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【青柳碧人さんの書店との出合い】新人作家から専業作家へ!“アポなし”書店回り

青柳碧人

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。今回は、昔話や童話を題材にした「昔ばなし」シリーズや「赤ずきん」シリーズで人気の青柳碧人さんです。

8月8日(火)には、昔ばなしと本格ミステリを融合させた『むかしむかしあるところに、死体がありました。』のシリーズの最新刊にして最終巻『むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。』が発売されました。

また、『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』は、橋本環奈さん主演で映画化され、9月14日(木)よりNetflixで世界配信されたり、コミカライズされたりと注目を浴びています。

そんな青柳さんが“勝手に書店回り”をしていたという新人作家時代のエピソードについて、綴っていただきました。

青柳碧人
あおやぎ・あいと。1980年千葉県生まれ。早稲田大学卒業。2009年『浜村渚の計算ノート』で第3回「講談社Birth」小説部門を受賞してデビュー。2019年刊行の『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は多くの年間ミステリーランキングに入り、本屋大賞にノミネートされた。数々のシリーズ作品のほか、『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』『クワトロ・フォルマッジ』『怪談青柳屋敷』などがある。

 

勝手に書店回り2010

2009年、『浜村渚の計算ノート』という作品でデビューした当時、僕は千葉の学習塾で働いていた。自分の書いた本が書店に並んでいるのを見て感動はしたものの、売れている様子はなかった。

塾講師は好きな仕事だったが、いつかは専業作家になりたいと憧れを抱いていた僕は、これはいかんぞ、と思った。デビュー作で得た印税を見る限り、とうてい本の収入だけで生活を成立させるめどは立たない。

しかしとにかくデビューにはこぎつけたのだから、アピールする努力は惜しんではいけないだろう――僕はそう思い、2作目『千葉県立海中高校』(★1)の刊行の際、編集部に相談もせず、勝手に書店回りを始めた。

2010年当時一人暮らしをしていたのはJR幕張駅(★2)の近く。最寄りの書店は、国道14号線沿いのイトーヨーカドーの中にあるくまざわ書店。平日の日中、塾が始まる前に店員さんに刷ったばかりの名刺を渡し、「この本の作者なんですけど……」と自己紹介をした。店員さんは怪訝そうな顔をしたが、さすがに付近を舞台にした作品だったし、海中から町を仰ぐように眺める女子高生を描いたカバーイラストがなんとも美しく印象的なので知ってくれてはいた。

調子づいた僕はそのまま海浜幕張まで自転車を飛ばし、プレナ幕張のくまざわ書店へ。さらに京葉線沿いを下ってイズミヤ検見川浜店(★3)のくまざわ書店、さらには稲毛海岸・マリンピアの未来屋書店と回った。翌日からは千葉駅や船橋駅の近くまで足を延ばし、同様のことを行った。

いずれもアポなしだったものの、僕みたいな無名の作家(というか作家として生きていけるのかどうかもわからないヤツ)を温かく受け入れてくれ、サイン本とはいかないまでも、POPを書かせてくださった店舗もあった。

これだけ書店回りをしたのだから効果があっただろう。ひょっとしたら今週にも重版の連絡が来るかもしれない――などと淡い期待を抱いたものの、編集部からそんな連絡は一切来なかった。

嘆く僕のもとに、旧い友人(女性)から一通のメールが入った。「アトレ新浦安の有隣堂に、すっごい並んでるよ!」。添付されていた画像には、棚一面に並んだ僕の本が映し出されていた。当時彼女は同じアトレに入っているユニクロの店員をしていたのだ。

さっそく翌日、昼前に京葉線に乗り込み(平日の日中に自由に動ける塾講師は、つくづくすばらしい職業だ)新浦安へ行った。当該の景色を生で見て感動したあと、いつものようにレジへ足を運んで名刺を渡すと、なんとその人が、陳列をした当の本人だった。

眼鏡をかけた、ゆるキャラみたいな安心感のある男性で、僕と書棚の記念写真を撮ってくれるなど大変優しくしてくださった。いずれは専業になりたいが、たぶん厳しいんだろうなと思います――ぽろりと僕は言ってしまったように思う。それはそれは、と苦笑いした後で彼は、自分が並べた僕の本を見つめ、優しく言った。「ここから、広がっていけばいいですね」。30歳、新人作家。向こう見ずなアポなし書店回り――青春だったのだな、と思う。

その後だいぶ経ってから新浦安に行った機会に立ち寄ったが、その方は別の店舗へ異動されていた。あのときメールで報せてくれた彼女は結婚して兵庫へ移り、今では尼崎のユニクロで店長をしている。「専業作家としてやっているよ」と、新刊を出すたび2人に届いていたら嬉しい。

★1 千葉市沖の東京湾海中にできた「海中市」を舞台にしたSF青春小説。「陸上千葉」という呼称で海浜幕張などが登場する。文庫化された際に『東京湾海中高校』と改題された。
★2 よく間違われるが、京葉線の「海浜幕張」とは別の、総武線の駅である。
★3 2017年に閉店し、現在はイオンスタイル検見川浜店になっているらしい。

 

著者の最新刊

むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。
著者:青柳碧人
発売日:2023年08月
発行所:双葉社
価格:1,595円(税込)
ISBNコード:9784575246568

一世を風靡したといっても過言ではない、日本の昔ばなしをミステリーで読み解いた『むか死』シリーズの最新刊にして最終巻。あっと驚くミステリーのもとになった昔ばなしは「こぶとりじいさん」「耳なし芳一」「舌切り雀」「三年寝太郎」そして「金太郎」――いずれも趣向に富んだ、これまでの作品に勝るとも劣らない作品集。

(双葉社公式サイト『むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。』より)