多様な人が集まり、ゆるやかに交わり合う「隼Lab.」
鳥取県東南部の中山間地域に位置する八頭町は、日本各地の多くの市町村と同じように、人口減少や少子高齢化に伴うさまざまな課題を抱えています。そんな中、持続可能な未来の田舎づくりの拠点とするべく、閉校になった小学校の建物を使って2017年12月に開業したのが、コミュニティ複合施設「隼Lab.」です。
同施設は「世代も立場も目的もばらばらの人たちがゆるやかに重なり合う場」をコンセプトに、カフェやショップ、元家庭科室や図工室などのレンタルスペース、校庭やテラスなどのパブリックスペース、多様な働き方に合わせたワーキングスペースなど、さまざまな機能を併せ持っています。そんな「隼Lab.」に2022年8月、「だ菓子とドーナツと本の店 ポトラ」がオープンしました(写真下、店内)。
なぜコミュニティ施設に本をあつかうショップをつくったのか。また、この本屋が地域の人々にとって、どんな場所になってほしいと考えているのか。「隼Lab.」のコミュニティマネージャーであり、「ポトラ」の店長でもある諸岡若葉さんにお話を聞きました。
※Photo:長谷裕太郎写真事務所
諸岡若葉(もろおか・わかば)さん
1993年、宮崎県出身。2019年4月、鳥取県八頭町でコミュニティ複合施設「隼Lab.」を運営する(株)シーセブンハヤブサに入社。コミュニティマネージャーとして日常業務からイベントの企画・運営、広報、コミュニティの醸成まで、隼Lab. のマネジメント業務全般を担当。2022年8月には、プロジェクト担当者として同施設内に「だ菓子とドーナツと本の店 ポトラ」をオープンし、店長として運営に携わる。
大人にも子どもにも新たな学びや出合いのある場所に
――「隼Lab.」は、さまざまな業種の会社が入居型のオフィススペースに入っていたり、元家庭科室のシェアキッチンや体育館をレンタルスペースとして使えたりと、ユニークな施設ですね。
そうなんです。どんな施設なのか、という説明がいつも難しいんですよ(笑)。
中心的な機能としては大きく2つあります。ひとつは、地域に新たな産業や働き方を生み出していく、ビジネスの拠点としての役割です。施設名の「Lab.」は研究所という意味で、さまざまなチャレンジを応援し、新たなビジネスをどんどん生み出していく場にしようという狙いが込められています。
もうひとつは、地域の内外から集う方々のコミュニティ拠点。シェアキッチンやワークショップルームなどのレンタルスペースは、どなたでも予約ができ、イベントやワークショップ、セミナーなどさまざまな使い方をすることができます。また、施設内には地域の福祉活動に取り組む住民団体や、地域の訪問看護を行う看護協会も入居しており、日常的に地域の方々も利用しています。
ワークスペースを利用する若いビジネスパーソンもいれば、地元のおじいちゃんやおばあちゃん、子どもたちが立ち寄ったりもする。そうした多様な立場や世代の人たちが集まり、ゆるやかに交わり合う場所であることが「隼Lab.」のコンセプトであり、実際にそうした風景をつくれていると思っています。
「田舎の未来の本屋」のあり方を模索したい
――そんな「隼Lab.」で、なぜ本屋を開くことに?
以前テナントとして入っていた雑貨屋さんが退店することになり、空いたスペースをどうしていこうか、という話が持ち上がったことがきっかけです。そこは施設の1階で、訪れた人が最初に目にするところです。この空間をいかに面白く、魅力的にできるかどうかで「隼Lab.」全体の印象も変わってくる重要な場所でしたので、テナントを募集するという選択肢もありましたが、「自分たちで、自分たちがこの場所にほしいと思う店をやってみよう」となったんです。
アイデアとしてまず出てきたのは、だ菓子でした。「隼Lab.」には子連れのファミリーや地域の子どもたちがたくさん遊びに来てくれますが、子どもたちが自分のお小遣いで気軽に買い物できる場所がありませんでした。
子ども時代、限られたお小遣いで欲しいものを悩みながら買うことって、はじめて「経済」に触れる体験じゃないですか。それに友だちと一緒にだ菓子を買って、みんなで食べたりする経験は、子どもたちにとってはその町で暮らした大切な思い出になりますよね。そういう原体験を今の子たちにもしてほしいと思ったんです。
また、「隼Lab.」には広いグラウンドもあり、過ごしやすい季節にはレジャーシートを敷いてピクニックを楽しむ方や、キャッチボールなどを楽しむ方も多くいらっしゃいます。そういった風景に似合い、また手土産にもできるワンハンドフードとして、ドーナツも販売することにしました。
さらに、新しくつくるお店は、単にモノを売るだけではなく、来てくれた人が新しいことを学んだり、出合いがあったりする場所にしたいというイメージもありました。それを実現できるのは何屋さんだろうと考えたとき、本屋という選択肢が出てきたんです。
▲ポトラの店舗外観 ※Photo:青木写真事務所
私自身、本が好きで、本屋という場所にものすごく愛着があります。私が本屋に行くのは、ほしい本があるときだけではなく、新しい知識と出合いたいとき、アイデアや刺激を得たいとき、気分転換したいときなど、さまざまです。一冊の本との偶然の出合いによって、見える景色ががらっと変わることもあります。「隼Lab.」に本屋をつくることで、ここを訪れる方々にもそんな経験をしてもらいたかったんです。
また、縮小する地域の中での「本」や「本を売る場所」の役割をあらためて考えていく場所にもしていきたいなと。未来の田舎づくりを目指す「隼Lab.」で、「田舎の未来の本屋」のあり方を模索していくことができればと思っているんです。
――「ポトラ」という店名は、英語で「持ち寄る」を意味する「Potluck」から来ているそうですね。お店の特徴を教えてください。
一番はやはり、「だ菓子」と「ドーナツ」と「本」のお店だということでしょうか。「隼Lab.」自体、ひとつの建物の中にいろんなスペースがあり、多様性のある施設になっています。同じように「ポトラ」という小さなお店も、本を探す人や、だ菓子やドーナツを買いに来る人など、いろいろな目的を持ったさまざまな世代の人たちが気軽に立ち寄れる場所になればいいなと考えています。その意味では、「隼Lab.」のコンセプトの縮図のようなお店だと言えます。
※Photo:青木写真事務所
また、それぞれの本は1冊ずつしかおかないことを基本としています。それは15坪という限られた空間の中でも、来てくれた人がいろんな本と出合えるようにしたかったからです。約1,000冊の本を販売していますが、本好きな人はもちろん、普段あまり本に親しみのない人でも興味を持ってもらい、本との出合いを楽しんでもらえるような選書を心がけています。
地域の生活に役立つ本棚!自然や暮らしなどのテーマを意識
――選書をするうえでこだわったことはありますか?
ポトラのような小さな本屋では、規模の大きい本屋のようにたくさんの本を満遍なく揃えることは不可能です。そのかわりに小さな本屋の中には、一つのテーマや分野に絞った選書をしたり、店主のセンスを色濃く出した店づくりをしていたりと、ユニークなお店が多く、本屋に行く楽しみにもなっています。
ただ、さまざまな世代・立場の人がすでに多く集まっている「隼Lab.」にある本屋としては、お店の楽しさが伝わる範囲を最初から狭く設定するというのも違います。とはいえ、限られた冊数の中で「広く満遍なく」を目指し選書することも、このお店を魅力ある場所にしていくことから遠のいてしまうようにも感じました。
そこで行き着いたのが、「隼Lab.」を運営する私たちが大切にしていることや目指している未来の姿を本棚の背景に感じられるような選書であり、店づくりです。“本棚の背景”という表現の仕方を選んだのは、売り手側である私たちの考えだけを一方的に押し付けるのではなく、本を手に取った人もそれぞれの好奇心を掻き立てられたり、心が安まったり、前向きな気持ちになれたりと、双方のバランスが本を通じて成り立つような選書を目指そうと考えたからです。
例えば、「隼Lab.」では“持続可能な未来の田舎づくり”を目指す中で、「SDGs」という考え方がキーワードの一つになっていますが、単に「SDGs」関連書籍を置くだけでは、売り手側の考えをただ並べたに過ぎません。そこに、ダーニング(擦れたり穴が空いたりした衣類を修繕する方法)に関する手芸本や、サステナブルな暮らしを実践している作家のエッセイや、身近な自然を楽しめる植物の本、子どもたちの視点から多様性を考える絵本など、私たちの暮らしの中から「SDGs」につながる本を選書しています。そうすることで、単に「SDGs」の本を並べるよりも、手に取りたいと思ってくれる人が増えるでしょうし、何より見ていて楽しい本棚になります。
※Photo:青木写真事務所
そのように、売り手と読み手の双方のバランスを調整しながら選書していますが、中には本屋としての“冒険の一冊”も取り入れるようにしています。それは、「これも本なの?」というちょっと変わった装丁の本や、「これは売れるかな?」というテーマの本などです。
例えば、『読書の日記 本づくり/スープとパン/重力の虹』(阿久津隆/NUMABOOKS)は、大きさは葉書ほどで小さいのですが、自立するほどの分厚さがあり、本棚に並べても本というよりブックエンドのような存在感のある変わった装丁の本です。本に馴染みのない人にこそ「これも本なんだ!」「こんな本もあるんだ」ということを感じて欲しくて仕入れた一冊なのですが、気づいたら売れていたので驚きました。
――まさに「本との出合い」を提供できているわけですね。
人づてに聞いた話なのですが、地域の小学校で読み聞かせのボランティアをされている方たちのSNSグループの中で「ポトラの絵本は面白いよ」「ポトラにはこんな絵本が入荷していたよ」などの情報が出回っているらしくて(笑)。それを見て、買いに来てくれた方もいました。
――そうした反響は、自信につながっているのでは?
そうですね。「この場所に本屋があったら最高だ!」という自分たちの考えから本屋を始めたものの、本音を言えば不安だらけでした。本や書店をめぐるさまざまな環境の変化から、まちの本屋は年々減少しています。人口の多い都市部でさえも書店の閉店が相次ぐ中で、人口の少ない地方の中山間地で、はたして本を買ってもらえるのか。もちろん「このお店で本を買いたい」と思ってもらえるように魅力ある店づくりには開店前も今も取り組んでいますが、絶対的な答えを見つけるのは難しいと思います。
そんな中で、「なかなか売れにくいだろう(でもこの本をこの店に置く意味がある!)」と思って仕入れた本が案外すぐに売れたり、「普段とは違う本を読みたいので、店主さんに選んでもらいたいです」と頼ってくださるお客さんがいたりして。だから今は、「売れやすさ」よりも「自分が自信を持って売れる本か」の方がずっと大事だと考えています。
「ポトラ」ならではの「こと」づくりへ
――これから「ポトラ」をどんな本屋にしていきたいと考えていますか?
オープンから4か月ほど経ち、アルバイトスタッフも手伝ってくれるようになり、少しずつお店を運営する基盤ができてきました。これからは、イベントを企画するなどして「ポトラ」ならではの交流や体験の場づくりにも取り組んでいきたいですね。読書会や本の作者のトークイベントなど、直接本にまつわる企画はもちろん、他業種の方ともコラボしてイベントをすることも考えています。本だけでなく、だ菓子やドーナツもあるという「ポトラ」らしさや、さまざまな世代や立場の人が集う「隼Lab.」にあるという特徴を活かして、いろんな挑戦をしてみたいです。
また、少しずつ棚づくりもやっていきたいですね。オープン時には、棚にPOPを付けたり、ジャンル分けをしないまま、スタートしました。本をジャンルごとに明確に区分けするのは、ここで自分たちがやっていきたいことと違う気がして。かといって、「わかる人だけわかればいい」みたいな棚にもしたくないんです。
▲「ポトラ」のPOPの神髄は、本棚に向き合う人を“やさしく誘導する道しるべ”
本棚は生き物のように変化があってこそ面白いものなので、今後もいろいろと試しながらやっていきたいと考えているのですが、今は本棚に向き合う人の“やさしく誘導する道しるべ”になるようなPOPが「ポトラ」に合っているのではないかと思っています。あまり多くの言葉で説明しようとせず、この本を人にプレゼントするときにどんな言葉を添えたいか、というような感覚で選んだ言葉を書いたシンプルなPOPを掲示しています。
――最後に諸岡さんのおすすめの一冊を教えてください。
今は、安達茉莉子さんの『私の生活改善運動』ですね。「ポトラ」では1点1冊が基本という話をしましたが、この本は一人でも多くの方に読んでほしくて、特別に5冊仕入れて、「今、店主がいちばん好きな本」として目立つところに並べています。
日々の生活のひとつひとつのことを自分の物差しで考え、選びとっていくという、この本に書かれていることは、実は「ポトラ」が大事にしていることでもあって。「ポトラ」というお店自体が、この本のような存在になれたらいいなとも思っています。