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【第13回】もがき続ける“青の時代”。生み出す苦悩をリアルに描く『ブルーピリオド』の世界

中山夏美

山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。


0を1にできる人を尊敬しています。漫画はもちろん、小説、ドラマや映画の脚本もそうです。何もないところからアイデアを出し、作品にしていく。その作業は、とてつもない力が必要だと思います。

私もいちライターとして「文章を書く」ことはしていますが、0を1にするというより、バラバラにある1を寄せ集めて大きな1にしていくというイメージ。例えばインタビューは、取材相手がもうすでに素材を持っているので、私はそれを集めてまとめるだけなんです。私にものすごく技術があったとしても、“いい素材”がなければ完成はできません。だから、その素材を自らが生み出し、1を作っていける人を心から尊敬してしまうのです。

今回紹介する『ブルーピリオド』(講談社)は、東京藝術大学美術部学部絵画科が舞台。まさに0を1にできる人を目指す話です。※ネタバレを含みます

 

『ブルーピリオド』 山口つばさ

ブルーピリオド

 

「好き」だから乗り越えられるわけじゃない

東京藝術大学、通称「藝大」というと、どんなイメージを持っていますか? 日本で唯一の国立の美大、多浪は当たり前、才能のある人しか入れないなど、でしょうか。主人公の矢口八虎は、高校2年生まで絵を描いていませんでした。なんとなく高校生活を過ごし、適当に遊んで、それなりに楽しむ。将来の夢はないけれど、優等生はキープして、有名大学に入れればOKぐらいの目的ゼロの男子高校生です。その矢口が急に美術に惹かれ、藝大の中でも超難関と言われる油絵科を目指していきます。

これだけを聞くと、いきなり才能が開花して、華やかに大学デビュー!みたいなストーリーを想像するかもしれませんが、全然違います。「藝大を目指す」と決めてから矢口の絵との向き合い方は、壮絶を越える苦しみの連続なんです。

「受験」とは、こんなにも孤独で自分と戦わなければいけないものなのか……。ということを嫌になるほど見せつけられます。最初は楽しくて始めた絵も、矢口にとってそれはどんどん苦痛なものに変わっていきます。

「好きなことをやるって、いつでも楽しいって意味じゃないよ」。

スランプ状態だった矢口がつぶやく言葉です。私もこんな職業なので「好きなことを仕事にできていいですね」なんて言われることがあります。「自由でいいですね」とかも。文章を書くことは嫌いじゃないです。むしろ得意だったから、それを仕事にしたいと思いました。だけど、だからって常に仕事が楽しい!というわけではない。締め切りだって辛いし、どうしても筆が進まないときだってあります。それを簡単な言葉でまとめてくれるなよ!とは思ってしまうのです。矢口の気持ちわかるよって。

でもやっぱり最後まで続けられるのは「好き」だから。矢口なら絵に、私は文章に、心が動いてしまうからなんだと思います。矢口が気持ちをグラグラにさせながら、自分の絵と向き合っていく姿は、痛々しいほどリアルで、切実で、どうしようもなく苦しくて。だけど、ものすごく輝いている。「受験編」は、身につまされる思いで読んでしまいました。

 

「何者かになりたい」を考える

14巻まで発売中の『ブルーピリオド』では、現在藝大2年生の矢口が描かれています。1年生の始めに「これを絵で描く必要ある?」と教授に言われてからずっと、矢口は自信をなくしています。

実は最近、私も似たような経験をしました。エッセイを書いてほしいと言われたので、自分が今、とても辛くて悩んでいる内容を書いたら「なんのためにこれを発表する必要があるの?」と言われ、結局、ボツに。私の力量が足りなかったのが1番の理由だとは思いますが、テーマも自由だったのにけっこう凹みました。

絵も文章も、好みは絶対にあります。見る人によって評価されることもあれば、厳しい意見をもらうことだってある。だから私は、万人が好きだと思える作品を生み出せる人が1番の天才だと思っています。マイノリティなもので評価を得ることは、もちろん素晴らしいことだと思うのですが、誰もが納得する作品を生み出せる人には、勝てないのではいでしょうか。これはあくまで個人の意見ですが。

矢口は高2で絵を描き始めて、知識もなければ、技術も未熟。「何も持ってない」かもしれないけれど、その分、吸収する力はある。自分が凡人だと感じている人のほうが、万人に受け入れられるものを生み出せるのではないか。私はそう思っています。だから彼には最高のアーティストになって欲しいと願いながら、この漫画を読み続けてしまうのです。


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年9月27日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。