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瀬尾まいこ『ありか』インタビュー:「幸せ」や「人生」に初めて向き合い書いた、自身と娘の物語

瀬尾まいこさん1

本屋大賞を受賞した『そして、バトンは渡された』や、ベルリン国際映画祭正式招待作品の原作である『夜明けのすべて』など、さまざまな形の、優しく深くつながった人間関係を丁寧に描いてきた瀬尾まいこさん。

4月18日(金)に発売された『ありか』は、そんな瀬尾さんが母と娘の関係を主軸に描く物語です。

瀬尾さんが、「これまでの私の人生を全部込めたと言い切れる小説」と語る本作。そんな渾身の作品はどのように生まれたのか、小説にかける思いとともにお聞きしました。

 

ありか

『ありか』
著者:瀬尾まいこ
発売日:2025年4月18日(金)
発行所:水鈴社
定価:1,980円(税込)
ISBN:9784910576039

母親との関係に悩みながらも、一人娘のひかりを慈しみ育てる、シングルマザーの美空。
義弟で同性のことが好きな颯斗は、兄と美空が離婚した後も、何かと二人の世話を焼こうとするが――。

「子育てをしながら自分が受けた恩を思い知って、親に感謝していくのだと思っていた。それが親になった途端、さっぱりわからなくなった。この日々のどこに恩を感じさせるべきところがあるのだろう」
(本文より)

(水鈴社公式サイト『ありか』より)

 

『ありか』は「幸せ」について考えた、今の自分につながる物語

――以前、編集者からは「好きに書いてください」と言われるのが一番好きとエッセイに書かれていましたが、本作は、出版元の水鈴社社長でもある担当編集者のリクエストから生まれたそうですね。

水鈴社の社長は娘が小さいときからかわいがってくださっていて、以前から「瀬尾さんと娘さんの物語をいつか読みたいです」と言われていました。今回、水鈴社さんで書くにあたり、そういえば社長がそう言っていたなあと思い出して書くことにしました。

――「これまでの私の人生を全部込めた」とコメントを出されていたので、満を持して挑戦された作品なのかと想像していました。

そう意識して書き始めたわけではないですけれど、結果的に、現実の私がいる「今」を書く上で、過去のことも含め、自分が探しているもの、一番大事にしたいものを書くことになりました。今まで「幸せとは何だろう」と考えることはあまりなかったですし、小説のテーマにしたこともないですけれど、そういった部分までいつの間にか考えながら書いた作品ではあります。

――これまでも、読者が前向きになれたり、自分に素直に生きようと思えたり、そっと背中に手を添えてくれるような作品を書かれていると感じていたので、少し意外な印象です。

読んでくださった方に、せっかくなら温かい気持ちになってほしい、笑ってほしいと思っていつも書いているので、何となく幸せな心地の作品になっていたのかもしれません。でも、幸せとは、人生とは何かと面と向かった形で書いたのは、今回が初めてな気がします。

 

執筆途中で見えたラストシーンと『ありか』の意味

――『ありか』というタイトルは、どのように生まれたのですか?

小説は、いつもプロットなどは立てずに前から順番に書いていくのですが、今回は半分ほど書いた時点で、主人公が「自分が探していたものはこれだったんだ」とわかるシーンで終わる結末が見えました。そのあたりから、自分の幸せや存在意義は何かということが、小説に反映されているように思います。

タイトルもその時に浮かんだのですが、自分が求めていた幸せや欲しかったものはここにあったのだという意味で、『ありか』と付けています。

――本作は、主人公であるシングルマザーの美空と、保育園に通う娘のひかりとの日々を中心に描かれますが、美空とその母親との関係も大きく影を落としています。冒頭には、美空のわが子への深い愛情と、母親への違和感が綴られています。

子どもを育てる大変さや恩は、親になればわかるよとよく言われますよね。でも私は、自分に子どもが生まれてそれはまったく違うと驚きました。私も女手一つで大学まで通わせてもらったので母に感謝していますが、母親になってみると、子どもに「恩を感じてもらいたい」という気持ちはどこにもないなと。

一方で、子どもはみんなにとってかわいいものだと思っていましたが、必ずしもそうではないことも知りました。もちろんかわいくて仕方がないという人もいるけれど、自分の子どもだからしんどいと思う人も、子どもの泣き声ですら受け付けない人もいます。

親子でも相性の良し悪しはありますし、子どもを愛せないからといって、それがすなわち悪ではないとも思います。ただ、子どもが未来の塊であることはどうしようもない事実で、誰もが年を取ったときには今の子どもたちに助けてもらうことがたくさんあるはずです。

――「子どもたちが大きくなって毛生え薬とか発明したら、意地悪な禿げじじいだって使うだろう?」という美空の義弟である颯斗の言葉には思わず笑ってしまいました。その颯斗をはじめ、今作の登場人物たちにはモデルがいるそうですね。

ひかりは娘がモデルですし、三池さんという美空のママ友は、娘が幼稚園に通っていたときに、ポルシェに乗って登園してくる派手な格好をしたお母さんがいて、その人がモデルです。「私、こうしてないと挙動不審になっちゃうから。話しかけられなくていいよ」と言って、サングラスもかけていました。

――人見知りの三池さん、そのものですね。

私が謝恩会委員になって大変だったときに手伝ってくれたり、娘が入院したときに差し入れをしてくれたり。私は「たいしたことない」が口癖なのですが、「それ、やめたほうがいいよ」と言ってくれる、とても頼れる存在でした。

颯斗くんは、知人に同性が好きな男の子がいたのですが、最初から彼をモデルにして書こうと思ったわけではないのです。ただ、子どもを愛するのは親だけでなくてもいいですし、美空とひかりの親子も、2人べったりでは厳しいときもあるでしょう。外の空気を入れたくて、誰かがいてくれたらいいなと思って登場させました。

とはいえ書き進めていく中で繊細な部分でもあって、彼は実際に、若かったころ「死にたい」と毎日言っていたので、なぜそんなに死にたかったのか、なぜ死にたくなくなったのか、そういうことについても聞きながら書いていきました。

瀬尾まいこさん2

 

子どもは多くのものを与えてくれる存在

――颯斗は美空を気遣い、ひかりにまっすぐな愛情を注いでくれる人物ですが、彼を同性が好きな設定にしたのはなぜでしょうか。

私は過去に婦人科系の病気をして、子どもを産むことはできないだろうと言われたことがあって、そのときに保育士免許を取りました。その後、娘が生まれて保育士としては働いていないのですが、保育士が不足していると言われながらも、男性が保育園で働くことには難しさもあると感じています。

門は開いているけれど、否定的に見ている保護者の存在も感じていて、特に同性を好きな男性だと、よりシャットアウトされてしまうことが多いのではないでしょうか。子どもが好きで、子どもという存在を必要としているのに、子どもと接することができないのはすごく苦しいことだと思います。

――ご自身にとっても子どもの存在は欠かせないものだそうですね。

子どもが大好きだったので中学の教師になったのですが、血の繋がりは関係なく、愛情を注ぐあてがないと、私は気持ちが不安定になる感じがします。中学校で働いていたときは、生徒に愛情を注げたのですごく楽しかったのですが、教師の仕事を辞めてからはそれがなくなってしまって。もしそのまま自分に子どもがいなかったら、保育士として働いていたと思います。

――颯斗の言葉に、美空はひかりと一緒にいるから、「何にも影響されていない自分の気持ちだけの考えを持っている」というものがありますが、そういうストレートさ、シンプルさも瀬尾さんが書くキャラクターの魅力です。

子どもって、誰がどう思うかを考えずに言葉を発しますよね。それと同時に子どもに影響されることも多くあります。私も引っ込み思案で人と接するのが苦手でしたが、娘が人を好きでいろいろな人と喋りたがるので、そのおかげで私も人と話すようになって、私にもこんな社交性があったのかと気づかされました。

子どもによって人は変わっていきますし、子どもや若い世代から、こちらが与えられるものは大きいと感じています。

 

教師と小説家、その仕事の共通点とは

――子どもからの影響にそうした伸びやかさを感じる一方、親が子に与えてしまうのはいい影響ばかりではありませんね。特に、母から傷つけられてばかりの美空は、「悪い人ではない」という思いがあるからこそ、母のことをはねつけることができません。

美空の母も、もし相談できる人が周りに一人でもいたら、まったく違っていたでしょう。経済的にも余裕がなく、インターネットなどない時代に、何もわからない中で子どもと一対一で向き合うのは大変なことですよね。その中で精一杯やっていても、子育てがどんどん重荷になってしまう。最初から悪いお母さんだったわけではなくて、環境やタイミングなどが生んだ結果だと思います。

――本書は、春から始まって、夏、秋、晩秋、冬、そして冬の終わりと季節が章のタイトルになっています。季節が移ろう中で美空が探していたものを見つけ、守ろうとする姿に、自分を大事にすることの大切さも込められているように感じました。

実は私はあまり自分に興味がなくて、特別自分を大事にしようと思ったことがないのです。自分を粗末にしているわけでも、自暴自棄になっているわけでもないのですが(笑)、今回、幸せとか大事なものは、自分の中にもあるのだということに気づきました。

――瀬尾さんの場合、ご自身よりもむしろ周りの人に視線が向いている、という感じでしょうか。

自分を幸せにするのって難しいですよね。でも人のためにできることは、それが正解ではないかもしれないし、的外れかもしれないけれど、すぐに思い付きます。

私の子ども時代は楽しいものではなかったですが、大人になってからは本当に恵まれていて、私の人生は22歳になって社会に出てから始まったと思っています。それは素敵な人とたくさん出会ってきたからで、私はそんなに自分から出会いの場に出ていけるタイプではないですけれど、人がいないと生きていけないですし、誰かのうれしそうな顔を見ると私もうれしくなります。

今を生きている人たちが、過去を掘り返してみても何も救われないと思いますが、今まわりにいる人に視線を向けたなら、救われることはたくさんあると思います。

――そのことは、美空の気づきであり、母としての強さにも投影されていますね。そういった思いがあるからこそ、多くの作品で人と人のさまざまなつながりを紡いでこられたのだと思いますが、その上で、瀬尾さんにとって小説とはどういう存在なのでしょうか?

大きな力です。私はずっと教師になりたくて、採用につながる自己PRになればと小説を書くようになったのですが、体調を崩して教師を辞めて、小説だけが残ることになり、これは私が思い描いた道ではないなと思っていました。

でもその後、書店さんや読者の方の感想を読ませていただく機会が多くなって、「小説に心を救われました」「ちょっと気が楽になりました」といったメッセージをいただくようになりました。私は学校で勉強を教えたかったわけではなくて、生徒たちに少しでも気持ちのいい毎日を送ってほしいという思いで働いていたので、小説を書くことで誰かの気分が少しでも良くなるのであれば、やりたかったことと同じだなと思っています。

――そんな瀬尾さんの最新作『ありか』がいよいよ発売されました。

みなさんがどう読んでくださるのか不安ですけれど、『ありか』を読んでくださった書店員さん何人かに直接お会いして、「私も実は母親と関係が悪くて」といったお話をたくさん聞きました。みなさんいろいろ抱えているものがあっても、それを話せる機会になって、こんな感じでもいいんやなと思えたというお話を聞いてほっとしています。

どんな形であれ、読んでくださった方の気持ちが楽になって、少しでも本作を楽しんでいただけたらうれしいです。

 


【プロフィール】
瀬尾まいこ
せお・まいこ。1974年大阪府生まれ。2001年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、2019年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞。2020年刊行の『夜明けのすべて』は映画化され、ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品されたほか、数々の映画賞を受賞するなど、大きな話題となった。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『あと少し、もう少し』『傑作はまだ』『私たちの世代は』『そんなときは書店にどうぞ』など多数。


 

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