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【望月麻衣さんの書店との出合い】いつでも当たり前のように夢や人生に寄り添ってくれる場所

望月麻衣さん

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、人気の「満月珈琲店の星詠み」シリーズ第5弾『満月珈琲店の星詠み〜秋の夜長と月夜のお茶会〜』が12月6日に発売された、望月麻衣さんです。

「満月珈琲店の星詠み」シリーズの舞台は、満月の夜にだけ開く不思議な珈琲店。優しい猫のマスターと星遣いの猫たちが、極上のスイーツや占星術で疲れたお客をもてなす心温まるストーリーが魅力です。

ほかにも「京都寺町三条のホームズ」や「わが家は祇園の拝み屋さん」など、さまざまなシリーズで知られる望月さんに、今でも足を踏み入れると、さまざまな感情が蘇るという「書店」との出合いについて綴っていただきました。

望月麻衣
もちづき・まい。北海道出身、現在は京都在住。2013年にエブリスタ主催「第2回電子書籍大賞」でデビュー。2016年『京都寺町三条のホームズ』で「第4回京都本大賞」を受賞。著書に『わが家は祇園の拝み屋さん』(角川文庫)、『満月珈琲店の星詠み』(文春文庫)など。

 

夢に寄り添ってくれた場所

書店との出合いは、一人で買い物に行けるようになった小学生の頃。その頃、家の近所にあったお店は、八百屋、スーパー、金物屋と、小学生だった私にとって、あまり魅力的とはいえないラインナップだったのですが、自転車で少し走ったところに書店があったのです。その書店は、決して大きくないお店の中に、本や雑誌、文具や雑貨が所せましと詰め込まれた、いわゆる「町の本屋さん」でした。

当時の私にとって、そんな「本屋さん」は娯楽の宝庫。暇を見つけては書店へ行きました。書店といえば、思い出すのは当時の夢です。

私の小学生のころの夢は、漫画家になることでした。毎月欠かさず、少女漫画雑誌『りぼん』を購入し、「マンガスクール」のページを開いては、応募者の作品や選評を読み込み、「いつか私も……」とノートに漫画を描き綴ったものです。

「私も投稿しよう」と思ったのは、小学校高学年の頃。『りぼん』のマンガスクールで、漫画家がケント紙を使っているという情報を得ていたので、いつもの本屋さんでケント紙を32枚買いました。「こんなにたくさん、何に使うの?」と、顔馴染みの書店員さんに優しく問われた時、私は正直に「漫画を描くんです」とは言えず、「学校の宿題で」とお茶を濁しました。あの時の気恥ずかしさも、昨日のことのように鮮明に覚えています。

本気で小学生デビューを目指して、漫画を描き始めた私ですが、結果的に仕上げることはできませんでした。頭の中に浮かんでいる物語を絵に描けなかったのです。えんぴつ描きの状態ではそれなりに上手く描けても、ペン入れをした途端、ケント紙は真っ黒に汚れてしまいます。枠線すら満足に引くことができませんでした。ジレンマの末、私は絵を捨てて、物語だけを書こうと決めました。それには、赤川次郎先生の作品の影響が大きくあるのですが、そのことについては他の場所でも何度も語っているので、割愛させていただきます。

結果的に、私は絵を描くよりも、物語を紡ぐ方が好きだったのです。これまで、書店へ行くと漫画の棚ばかり見ていたのですが、小説家を目指すようになり、文庫の棚へ行くようになりました。私の母が本――特に推理小説が好きだったので、我が家の本棚には、横溝正史先生、西村京太郎先生、山村美紗先生、松本清張先生、赤川次郎先生などの文庫や新書がぎっしりと並んでいました。私自身、小説は赤川次郎先生からスタートし、やがて横溝先生へと傾倒していくのですが、書きたいものは違っていたのです。

当時の私が書きたいのは少女小説。そのジャンルの本は我が家にはなかったので、「執筆の勉強のために」などと言って、少女小説の棚へ行き、折原みと先生、氷室冴子先生、新井素子先生、喜多嶋隆先生などの本をわくわくしながら手に取りました。

高校生の時、小説雑誌を購入し、投稿しよう、と決意したのも書店でした。高校生デビューを夢見ていたのですが、結果は一次も通らず落選。ショックというよりも、「これが現実なんだな」と悟った気持ちになり、夢を諦めたのも、書店でのことでした。

そんな思い出が積み重なっているからでしょうか、私は今も書店に足を踏み入れると、胸が高鳴ったり、きゅっと切なくなったり、甘酸っぱいような気持ちになります。お小遣いを握って「本屋さん」へ走り、本を手に「いつか私も」と強く思った日、夢を諦めて自嘲気味に笑ったあの夜。様々な感情が蘇る時があります。

夢を一度諦めた後も書店から足が遠のくことはなく、日常的に利用していました。「何か面白いものを読みたい」と書店に入り、何時間も店内をうろついてみたり、仕事に疲れた時、旅行雑誌を購入し、行けそうにない国に想いを馳せたり。そして、四十路手前でデビューし、発売の朝に走って向かったのも書店でした。そんなふうに思えば、書店は特別な場所であると同時に、いつでも当たり前のように私の夢や人生に寄り添ってくれていました。

どうか、今後の私の人生にも書店が側にあってほしい。心からそう願うのでした。

 

著者の最新刊

満月珈琲店の星詠み 秋の夜長と月夜のお茶会
著者:望月麻衣 桜田千尋
発売日:2023年12月
発行所:文藝春秋
価格:770円(税込)
ISBNコード:9784167921385

淡路島で母を看取った百花。満月の夜、散歩に出かけると、閉まっているはずの遊園地に見知った猫が入っていき……。花巻の祖父母の家で療養する少年、宮島で姉妹関係に悩む女子、人生に迷う人々の近くで、満月珈琲店が開店する。星遣いの猫たちのあたたかな言葉と、美しいイラストが共鳴する大人気書き下ろしシリーズ、第5弾!

(文藝春秋公式サイト『満月珈琲店の星詠み〜秋の夜長と月夜のお茶会〜』より)