか、オープン準備中の三田さんに、お話を聞きました。BOOK STAND 若葉台
〒241-0801 神奈川県横浜市旭区若葉台3-5-1-10
営業時間:10時~20時(不定休)

 

BOOK STAND 若葉台 店主 三田修平さん

横浜若葉台団地:1979年、横浜市旭区の東西1.2km、南北0.8kmの広さに、総計画戸数6,500戸の規模で開発された大規模団地。高層住宅を中心に、病院、銀行、教育施設、ショッピングセンターなどの施設を備えている

 

「団地だから成り立つ本屋」を模索

――三田さんご自身も、この若葉台団地に5年ほどお住まいだそうですが、まずはこの地に書店をひらくことになった経緯をお聞かせください。

この場所にはもともと別の書店さんが入っていたのですが、3年半ほど前に撤退されて以降、この団地には本屋がない状況が続いていました。ここに限らず本屋の閉店のニュースはよく聞きますし、本もネットで買える便利な時代です。しかし、利便性には代えがたい、固定の店舗だからこそもたらすものもあるだろうと考えていたときに、新型コロナの感染が拡大してきました。

団地からは4駅3路線が利用可能ですが、本屋で本を買おうと思うと、いずれもバスに乗って駅まで行かなくてはなりません。コロナ禍で毎日の生活を豊かなものにしたいという大きな流れもあって、本屋を通して、自分が暮らす街がよりよい環境になるといいなと思い始めました。

とはいえ、団地で本屋をやるのはなかなかハードルが高いと思っていたところ、この団地を管理している神奈川県住宅供給公社や、運営している若葉台まちづくりセンターの方も書店を誘致しようと動かれていて。「本屋を団地に取り戻したい」というお気持ちを聞いて、僕も真剣に考えることにしました。

――お店は旧書店跡地にオープンする、多様・多世代の交流活動拠点の一角に出店する形ですね。

僕は、当時はまだ珍しかったブックカフェを他に先駆けて導入したTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現・六本木 蔦屋書店)や、出版社を併設したSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS (SPBS)といった、既存の本屋の型にはまらない、新しいスタイルの本屋で働いてきた経験があります。その経験を応用して、「団地だから成り立つ本屋の形」を見出せないかと思いました。

当店の店舗面積は23坪なのですが、このくらいであれば運営できるのではとスペースを区切らせてもらい、費用としても無理のない固定費に収まるように調整させていただきました。

そういった費用面で折り合いがついたこともあって、当初は普段からBOOK TRUCKで扱っている、利幅の良い古本を中心に販売しようと思っていましたが、普通の本屋が欲しい方も多いと思うので、新刊を中心に古本や雑貨、ドリンクスタンドを組み合わせたいまの形にこぎつけました。

▲レジカウンター兼ドリンクスタンド。ドリンクは店外からも購入でき、店内でも楽しめる。収益源としてよりも、リラックスして店内で過ごしてもらいたいという思いから提供

 

――店づくりには、学生さんも参加されているそうですね。

以前から関わりのあった横浜国立大学の学生さんに、島什器の設計と制作をお願いしました。同大の建築学科はレベルが高いことで知られていて、都市計画やまちづくりに関心が高い学生も多くいます。今回、本屋が共有地として団地にできることで、どう街が変化していくのかという部分に興味を持ち、7人ほどが協力してくれています。そのうち数人は、オープン後もアルバイトとして入ってもらう予定です。

――学生さんとの店づくりでは、三田さんにとっても発見があったとか。

人の流れの考え方や空間の捉え方、仕切り方など、本屋とは売場に対する視点が違っていて新鮮でした。僕は六本木のTSUTAYAで働いた後に、CIBONEというインテリアショップの本担当をしていた時期があります。

そこはフェア展開ごとにレイアウトや照明の角度も変えていて、見せ方の面でとても勉強になりました。今回も、いくつかの什器をさまざまな形に組み替えて空間をデザインできるような什器を考えてくれるなど、建築を学んでいる学生さんたちの目線が売場づくりの参考になっています。▲横浜国立大学の学生が制作した島什器。キャスターで動かせる可動式で、いくつかの什器を組み合わせることによって、さまざまに形を変えることができる

 

“街の本屋”とセレクト型の両輪で運営

――今後もBOOK TRUCKは続けていくのですか。

続けていきます。BOOK TRUCKはいままでも土日が中心なので、土日はアルバイトに店を任せて、僕が出稼ぎにいく感じです。

BOOK TRUCKはこの店舗にも重要だと思っていて、団地は何かきっかけがないと、わざわざ訪れる機会がないですよね。でも一度来てみると、意外に暮らしやすそうだと思ってもらえるのではないでしょうか。お店の存在が団地の暮らしに触れるきっかけとなって入居者が増えたらうれしいですし、団地の本屋はそもそも認知度が高めづらいという課題があります。

BOOK TRUCKのように人の集まるところに定期的に出かけていく装置があると、固定の店舗のこともPRしやすいので、新規のお客さんの獲得にもつなげられます。実際に、BOOK TRUCKはこの周辺地域からも呼んでいただくので、距離的には近いのにこの団地は訪れたことがないという人たちとの橋渡しができればと思います。

――BOOK TRUCKでは、訪れる場所に合わせた選書をして出かけられるそうですが、固定の店舗ではどのような品揃えになりそうですか。

BOOK TRUCKのお客さんは基本的に一見さんになるので、こちら側の想像で選書して持って行くことが多いです。一方、固定の店舗はお客さんとのラリーによって深めていくものだと思うので、最初から品揃えをガチガチに固めるよりは、お客さんの反応を見ながら、一緒に作っていけたらいいですね。

とはいえ団地の需要だけでは経営が成り立たないという現実はあるでしょうから、住人の方のニーズに応える品揃えと、周辺地域の本好き、本屋好きの方にもわざわざ足を運んでもらえるようなセレクト型の両輪で考えていて、この場所ならではのバランスを見出していきたいと思っています。▲「BOOK TRUCK」では、音楽ユニット・YOASOBIとのコラボ店舗「旅する本屋さん YOASOBI号~BOOKS&CAFÉ」を、7/16〜18に横浜赤レンガ倉庫で開催された「CURRY&MUSIC JAPAN 2022」(横浜赤レンガ倉庫)に出店

 

――三田さんはこれまで、六本木や渋谷の先進的なお店に関わってこられたわけですが、今回はまさに地域密着型の店舗ですね。店づくりのうえで、意識されている違いはありますか。

お客さんの声を聞くというモードさえあれば、場所が変わっても基本的な考え方はさほど変わりません。

ただ、これまでと大きく違うのは、TSUTAYAもSPBSも指定配本だけだったのですが、このお店に関しては自動配本をお願いしています。いわゆる“街の本屋”としての品揃えをしっかりしていく必要がある中で、団地には高齢者の方も多く、その方たちのニーズが自分一人ではなかなか読み切れないのではないかという危惧がありました。

新聞の書評を見て本を買いに来られる方も多いでしょうから、自動配本でベースを作りつつ、こだわりのあるような方に向けた品揃えもプラスしていけたらと。そこは運営しながら調整していきたいと考えています。

――具体的にはどのような形を目指されるのでしょうか。

以前あった書店さんと比べると、当店は3分の1程の面積になっていて、なんでも置けるわけではありません。方向性としては、「知らない世界と出合える本屋」になれたらいいなと思っています。

「とりあえずあの店に行けば話題の本が揃っている」という環境を用意するには場所も必要ですし、大型店やネット書店のようにはいきません。逆に、「本との出合いを楽しめる場所」は、こういう小さいお店だからこそ成り立つ切り口だと思っています。

とはいえ、「そういうのはいいから、ちゃんとほしい本があるようにしてほしい」というお声もあると思うので、地元の方については定期購読やお取り寄せなど、「本の御用聞き」的なサービスもしっかり提供していきたいです。▲入口すぐの棚には児童書を配置。店内はおもにカルチャーや暮らし、児童書、雑誌などに古本をミックスして展開。レジ奥にはギャラリースペースを設け、オープンにあわせ、イラストレーターの作品展を実施。オープンまでの軌跡は、Twitterの@BOOKSTANDWAKABAで公開中

 

本を通して世界のおもしろさを伝える

――そうした知らない世界との出合いを楽しんでもらうために、どのような仕掛けをされていますか。

お客さんがどういうモチベーションでその本を見るかによって、刺さり方はまったく違ってくると考えています。まずは、新しい世界との出合いを楽しみたいという思いを持っていただくことが必要ではないでしょうか。その点ではBOOK TRUCKは非日常的な空間だからこそのワクワク感があって、普段見過ごしてしまうようなものを気に留めてくれたり、手を伸ばしてくれたり、お客さんのモチベーションをデザインしやすいんです。

こういう考えに至ったのも、新刊書店は品揃えの面で差別化しづらいと考えていた時期があったからです。“ここにしかないもの”が作りづらかったとしても、その本の魅力が最大限に伝わる差し出し方をすることで、人と本をつなげることができる。それが本屋の機能であると思っています。

そこで具体的に何をするのかといわれるとなかなか難しくて、品揃えや陳列を工夫し、フェアをしたり楽し気な空間を作ったりと、舞台を整えていくことなのかなと。

――BOOK TRUCKさんとしては、特に大学に出店したいと発信されていますね。交流スペースは中高生をはじめとする子どもの居場所としても活用されるそうですが、そういった層に向けたイベントなどは予定されていますか。

僕がなぜ本が好きかというと、単純に読んでおもしろいからでもありますが、本を通して世界っておもしろいんだなと思いたいし、思ってもらいたいというのが一番のベースにあります。

たとえば読み聞かせでも、店舗のアルバイトスタッフが提案してくれているのは、洋書の絵本を使った読み聞かせです。彼女は留学経験があるのですが、英語ができれば世界も広がります。そういった入口として、読み聞かせで英語に親しむことができたらいいですよね。

ほかにも、協力してくれている横浜国大の学生さんに、彼らが大学で何を学んでいるのか、建築を学ぶと世界がどのように見えるのかといった内容で話をしてもらうこともできるでしょう。建築の仕事をしている人が身近にいないとなかなかそういう世界に触れる機会はないですが、中高生が大学生から直にそういう話を聞ける機会を提供できればいいなと思います。

それは僕が大学に出店したいという思いと同じなのですが、本と本屋を通して、世界の広がりと楽しさを知ってもらえるような取り組みをしていきたいです。

――団地だからこそ、まさに顔の見えるリアルな取り組みが実現しそうですね。

団地は、人々が心理的にも物理的にも近い距離で生活していることが特徴としてあります。特に子どもを連れていると、すごくたくさん声をかけられますし、我が家はお隣とも仲良しです。そんな団地だからこそ生まれるコミュニケーションがある一方、団地の中では触れられない世界もたくさんある。それは僕自身が団地で育ってきて感じていることです。だからこそ、ここがいろいろな世界と触れる入口になればと考えています。

実際に僕が本好きになったのも、大学で会計を勉強していたときに、高杉良さんの『金融腐蝕列島』を読んで小説のおもしろさにハマったことがきっかけです。だからこそ、これから本に興味を持つ可能性のある人たちにも、楽しんでもらえる場所でありたい。本好きの方だけが買ってくれても、読者の裾野は広がっていきません。

最近は独立系の本屋が増えていますが、ここでは団地というハードを上手く活用して、オーナーや運営会社と一体となって、本屋を維持していくスキームを作っていきたい。それができると、本屋がなくなってしまったほかの団地でも、再び本屋を取り戻すことができるのではないかというのが、いまの僕の野望です(笑)。

今回の出店が実現するにあたっては、「住民が手を挙げてやってくれる」ことへの信頼感が大きく作用していると想像しています。だからこそ住人が主体となってやっていける仕組みができることが望ましいと思っているので、まずは事業としてしっかり継続できるように、手を尽くしていきたいです。

(2022年7月26日取材/「日販通信」2022年9月号より一部編集のうえ転載。画像は一部、BOOK STAND様のTwitterよりご提供いただいています)