島根県出雲市で100年以上にわたり書店を経営する小村書店。2021年4月に、5代目となる現店主の息子夫婦が従事するようになり、業務の幅を広げています。保育士としての経験を活かし、収益のアップに貢献している小村将史さん、優衣さんのお二人に、現在の活動と目指す本屋像についてお話を聞きました。
(左)小村優衣さん、(右)小村将史さん
小村書店
島根県出雲市平田町1068
TEL:0853-63-2030
営業時間:9:30~20:00(不定休)
Instagramで価値あるフォロワーとつながる
――お二人は、もともと保育士をされていたそうですね。
将史 たまたま同じくらいのタイミングで退職して、それぞれ別の仕事に就いていました。その後、松江の保育用品の卸会社が廃業するにあたり、仕事を引き継いでほしいと依頼がありまして。前職の経験から保育業界のことはよくわかっていますし、2人の強みを活かせるだろうと思い、小村書店としてその仕事を引き受けることにしました。
保育用品を卸す際に、園に一緒に絵本を持って行ったり、イベントで出張販売をしたり。店舗はいまも両親が切り盛りしていますので、自分たちはいわば営業職として、外回りの仕事をプラスアルファでやっています。
――情報発信についてはInstagramを活用されています。
将史 以前からアカウントだけは作ってあって、ほとんど更新はしていませんでした。写真や動画を投稿するようになったのは、私たちが小村書店に入ってからですね。
――Instagramをメインに発信されている書店さんは、まだあまり多くないように思います。なぜInstagramを選ばれたのですか。
将史 今の時代はやはり、TikTokのような縦動画がメインだと思っています。とはいえ、TikTokの利用者は若い世代が中心でユーザーの匿名性が高く、実際にどんな人が見てくれているのかがわかりづらいんです。Instagramのほうがお客様をはじめ顔見知りの人が見てくれていますし、子育て世代の利用者も多くいます。そういったフォロワーとの関係が密接なところに価値を感じています。
定期的に投稿するようになってからは、フォロワーさんが楽しみにしてくださっている様子が伝わってきます。
――最近は趣向を凝らした動画を投稿されていて、つい時間を忘れて見入ってしまいました。
将史 Instagramで発信していくならまずはショートムービーで注目を集めようと思い、動画を作り始めました。そのため現在アップしているようなひねりを加えたものが中心ですが、今後は絵本の紹介もしていきたいです。
その場合も、たとえば「ストーリーズ」を使って子育てで困っていることを募集し、その悩みにあった絵本をおすすめするといった方法を考えています。「トイレに行きたくない」「着替えを自分でしない」といった悩みにマッチする内容のショートムービーなど、フォロワーさんの声を聞きながら、いろいろなテイストのものを工夫していきたいですね。
――将史さんは写真や映像のお仕事もされているのですね。
将史 はい。自分はカメラの仕事に時間を使うことも多いので、保育用品の仕事は妻がメインでやってくれています。
――将史さんの“ニセモノ”が登場する『ぼくのニセモノをつくるには』や、店内できんぎょを探す『きんぎょがにげた』など、言葉での内容説明とは一味違った作品紹介がされています。動画の制作にはどのくらいの時間がかかりますか。
将史 本来はネタを考えるところに一番時間がかかるのですが、本の内容を活かした動画に関しては、考えるというよりはひらめきを大事にしています。まさに『ぼくのニセモノをつくるには』がそうなのですが、「こうしたらおもしろいんじゃないかな」と思いついたらフラッと始めます。あとは撮影するのに10分、編集で30分くらいですね。
――動画には将史さんが出演されていますが、優衣さんもお手伝いされるのですか。
将史 動画に関しては僕一人でやっています。画が寄ったり引いたりしているのも編集でそう見せていて、固定カメラ一台で作っています。なので、ある程度は動画編集のスキルが必要かもしれません。
その分、「こういった内容で何か作れませんか」といったご要望にもお応えできますので、新刊のプロモーションなど、ぜひ出版業界の方にお声がけいただけたらうれしいです。
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▲『ぼくのニセモノをつくるには』紹介動画
イベントで子どもが本を手にする喜びを提供
――絵本に関しては、どのように営業されているのですか。
将史 卸の仕事で約150か所の保育園・幼稚園とお付き合いがあるので、保育用品と一緒に「絵本を10冊くらいお願いします」といった形でご注文をいただいています。
その際、園によって新刊や人気の本、年齢に合わせてといったリクエストがありますので、それに沿って、予算で買えるであろう倍近い冊数の本をご提案します。保育士業務は本当に忙しく、絵本を選ぶ時間もなかなか取れないことを知っているので、こちらでおすすめをピックアップしてお持ちすることで、「おもしろい本や知らない本がたくさんあってうれしい!」と保育士の皆さんにも好評をいただいています。そのためにも新刊や季節の絵本について、常にアンテナを張るように心がけています。
また、「出張本屋さんをします」という簡単なチラシを作って、各園にお声がけしています。こちらも園それぞれのご意向に合わせた絵本を揃えて、イベントのような雰囲気で行っています。
――お二人が保育士をされていたときも、出張本屋さんが来る機会はあったのですか。
将史 保育士として勤務していたときは、園児たちが保育園に置く本を選べるという環境も、そういう機会を提供してくれる業者もありませんでした。実際にはなかなか難しいことだと思います。
自分たちが選んだ本を保育園が買って、園に置いてくれるという体験は子どもたちのテンションが上がりますし、借りるのとは意気込みも違います。悩んだり、慎重に見比べたり、選び方も子どもそれぞれですし、その本への愛着も高まると思います。
先生方にも、子どもたちの楽しんでいる様子を見て「新しい行事としてやってよかった」と思っていただける一方、実施の際には事前の連携や当日の準備など、どうしても園側の手を煩わせることになります。忙しい先生たちの仕事を増やすのは気が引けるのですが、代えがたい体験として費用対効果は高いのではないでしょうか。今後も子どもたちが本に触れる機会を提供していきたいですね。
――子どもたちが本を手にする喜びを知ることができる、読書推進にもつながる営業スタイルだと思います。優衣さんは書店業に携わるのは初めてだそうですね。
優衣 もともと本と本屋さんの空間が好きで、行きつけの書店で長時間過ごすことが多くありました。携われてうれしいなと思う反面、利益率の低さには驚いています。ただ、紙の本は質感の良さもさることながら、スマホで読むより集中できますし、気持ちを落ち着かせてくれるなど、紙ならではの魅力がたくさんあります。昨今は書店がどんどん減っていますけれど、そんな紙の本と出合える場所としてなんとか続けていけたらと、いろいろ試行錯誤しているところです。
▲イベントへの出店で店舗の存在を知ってもらい、新規客の来店が増加。初めての方でもどこに何があるのかわかりやすいように、案内板を新調した
▲将史さん手作りの棚でおすすめ作品を展開。この3冊は幼稚園児の娘さんが選書したイチオシコーナー
ざっくりとした指標で広がりのある絵本選びを
――店舗では、保育士としての経験をどのように活かされていますか。
将史 子どもの発達を理解していることに加えて、「この年齢の男の子は、こういうことに興味が湧きやすい」という傾向がわかっていることは強みかなと思います。また、当店では児童書を「あかちゃんむけ」「おはなしをはじめたら」「おおきいおともだち」などざっくり分けて陳列しています。
子どもの成長も本も、年齢による明確な区切りはないと思いますし、年長さんでも年少さん向けの本をおもしろがることもあります。定義はしないけれど、選ぶ際の“インデックス”として目安にしていただき、選書のご相談もお受けしています。
優衣 赤ちゃん向けの本は大人が選ぶ場合が多いと思うので高めの棚に置き、年少さんくらいになると自分で選ぶようになるので、目線の高さに合わせて置いています。大きい子向けには冒険物やファンタジーなど少しボリュームのある内容の本を入れていて、一番高い部分には大人向けの作品も並べています。絵本でしたら活字の苦手な方も読みやすいですし、心に響く、普遍的な内容が描かれているので、ぜひ大人の方にも手に取っていただきたいと思っています。イベントの時にも持って行ってご紹介しています。
絵本コーナーの近くには、親御さんはもちろん、おじいちゃんおばあちゃんにも読んでいただきたい育児関連書をまとめました。保育士をしていたときや子育てをしながら見つけたおすすめの本、働くお母さんに読んでほしい絵本などを置いています。
▲絵本選びの指標は「ちいさいおともだち」「おおきいおともだち」とあえてざっくりした表現で展開
▲子育ての不安や困り事解決のヒントになればと集めた育児本コーナー
自分たちのスタイルで書店を続けたい
――イベントも、市役所の広場から“町の端っこ”まで、さまざまな規模のものに参加されています。
将史 知り合いから声をかけられることが多いですが、出店していると、そこでまた「出張してくれるんですね」と違うイベントに声がかかることもあります。
“町の端っこ”については「僻地に本を届けよう!」をテーマに企画したもので、手を挙げてくれた地域に伺っています。車で20分ほどの場所なので移動距離としては大したことはありませんが、そういう土地には年配の方が多くて、生活必需品でない本は「わざわざ買いに出かけるのは……」と後回しになってしまいがちです。売上だけを考えるのではなく、「町の本屋」としてできることを模索しているところです。
――フットワーク軽く、いろいろなことに取り組まれているのですね。
将史 幅は広いのかもしれませんが、最初にお話ししたように店舗の運営は両親が担っているので、ここまでできるのかなと思います。
いずれ店舗のこともやるようになるでしょうが、外回りの売上も安定して取れているのでペースを落とすわけにはいきません。店の規模や営業時間を多少縮小しながらでも、両立していければと考えています。
――「変わらないことも、変わることも価値のあること。だから自分たちのスタイルを常に見つめ直しながら変化を加えていきたい」とInstagramに投稿されています。今後はどのような「小村書店」を目指されますか。
将史 本屋を続けることが難しい時代にはなっているので、僕の場合はカメラや保育用品の卸など本屋のほかにも売上のベースを持ちながら、まずは経営を続けていくことが大事になると思っています。
自営になってからは業績や評価など、すべてが自分たちに直結することがモチベーションになっています。
自分たちが「やりたい」と思ったら車で片道4時間近くかけてイベントに出店することもあるのですが、それも純粋に楽しそうだなと思うからです。
ベースに書店業の継続があって、その上で自分たちがやりたいことにチャレンジしていく。飲食を提供するようになるかもしれないですし、今後のことは想像もつかないですけれど、その時々にあった「楽しみ」をお客様にも提供する、「本や本屋だけに縛られない本屋」として継続していけたらと思います。
優衣 私は絵本がとにかく好きなので、イベントなどでも直接お客様とその良さをお話ししながらおすすめするのですが、そのやりとりだけでは絵本の魅力をすべては伝えられません。今後は店舗の改装も考えており、中央の什器を可動式にしてイベントスペースを作りたいと思っています。そのスペースで絵本の魅力をお伝えしたり、お客様と語り合う企画ができたらうれしいですね。
特に絵本は、読んであげるとなると流すだけのYouTubeと違って、親は忙しくても手を止めないといけません。でもそれは絵本がつないでくれる、親子の大切な時間になります。そんな素晴らしさとともに子育ての悩みも相談し合えるような、地域の方の“憩いの場”になれたらと考えています。
▲イベント出店時のようす。ピクニックのような楽しい設えが目をひく
▲イベントでは優衣さんが読み聞かせを担当
(2022年6月10日取材 「日販通信」7月号より転載)