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【深緑野分さんの書店との出合い】私が“書店で本を選ぶ理由”

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、デビュー短編集『オーブランの少女』から、新作が出るたびに注目され、読者から高い支持を得ている深緑野分さんです。深緑さんは今年で作家生活10周年を迎え、記念となる作品集『空想の海』が、5月26日(金)に発売されました。本作は、これまで発表してきた、ミステリ、児童文学、幻想ホラーなどの短編や掌編を厳選し、書き下ろしや未発表作品を加えた作品集となっています。

本好きなお母さまの影響で、子どものころから書店に寄ることが多かったという深緑さん。お母さまと行った書店で本を選ぶ楽しさを知り、さまざまな本を読んできたそうです。

今回は、そんな、ジャンルにとらわれない作品づくりのルーツとも思われる“書店で本を選ぶこと”について、深緑さんに綴っていただきました。

深緑野分
ふかみどり・のわき。1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。2013年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』『カミサマはそういない』『スタッフロール』『空想の海』。

 

本を選ぶ

私が生まれ育った神奈川県厚木市は、駅前に大きな書店があった。交差点を渡り、交番と銀行の並びを左に行くと、角に大きな有隣堂のビルがある。地下1階から4階まで本と文具、画材が揃っていて、厚木市民は誰もが一度はここを訪れたことがあるだろうし、ここにないものはないと、子どもの頃の私は思っていた。

はじめて書店に行ったのが何歳だったか覚えていない。おぼろげな記憶を辿ると、今は亡き母に抱っこをされて、有隣堂の入口すぐ右側の、昇りのみのエスカレーターをごうんごうんと上がっていく場面が浮かんでくる。店内に充満している紙のにおいと、少し薄暗い照明。下を向くと、母のすぐ横にまだ小さい姉がいた。

厚木には有隣堂の他にもたくさんの書店があり、南口の駅中にも、イトーヨーカドーの中にも、なかなかの規模の書店があった。しばらくしてオープンした駅ビルの2号館にもできたし、とにかく私が子どもの頃は、厚木に住んでいて本を買うのに困ることはなかった。母はこの土地があまり好きでなかったが、書店が多いことだけは喜んでいた。

口数が少なく繊細な母は、悩みが深そうでどこか陰のある人だったが、美意識が非常に高い上に、自分の理想には頑固にこだわった。子どもには文化を惜しみなく与える主義で、たとえ夕食のおかずがはんぺん続きになろうが、おやつがパンの耳になろうが、本だけはいつでも必ず買ってくれた。

買い物に行くと書店に寄り、私と姉を児童書のコーナーの前に立たせると、黙ってじっと待つ。これを読めとは言わないが、選んだ本が眼鏡にかなわないと渋い顔をする。子どもながら美意識を試されているというプレッシャーを感じつつも、自分は何が好きなのかを考えながら選ぶのは楽しかったし、色とりどりの絵本や、美しいだけでなくどこか不気味だったり恐ろしげだったりする児童書の装幀を見て、心がぐにぐにと柔らかくなり、芽吹いた感性が伸びていった。

小学3年生の時、いつものように母に連れられ書店に行くと、私はエスカレーター前の平台のところで立ち止まった。それまでに読んだことのないタイプの本があった。象形文字のような不思議な装画と、何より『ねる前に読む本』というタイトルに惹かれた。9歳の手にはなかなか分厚い。ぱらぱらめくれば、たくさんの短いお話が収録されていて、どれも夜や夢を思わせる不思議な雰囲気がありそうだ。母のところへ持っていくと、母は少し驚いた様子で本を手に取り、「あら……いい本を選んだのね」と珍しく褒めてくれた。

認めてもらえてとても嬉しかったし、実際に読んでみると予想以上に面白かった。いい夢が見られそうな優しい話はほとんどなく、怖い話や、悪夢に現実が侵食されるような奇妙な物語が多く、そしてのめり込んだ。ぼろぼろになるまで何度も繰り返し読み、今でも大切な本の一冊だ。

これ以降、私は書店で本を選ぶのが大好きになった。中学生になる頃には、溢れんばかりに並んだ本の間を行き来し、時に衝動的に、時にじっくり吟味して、書店のカゴに本を入れた。友達と待ち合わせをする場所もたいてい書店を指定したし、待っている間に本を買おうとレジに並んで、危うく友達とすれ違うところだったこともある。本をじっくり選ぶ私に対し、読書に興味のない友達が呆れるのも、なんだか小気味よかった。書店では、本の宝物庫の中では、特別になれる気がした。明るく元気で活発な性格の裏側に隠れた、物語に没頭し知識を求める本当の私が姿を現すかのような。

今でも書店で本を買う行為は私にとって特別だ。頭を回転させ、自分の感性と誠実に向き合い、一冊一冊を選ぶ。母の真似をして、本を買う時は金に糸目をつけない。あの頃、当たり前のようにたくさんの書店が近くにあったことや、当たり前のように本を買ってくれた親を、ありがたく思う。

私の体験が贅沢な思い出にならないといい。次々と書店の光が消えていく今、一層強く感じている。

 

著者の最新刊

空想の海
著者:深緑野分
発売日:2023年5月
発行所:KADOKAWA
価格:1,815円(税込)
ISBN:9784041130155

“読む楽しさ”がぎゅっと詰まったカラフルな11の物語
奇想と探究の物語作家、デビュー10周年記念作品集!

「緑の子どもたち」
植物で覆われたその家には、使う言葉の異なる4人の子どもたちがいる。言葉が通じず、わかりあえず、でも同じ家で生きざるを得ない彼らに、ある事件が起きて――。

「空へ昇る」
大地に突如として小さな穴が開き、そこから無数の土塊が天へ昇ってゆく“土塊昇天現象”。その現象をめぐる哲学者・物理学者・天文学者たちの戦いの記録と到達。

ミステリ、児童文学、幻想ホラー、掌編小説 etc.
書き下ろし『この本を盗む者は』スピンオフ短編を含む、珠玉の全11編。

(KADOKAWA公式サイト『空想の海』より)