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“思い”を受け取った私が、その思いを届ける側になる 「ハケンアニメ!」作者・辻村深月が語る“思いの継承”

1年で最も話題になったアニメ「ハケン」の称号を勝ち取るため奮闘するクリエイターたちの“お仕事”作品「ハケンアニメ!」が、5月20日(金)に全国の映画館で公開されます。

「ほんのひきだし」では、「ハケンアニメ!」の原作者である辻村深月さんに、3月に発売されたスピンオフ小説集『レジェンドアニメ!』とシリーズの魅力、小説家になるきっかけや作家生活で最も嬉しかったことなどのお話を伺いました。

「ハケンアニメ!」作者・辻村深月さん写真・小笠原真紀(マガジンハウス)

辻村深月(つじむら・みづき)
1980年山梨県生まれ。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、2018年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞。著書『凍りのくじら』『オーダーメイド殺人クラブ』『朝が来る』『琥珀の夏』など多数。2019年には、「ドラえもん のび太の月面探査記」で脚本を担当している。

 

「映画の原作者」ではなく、アニメの作り手の1人に

――アニメ業界で戦う人びとを描いたアツい“お仕事”作品「ハケンアニメ!」が、ついに公開されますね。映画では、新人アニメ監督・斎藤瞳を吉岡里帆さんが、天才アニメ監督・王子千晴を中村倫也さんが演じられ、公開前から話題になっていますね。

ありがとうございます。私が映像化や舞台化をお願いするときは、原作を超える瞬間を見たくて送り出しています。以前、舞台にしていただいた時もそうでしたが、今回の映画もまるで原作の続編を見せていただいたような大きな手応えを感じています。俳優の皆さんの演技や、作中アニメを含む熱量が凄かった!

普段からメディアでよく見ていたはずのあの吉岡さんが、映画開始数分で、私の描いた瞳監督にしか見えなくなっていく。コミュニケーションが下手で、それでも精一杯あがく新人アニメ監督の斎藤瞳そのものでした。中村さんが演じる天才監督・王子と柄本佑さんが演じるアニメプロデューサーの行城のやり取りも絶妙で、もうずっと観ていたかったです。

――映画では、登場人物の役割やスポットの当たり方など、原作と違う場面も多かったようですね。

私が取材をしてきて大事にしてきた現場の言葉や価値観を大切に掬い上げてくれて、映画だからできる表現などを新たに提示してくれました。吉野耕平監督は私と同年代で、一緒に作り上げるという感じもあってとても楽しかったです。

――辻村さんは映画にどのような関わり方をされていたのでしょうか。

原作者としての通常の関わり方としては、脚本のチェック。あとは、今回イレギュラーな形として、作中アニメのストーリー提供をしています。瞳と王子が作る「サウンドバック 奏の石」「運命戦線リデルライト」のアニメを作ってもらうためにそれぞれ12話分のプロットを書き下ろしました。

――プロット12話分というのはすごいですね! もともとそのような参加をされる予定だったのでしょうか。

いいえ(笑)。「ハケンアニメ!」の映画を作るとなった時、実写パート以上に大変だったのが、今回作中アニメの制作だったんです。

何しろ「覇権」を取れるようなクオリティーのアニメを、しかも2作、ということですから、それができるスタッフの皆さんに集まってもらう必要があったのですが、人気のあるスタジオはどこもスケジュールがめいっぱいですし、なかなかお願いできる先が見つかりませんでした。
当初は私に負担にならないようにと、マガジンハウスの編集者と映画のプロデューサーの間で、小説の中にある台詞や設定を抜き出してアニメのヒントになるものを用意していただいたのですが、やはりそれだけではなかなか上手くいかず……。そんなとき、私が脚本を担当した映画「ドラえもん のび太の月面探査記」で一緒に仕事をしたアニメ監督・八鍬新之介さんに相談をしたところ、「全12話、各話で起こる内容が書かれたシリーズ構成、そして第1話と最終話のプロットが欲しい」と言われました。

少し悩みましたが、逆に言えば、それくらい詳細なものがあれば作ってもらうことはできるのかもしれない、と覚悟が決まり、「私がやります」とスタッフの皆さんに伝えました。
そうしたら、プロデューサーが「そのプロットがあると、依頼する側も本気なんだと伝わる、興味を持って話を聞いてもらうことができる」と、みんなのいる会議室で「やったー!」って叫んで、ものすごく喜んでくれました(笑)。

――目に浮かびますね(笑)。

映画が出来上がった後に監督とお話をしたのですが、「あのプロットがあって本当によかった」とお礼を言われました。「サウンドバック 奏の石」「運命戦線リデルライト」を通してアニメを作る仲間になれるなんて、アニメファンとしても光栄なことです。

「anan」でお仕事小説の依頼をいただき、自分が好きなアニメ業界について書いた作品が『ハケンアニメ!』でした。当時、か細い縁をつたうようにしながら、Production I.Gさんをはじめ多くの方の助けをもらって書いたアニメ業界に、今度は自分が作り手側になって戻ってくることができた。映画のスタッフロールで、原作者以外のところにも自分の名前がクレジットされていることが、とても誇らしいです。

 

スピンオフ『レジェンドアニメ』にも通ずる、シリーズを通して流れるブレない軸

――映画の公開前にはスピンオフ短篇集『レジェンドアニメ!』が刊行されました。

そうですね。編集者の方や読者の方からの「こんな話が読んでみたい!」といった要望に応えて話を書いていたら、少しずつ増えていきました(笑)。「そこ書いちゃうの!? 書かないからいいんじゃないの!?」と思ったことも最初はあったのですが(笑)、書き進めると、彼らの奥にあったエピソードがあれこれたくさん溢れてきました。

――そうなんですね(笑)。本作には、書き下ろしの「ハケンじゃないアニメ」など、『ハケンアニメ!』の書き始めから年月が経っている話も収録されていますね。この間で、アニメを巡る状況についてなど、辻村さんが感じる変化はありましたか。

「anan」の連載開始から『レジェンドアニメ!』まで、10年近くが経っていて、アニメを巡る環境も大きく変わりました。動画配信サービスで観ることが主流になり、1つの作品が話題になった時の人気や爆発力も数年前とは比べ物にならないくらい大きくなっている。そういった変化は作中に盛り込み、発表時点のリアルな現場を描きたいなと思いました。

あとスピンオフでは、本編とは違った角度からもアニメ業界を書いてみたいと思っていました。私自身がこの期間で経験したこと、例えば先ほど挙げたような「ドラえもん」の映画に関わらせてもらったときの視点からなども書いてみたいな、と。

――逆に『ハケンアニメ!』の頃から変わらない、物語の軸はなんでしょう。

そうですね……作り手にある“思いの継承”でしょうか。アニメに限らず、仕事や物作りに携わる人には、自分にとっての憧れだった仕事や作品があると思うんです。「こんな作品を作りたい!」「この作品に携わった人と一緒に仕事をしたい!」といった強い“思い”を胸に、今度は自分も作り手側になって、誰かにとってのそんな作品になる何かを作り出していく。こうした思いの継承、バトンをつなぐことは今も昔も変わらないものだと思っています。

『レジェンドアニメ!』に収録された「ハケンじゃないアニメ」という短編はそのことについて特に強く書いています。タイトルだけ聞くと「?」と思うかもしれないですが、その期の話題を攫う「覇権」を超えて、広く愛されているご長寿アニメを作る現場について書きました。たとえば、「ドラえもん」や「アンパンマン」、「名探偵コナン」といった作品ですね。子どもにも、大人にもその上の世代にも愛されている作品は、ある意味ずっと「ハケン」を取り続けているような作品でもある。そんな偉大な、レジェンドと呼ばれるような作品の現場だからこその葛藤や、作り手の思いについて書いています。

――『レジェンドアニメ!』と『ハケンアニメ!』、それぞれ交互に読みたくなる作品になっていると感じました。

ありがとうございます! 『ハケンアニメ!』は、瞳と王子がそれぞれの作品を作り上げるうえで、スタッフとの横のつながりを描く物語でしたが、『レジェンドアニメ!』では、年代を超えた縦のつながりについても描けたと感じています。私自身が歳を経たこともあって、上の年代が下の年代を育てることや、憧れが継承されていくことについて、今の自分が持つ仕事への考え方もすごく出ているな、と感じています。

 

作家人生で最も感動した経験。作家になるきっかけ

——先ほど、作り手側の思いの継承といったお話をされていました。一読者、一視聴者だった辻村さんが、小説家という作り手になるきっかけには何があったのでしょうか。

綾辻行人さんのミステリの影響が大きいです。小学6年生の時に『十角館の殺人』を読んで、「小説ってこんなすごいことができるのか!」って衝撃を受けて。以来、小説や物語に関する考え方、見え方が変わりました。

それまでもファンタジー小説や青春小説に憧れて、小説家になろうと思ったことはあったのですが、綾辻さんの小説に出合っていなければ、今のような形で小説を書くことはなかったろうな、と思います。
明確な事件や犯罪が起きなくても、『ハケンアニメ!』の中でも、登場人物が抱える秘密を明かすタイミングなどは、読者を驚かせるミステリ的なカタルシスを意識しています。そこは、私にとっての憧れ、思いの継承の形かもしれないです。

――たしかに、辻村さんの作品には、ミステリ作品以外でもその雰囲気を感じる時があります。話は変わってしまいますが、『ハケンアニメ!』と『レジェンドアニメ!』では、CLAMPさんが表紙・挿画を担当されていますね。CLAMPさんにお願いをするきっかけは何だったのでしょうか。

私が大ファンだったのがきっかけです。10代の頃って、みんなお小遣いが少ないから、漫画を貸し合う文化があると思うんですけど、そんな中でも私には絶対に貸さないと決めた漫画があって、それがCLAMP先生の『聖伝-RG VEDA-』と『東京BABYLON』でした。そのくらい大好きで、憧れの存在だったんです。

『ハケンアニメ!』で、ものづくりの現場での憧れとか尊敬についてを描くにあたって、自分にとっての“憧れのヒーロー”にまずはお願いをしたいと思って、玉砕覚悟でご依頼したら、まさかのOKをいただいて……。
連載中は、そんなCLAMP先生に併走していただけることが、何よりも心強かったです。

聖伝 1 愛蔵版
著者:CLAMP
発売日:2011年12月
発行所:角川書店
価格:1,320円(税込)
ISBNコード:9784041200018
CLAMP PREMIUM COLLECTION 東京BABYLON 1
著者:CLAMP
発売日:2022年06月
発行所:KADOKAWA
価格:748円(税込)
ISBNコード:9784041116890

CLAMP先生との仕事の中で、私の書いた王子のセリフを読んだ先生から「クリエイターの端くれの私も胸が熱くなりました」というメッセージをいただいたことがあったんです。端くれじゃなくて大黒柱だよ……!と思いながらも(笑)、自分の作り手としての思いが伝わったこと、そして長年の憧れで、自分の胸を数々熱くさせてくれたクリエイターから今自分がそんなふうに言ってもらえるのか、と思ったら嬉しくて、しばらく泣きました。作家になってから一番嬉しかった一言です。その時に、自分の憧れていたクリエイターといっしょに仕事ができるってこういう気持ちだったんだ……と、『ハケンアニメ!』の瞳にも、より親近感がわきました。

――辻村さんの物語も『ハケンアニメ!』に負けない、アツい思いの継承ですね。

ありがとうございます(笑)! ぜひ、皆さんにとってのそんな存在についても思い出していただけたら。『ハケンアニメ!』と『レジェンドアニメ!』、そして映画も、どうぞよろしくお願いいたします。

ハケンアニメ!
著者:辻村深月
発売日:2017年09月
発行所:マガジンハウス
価格:968円(税込)
ISBNコード:9784838771004
レジェンドアニメ!
著者:辻村深月
発売日:2022年03月
発行所:マガジンハウス
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784838731978