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本との接点と街の本屋を増やすため、日々の取り組みを情報発信「TOUTEN BOOKSTORE」【連載】地域とともに生きる本屋 vol.2

「持続可能な、まちの本屋を開業したい」とクラウドファンディングを活用し、地元である愛知県名古屋市に「TOUTEN BOOKSTORE(トウテンブックストア)」を開業した古賀詩穂子さん。

出版取次の社員として、また本屋の企画・運営事業のエディトリアル・ジェットセットのメンバーとして本の業界に身を置いてきた古賀さんが、自ら新刊書店を開業した思いと、オープン1年を経て、現在感じていることについてお話を聞きました。

(2022年2月3日取材/「日販通信」2022年3月号【特集】「“街の本屋”はなぜ必要か? 3つの挑戦に見るその意義と役割」から一部を編集してお届けします)

TOUTEN BOOKSTORE 店主 古賀詩穂子さん

 

試行錯誤しながら得たものをフィードバックしていきたい

――これまでいろいろな形で出版業界に携わってきた古賀さんですが、なぜご自身で書店を開業しようと思われたのですか。

人口が減り、購入手段や情報収集の手段が増えている中、本屋はどんどん減っています。しかし、誰でも気軽に入ることができて、いろいろな本や情報に触れられる本屋の存在は、街に不可欠だと思っていました。

ただ、社会全体の環境は変化しているのに、出版業界の構造が変わっていないことも感じていて、本屋はどうなっていけばいいのだろうと、日販やエディトリアル・ジェットセットで働いていた時からずっと考えていました。

社会人2年目の時に、それなら自分自身で書店を始めて、試行錯誤しながら得たものをフィードバックしていく方がいいのではと思い始め、開業を決めました。

――開業にあたり、クラウドファンディングも実施されましたね。成果はいかがでしたか。

おかげさまで約405万円の支援をいただきました。ただ、リターン費用や手数料などを差し引くと、手元に残ったのは250万円ぐらいです。それと、棚に愛知県産の木を使っていることで補助金が出ました。開業にかかったのは約1200万円で、資金は日本政策金融公庫の借入、クラファンの支援金、補助金、自己資金で構成されています。

――1月16日で開店1周年を迎えられました。1年を振り返っての感想をお聞かせください。

改めて本の粗利の低さを実感しています。2年目からはもっと細かく予算を作るなど運営体制を見直しながら、もう少し余裕のある経営をしたいと考えています。

また基本はひとりで営業していますので、会社員時代と比較すると、経理も広報もやって、発注して売場を作ってというのは、できることに限界があります。どこまで細かい単品管理をするか、またどこの部分をアウトソースできるかなどを考えながら、時間を捻出していく必要を感じています。

▼入口を入ってすぐ左手がカフェコーナーで、中心の平台がフェアコーナー。写真中央にある文庫棚は可動式となっており、イベント時には店舗奥の読み聞かせスペースと合わせて、最大40人ほどを収容できる

 

“目的地”となる書店に

――店舗の最寄り駅は、名古屋に次ぐターミナル駅である金山駅ですね。

金山は名古屋駅から快速で一駅ですし、5路線が乗り入れています。遠方からも多くの本屋好きの方に来てもらいたいと思っていたので、交通の便の良さも金山を選んだポイントのひとつです。

ただ、最寄りといっても南口を出て徒歩7分なので、少し距離はあります。一方物件は沢上商店街という小さな商店街の中に位置していて、駅から離れている分、賃料も比較的安く、経営するのに現実的でした。また大津通という目抜き通りがそばにあり車でも来やすく、近隣のパーキング料金も比較的安い。そうしたさまざまな条件を勘案して、今の場所に決めました。

その分、“目的地”となる本屋にならないといけないなと、日々運営していて強く感じています。

――イベントなども積極的に開催されていますが、コロナ禍では感染防止対策など平常とは違った配慮が必要になりますね。

先日企画したイベントは、当初はリアルでのトークイベントとオンライン配信で実施の予定でしたが、第6波の拡大の状況を鑑みてオンライン配信のみとなりました。イベントの特性もあると思いますが、それによって、リアルでの参加予約をされていた方の約半分がキャンセルになってしまいました。

オンラインイベントの便利さも感じつつ、「家ではそのタイミングで聞けない」「登壇者に会いたかった」「リアルで聞けるなら行きたかった」という声があって、リアルイベントならではの需要を実感しました。

――ギャラリーはどのような形で運営されているのですか。

だいたい1~2週間の展示を月に1、2本入れています。ギャラリーには収益面でも助けられていますね。1月末からの2週間は「UAMOU」の絵本シリーズの展示をしているのですが、それを目当てに来てくださるお客様もいます。

――ホームページの「ABOUT」の中で、「本屋に行くルーティン」という言葉を使っていらしたのが印象的でした。街の書店として、お客様に日課のように通ってもらう。そのためにはどのようなことが必要だと感じていらっしゃいますか。

何かしらのフックがあった方が、お客様も足を運びやすいということは、自分で書店を始めて痛感したことです。イベントをしたり企画を入れ替えたりしても、お店の中だけではなくて、お客様がいるところに向けてそれをきちんと発信していかないと、やはり認知はしてもらえません。定期的に来てくださる方ももちろんいらっしゃるのですが、わざわざ来ていただくための来店動機を作ることの大事さ、大変さはとても感じています。

発信方法の手段の一つとして、今年から新たにメルマガを始めました。店頭での売れ筋やイチオシの商品、イベントの告知といった情報を、ダイレクトにお客様に伝えられる媒体を目指しています。

 

“街の本屋”としての空間づくり

――1階が売場とカフェカウンター、2階がカフェ席とギャラリーで合わせて約25坪だそうですが、在庫はどのくらいありますか。

いまは3000冊強ですが、もう少し在庫を増やしたいです。また、地域の方に気軽に使ってもらいたいので、ジャンルは幅広く置いています。誰が来ても受け入れられる場所として、品揃えはもちろん、カフェやギャラリーなども含めた空間づくりを意識しています。

――オールジャンルを扱うにあたって、ジャンル分けはどのようになっていますか。

1スパンごとに「料理」や「生活」、「社会」、「文芸」といった大テーマを展開して、絵本は読み聞かせエリアも含めて広めのスペースをとっています。また、レジ横の少し囲われた場所にコミックを置いているのですが、バンド・デシネやグラフィックノベルを中心とした海外コミックを多めに扱っているのが特徴です。

――なぜそういったジャンルに力を入れているのでしょうか。

個人的に好きだからというのも理由のひとつですが、意外とそういったジャンルを棚で持っている本屋が少なくて。取り扱い出版社は増えていますしおもしろい作品も多いので、もっと読まれてほしいと思い、売場の比率としては大きい1スパン分を使ってしっかり棚を作りました。

▼親子でくつろげるよう、広めのスペースをとった児童書コーナー
▼レジ横のスペースに配置したコミックコーナー。海外コミックを充実させているのが特徴

 

本との接点を増やすため、本屋の情報を発信

――クラウドファンディングのプロジェクト概要では、「本屋は街に必要だということ」「経営がしづらい業種であること」「継続させることが必要であること」の3つを、本の流通・販売の経験の中で考え続けてきたこととして挙げられています。実際に「街の本屋」を運営してみて、どこに課題があると感じていらっしゃいますか。

難しいですね。現行の大きい仕組みに言及すると、委託か買切かの仕入れの選択肢が増えれば、本屋も利益が増えるのになと思う場面は間々あります。あとは受注生産の方法。当店にはあまり影響はないのですが、人気コンテンツとコラボした商品が客注分も入荷しないという事態はなくなるよう改善してほしいです。

また、海外ではカタログによる事前発注ができて、早くから仕入れ数が決められる仕組みがありますよね。新刊情報がまとまっている業界のツールには助けられていますが、発注方法もFAXを使うことなくワンストップですべて完結できたら、作業時間やコストが大きく削減されると思います。

――もう一つ、「健全な経営の街の本屋をつくり、日本中の本屋を経営したい人が本屋を経営できるようにすることが次の目標」とも書かれています。

さまざまなプレイヤーがいて、本との接点が増えることは業界としても必要なことだと思います。これから足を踏み入れる人が、情報不足のために入口でつまずいてしまわないように、私が提供できる情報は出していきたいなと思っています。

今は『本屋、はじめました』(辻山良雄著)や『これからの本屋読本』(内沼晋太郎著)などの本が買えますし、本屋を始める人にとって情報にアクセスしやすい環境になってきています。その中で、自分に何ができるのかについても、これから考えていきたいです。

▼本屋に行きたくなるフリーマガジン「読点magazine、」特別号では開業までの道のりをまとめている。店頭配布分はなくなり次第終了。

――古賀さんは、本との出合いが人生に変化をもたらす、その接点を大切にされていると感じます。取次に入社したのも、本屋さんと仕事がしたかったからなのですか。

私はもともと、出版社で販売企画のような仕事がしたいと思っていました。それが新卒で日販に入って、書店営業をやるうちに書店の魅力に気が付いて。

あるチェーンでは、同じ屋号で同じ人がバイヤーなのに、チェーンの各店舗の雰囲気はそれぞれ違い、売場の属人性の高さに驚きました。言葉にすると大げさですが、私にとって本屋は知的好奇心を揺さぶってくれる場所であり、人間らしさを取り戻せる場所。人に優しくなれたり、背中を押してもらえたりするのも、いろいろな本と出合えるからこそなので、情報が詰まったリアルな空間としてすごく大切だなと思います。

「TOUTEN」という店名を付けたのも、忙しい日常の中でほっと一息つけたり、気持ちを入れ替えられたり、本を眺めて視野が広がったりというような、人々の生活の「読点」のような本屋でありたいという思いからです。本屋は難しいけれど、すごくおもしろい仕事だなと思います。日々思考しながら、これからも取り組んでいきたいです。

TOUTEN BOOKSTORE 公式サイト
(「読点magazine、」vol.1はこちらからご覧いただけます。また、2月からスタートしたニュースレターはトップページより登録できます)

 

※本インタビューのロングバージョンを掲載した「日販通信」2022年3月号の情報はこちら