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名古屋駅のすぐそばで“名古屋にちなんだ本だけを売る”新刊書店をはじめた訳とは |「NAgoya BOOK CENTER」

選書や店づくりにこだわる個性的な書店は日本各地に数あれど、昨年12月に名古屋駅西口近くにオープンした「NAgoya BOOK CENTER」ほど“とんがった本屋”は珍しいのではないか。

同店のコンセプトは、名古屋にちなんだ本だけを取り扱うこと。棚には名古屋を舞台にした小説、名古屋出身か、ゆかりのある著者の書籍やコミック、名古屋の歴史の本などが並び、まさに名古屋一色。こんなユニークすぎる書店をなぜ作ったのか。店主の堀江浩彰さんと、オープン準備から同店をサポートしてきた日販中部支社エリアマーケティング課の高橋遥歩さんに聞きました。

 

【堀江浩彰(ほりえ・ひろあき)プロフィール】

愛知県名古屋市生まれ。2009年に自費出版で屋上写真集を制作。2010年屋上をテーマにしたフリーペーパー『屋上とそらfree』を創刊。2018年9月、名古屋駅西に「ホリエビル」を館内店舗「ONLY FREE PAPER NAGOYA」「Gallery NA2」「喫茶River」の3店舗とともに開業。2019年11月、NPO法人オレンジの会が運営する「包みパイ専門店MEAT PIES MEET」をプロデュース。リニア中央新幹線の開業後を見据え、2021年3月には新館となる「ホリエビルANNEX」を開業し、セレクト土産物店「オミャーゲ名古屋」と菓子屋「創菓令和元年たつの屋」をオープン。これで店舗はもう増やさない!という宣言を舌の根も乾かぬうちに覆し、2022年12月に“名古屋にちなんだ本、名古屋にゆかりのある著者の本”だけの新刊書店「NAgoya BOOK CENTER」をオープン。

 

再開発が進むこの街に小さな文化複合施設を作りたかった

――堀江さんは、NAgoya BOOK CENTERだけではなく、書店が入るホリエビルのオーナーであり、ビル内のほかの店舗も運営されているんですよね。まずは堀江さんの経歴とホリエビルについて、教えてください。

堀江 40代のはじめまでは、デザイン事務所のグラフィックデザイナー・アートディレクターとして、主に広告デザインの仕事をしていました。また、20歳頃から趣味として屋上の写真を撮り続けていて、2010年に屋上をテーマにしたフリーペーパー『屋上とそらfree』を創刊しました。このフリーペーパーは今も続いています。

転機は2016年ごろ、のちに「ホリエビル」となる建物について両親から相談されたときのことです。このビルはもともと祖父が商売をしていて、その後はずっと人に貸していたのですが、その人が退去することになり、「どうしようか?」という話でした。

ビルのことを聞いたとき、まず考えたのが、「場所がすごくいい」ということです。名古屋駅の西口から徒歩4分という好立地にあり、しかも将来的にはリニア中央新幹線の駅もできます。直感的に「このビルを使って何かやるのも面白そうだ」と思い、デザイン事務所に勤めながら自分の会社を起業し、2018年にホリエビルをオープンしたんです。

▲2018年にオープンしたホリエビル

▲ホリエビルに入る喫茶店「喫茶River」

ホリエビルでは自分のやりたいこと、好きなことをやろうと、昔ながらのホットケーキが食べられる喫茶店「喫茶River」、フリーペーパー専門書店「ONLY FREE PAPER NAGOYA」、レンタルギャラリー「Gallery NA2」を開業しました。また、2021年にはホリエビルの向かい側にホリエビルANNEXをオープンさせて、セレクト土産物店「オミャーゲ名古屋」、菓子屋「創菓令和元年たつの屋」、刺繡工房「Iwappen STORE」をはじめました。

▲ホリエビルの向かい側にオープンした「ホリエビルANNEX」

――そんな多彩な店舗が集まるホリエビルで、なぜ書店をやろうと思ったのですか?

堀江 ホリエビルに入っている店舗は、基本的には僕自身がいちからプロデュースしているのですが、1階の入口にあった「ONLY FREE PAPER NAGOYA」だけは唯一、自分で考えた店ではありません。フリーペーパー『屋上とそら free』でつながりができた東京の「ONLY FREE PAPER」の名古屋店という位置づけで展開していました。

▲ホリエビルオープン時に展開していたフリーペーパー専門書店「ONLY FREE PAPER NAGOYA」

ビルのオープンから4年が経ち、そろそろ入口の店も自分で作った店舗にしていきたいなと。そんなことを考えていたとき、あるきっかけで日販中部支社の高橋(遥歩)さんとお会いする機会があり、お話をする中で「本屋をやろう」と決めたんです。

実を言えば、ホリエビル開業時、本屋はやりたいと思っていたんです。その理由のひとつは、ホリエビルを小さな文化複合施設にしていきたかったから。カルチャー感を高めていくにはどんな店がいいだろうかと考えたとき、「やっぱり本屋かな」と考えました。

それに本という商材は、食品ではないので賞味期限があったり、腐ったりすることもありませんよね。10年前に刊行された本でも初めて出合った人には"新刊"です。そこもいいなと思っています。

▲新刊書店「NAgoya BOOK CENTER」

――「名古屋にちなんだ本だけを売る」というアイデアはいつごろ思いついたのですか?

堀江 高橋さんと話をはじめた当初からありました。ホリエビルは駅のすぐそばにあるので、名古屋に来た人が最初に訪れ、名古屋の情報を入手できるような場所がここにあったら面白いんじゃないかと、ずっと考えていたんです。名古屋の本だけを扱っている書店ならば、駅に着いて観光案内所に行く感覚で、最初に来てくれるかなと思いました。

――とはいえ、名古屋の本「だけ」というのは、思い切った判断ですよね。

堀江 そのぐらい振り切った方が、インパクトがありますよね。

リニア中央新幹線の建設工事の影響もあり、今、ホリエビルがある名古屋駅西エリアは再開発が進み、昔からあった店や建物がどんどんなくなっています。この地域で生まれ育った僕としては、街の発展を好意的に見ている一方で、慣れ親しんだ建物や風景を残しておきたいという気持ちもあります。築50年前後のレトロなビルをリノベーションしてホリエビルをはじめたのは、そんな理由もあるんです。要するに、大手企業による再開発に対する、地元ならではのカウンターです。

自分がつくる本屋も、カウンターということを考えると、普通の本屋ではつまらないですよね。大規模書店の名古屋本コーナーよりもはるかに充実していたり、流行りの本や人気の本はないけれど、名古屋に関するコアな本はたくさんある。そんな本屋の方がホリエビルにふさわしいと思い、名古屋の本だけに限定したんです。

 

「名古屋の本だけ」というわかりやすさが強みに

――現在扱っている冊数は?

堀江 だいたい600冊弱です。

――名古屋に関する本を600冊も……選書は高橋さんが担当されたそうですが、大変だったのではないですか?

高橋 正直、かなり苦労しました(笑)。私自身、中部支社に来たばかりで、名古屋についてほとんど知らない状態でした。ですから、街の歴史や文化を調べてキーワードを引っ張り出してきたり、図書館や資料館の蔵書を調べたり、会社の上司に聞いたりしながら、1冊1冊コツコツと選んで、やっと600冊集めることができたんです。

堀江 1回目にもらったリストは、言い方が悪いですけど、弱気な選書でしたよね(笑)。僕がデザインの仕事をしていたり、喫茶店を経営しているので、デザインに関する本やカフェを始める人向けの本があったりして。

でも、「こういう本は、名古屋に関係ないから全部なし」と言って、再考をお願いしたんです。高橋さんとしては、「名古屋の本だけで売上が取れるのか」と心配で、それで幅を広げて選んでくれたんでしょうが、僕からは「仕入れるのはこちらなので、強気で選んでほしい」と話しましたよね。

高橋 そうでした(笑)。

堀江 1回目のリストだと「名古屋の本しかおいてない本屋」という成分が薄まってしまっていたんです。本として面白かろうがなかろうが、売れようが売れまいが、とにかく「名古屋の本だけ」ということが最大のウリだし、わかりやすい方が絶対に強いので、その点にはこだわりましたね。

――棚ごとに細かいジャンル分けはされているのですか?

▲5坪の店内に名古屋に関する本600冊を展開

堀江 店内の広さは5坪あり、壁3面に高さ2mほどの本棚を配置し、その真ん中に平台を置いています。本棚は「なごやばなし」「なごやだらけ」「なごやぐらし」の3ジャンルに分け、「なごやばなし」は名古屋が舞台の小説やコミック、「なごやだらけ」は名古屋の歴史・文化にまつわる本、「なごやぐらし」は名古屋出身か、ゆかりのある著者の書籍やコミックを並べています。

平台は、名古屋や愛知県のガイドブックを集めた「なごやめぐり」というフェアコーナーになっています。

――平台では、どんなフェアをやっているのですか?

高橋 オープン時には「本からはじまる名古屋旅」と題して、電車の切符を模したオリジナルのブックカバーをつけて本を並べました。堀江さんがおっしゃっていた「名古屋の観光案内所になるような店」というイメージから、こちらから提案した企画です。

堀江 フェアはだいたい3ヵ月ごとに変えていきたいと考えています。2月は、22日の猫の日にちなんで、猫に関連した名古屋の本を展開する予定です。

――名古屋縛りの上に、さらに猫縛りとは……。

堀江 僕は思いついたことを伝えるだけなので、高橋さんにはいつも苦労をかけています(笑)。

――本の販売のほか、「國際BOOKマーケット」という貸し棚スペースも設けているんですね。

高橋 それも私たちからの提案です。最近、「シェア本棚」をはじめるところが増えているので、堀江さんにそのお話をしたら、すぐに「やりましょう」と。私たちとしては、月々の固定収入が入るような仕組みを作っておきたかったんです。

▲貸し棚スペース「國際BOOKマーケット」

 

ターゲットは「旅行者」と「地元の人」

――先ほど「名古屋に来た人が最初に訪れる店にしたい」とおっしゃいました。とすると、お客さんのターゲットは旅行者がメインですか?

堀江 イメージとしては、旅行者は全体の6割ぐらいですね。残りの4割は地元の人。というのも、名古屋に住んでいる人も意外と自分の街のことを知らなかったりするんですよ。実際、今日来たお客さんも、名古屋在住の方でしたが、「名古屋関連の本がこんなにあるなんて知らなかった」と言って、3、4冊も買っていかれました。

――本の売れ行きはいかがですか?

堀江 11月のプレオープンから約2ヵ月営業しました。お客さんの反応は上々ですが、書店単体で見れば、まだ十分な収益は上げられていません。ただ、ホリエビル内で営業しているので家賃はかからず、店頭には私やほかの店舗のスタッフが兼任で出ているので人件費もかかっていません。つまり、営業をしていく上でのランニングコストがほとんどかかってないため、本の売上をそのまま利益として考えることができます。

また、書店目当てに来てくれたお客さんが、喫茶Riverで飲食したり、オミャーゲ名古屋で買い物をしてくれれば、ビル全体としてはプラスになります。

将来的にはもちろん、NAgoya BOOK CENTER単体でしっかりと収益を出せる状態に持っていくつもりですが、しばらくはほかの店舗におんぶされながら営業していこうと思っています。

――今後はどのような店づくりを?

堀江 ビルの2階にはギャラリースペースがあるので、たとえば名古屋関連の新刊が出版されるときにはトークイベントや著者のサイン会などを企画して、お店の知名度をもっと上げていきたいですね。

「名古屋にちなんだ本だけ」というコンセプトは、ずっとこだわり続けるつもりでいます。こういうお店は、できるだけ長くやり続けることが大事だと思うんです。やり続ければ、多くの人に認知されて、いつかは「名古屋の本と言えば、うちの店」というイメージが広く定着していきますから。

――最後に、堀江さんのおすすめの本を教えてください。

堀江 1冊目は『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』(太田忠司・著/角川春樹事務所)です。ホリエビルがある名古屋駅西を舞台にしており、他人事とは思えないご当地ミステリー小説です。

2冊目が『名古屋の富士山すべり台』(牛田吉幸・著、大竹敏之・編/風媒社)。表紙に載っている富士山型のすべり台は、僕も子どものころからよく遊んでいた遊具なのですが、実は名古屋独自のものであると最近知ったんです。この本を読むと、富士山すべり台がこんなにもいっぱいあるんだと知ることができ、名古屋出身者であれば驚き、楽しくなること受け合いです。

そして3冊目は『聞書き 遊廓成駒屋』(神崎宣武・著/筑摩書房)。ホリエビルからさらに西へ行くと、元遊郭街だった大門町というエリアがあります。そこにかつてあった成駒屋について、地元の人たちに丹念な取材をしてまとめた本なんです。僕自身、大門町に住んでいたことがあり、そういう意味でも思い入れのある一冊ですね。