7月から放送されているTVドラマ「ウソ婚」でヒロインを演じるなど、俳優として精力的に活動を続けている長濱ねるさん。9月1日(金)に発売された『たゆたう』は、長濱さんが21歳の夏から3年にわたって執筆してきた、雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載をまとめたエッセイ集です。
「たくさんの人に届けたい」との思いから、文庫、単行本(特装版)の2形態が発売されている本作。読書家である長濱さんならではの連載経緯や、その時々の思いが「赤裸々」に書かれているという本書の内容について、長濱さんにインタビューしました。
長濱ねる
ながはま・ねる。1998年、長崎県生まれ。幼少期は五島列島で過ごす。2015年にけやき坂46(現在の日向坂46)に加入したのち、欅坂46のメンバーとしてデビュー。19年に同グループを卒業。
卒業後は雑誌『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)にてエッセイ執筆、3年目を節目に初の自筆書籍『たゆたう』を刊行。
執筆業の傍ら、俳優業をはじめとするバラエティ番組やCMなど幅広く活躍。趣味は海外旅行、読書。いつか“本屋さん”になるのが夢。
【文庫『たゆたう』】
- たゆたう
- 著者:長濱ねる
- 発売日:2023年09月
- 発行所:KADOKAWA
- 価格:660円(税込)
- ISBNコード:9784041026533
収録内容:『ダ・ヴィンチ』連載から自薦のエッセイ/書き下ろしエッセイ
【単行本『たゆたう 特装版』】
- たゆたう 特装版
- 著者:長濱ねる
- 発売日:2023年09月
- 発行所:KADOKAWA
- 価格:2,970円(税込)
- ISBNコード:9784046828989
収録内容:『ダ・ヴィンチ』連載から自薦のエッセイ&写真/書き下ろしエッセイ/本人撮りおろし写真/西加奈子さん、クリープハイプ・尾崎世界観さんとのダブル対談
連載は、自ら「書きたい」と売り込んでスタート
――『ダ・ヴィンチ』での連載が初めてのエッセイのお仕事だそうですが、連載は長濱さんが自ら売り込んで始まったそうですね。
以前、『ダ・ヴィンチ』さんでインタビューを受けたことがあり、それがちょうど“アイドル”という仕事をやっている中で、アイドルとして期待される答えについて自分なりに考えていた時期でした。
本に関するお話をしたそのインタビューは、「こんなに素で喋っていいんだ」「こんなに自分の思っていることを言語化してくださるんだ」と、とても印象に残っていました。
それまでも『ダ・ヴィンチ』は読んでいて、いろいろな方のエッセイを毎月楽しみにしていたので、「ぜひ『ダ・ヴィンチ』さんで書きたいです」と門を叩きました。
――初めての連載で、毎月4,000字のエッセイを書かれるのは大変ではなかったですか?
もともとブログを書いていた時に、歌って踊って表現するより自分の言葉で削ったり書き直したり、練りに練って世に出すほうが性格に合っている、とずっと思っていました。
読書好きだったこともあって、自分でも書いてみたいと挑戦することにしました。
――今回の本には、連載の中からご自身が選んだ21編が収録されています。どれを載せようか、迷いはなかったですか?
自分の中で印象に残っているエッセイを中心に載せています。それ以外も、読み返してみると自然と載せたいものは決まってきて、あまり迷いはありませんでした。
私はサウナが好きなのですが、サウナのエッセイが2編あったり、家族に言及しているエッセイが複数あったりしたので、一冊にまとめたときのバランスを見てその中から選んでいきました。
『たゆたう』というタイトルに込めた思い
――一冊にまとめるにあたり、だいぶ手を入れられたそうですね。
よくこれで『ダ・ヴィンチ』に掲載していただいたなと思うぐらい読みにくいところもあったので、今回、かなり改稿しています。
特に、以前はその場の状況を細かく説明してしまっていたのですが、「これは言わなくていいかな」「ここまで書かなくていいかな」と、削ることも多く、それがこの3年間の、一番大きい変化かなと思います。
――全編を通してご自身の内面をとても率直に書かれていると感じました。当時のお気持ちはそのままに、文章を整えられたということでしょうか。
書いた当時と今の感情は変わっていても、それはそのとき思っていたこととして残しています。
読んでくださる方が今の自分に共感してくれるとは限らないですし、変わる前の自分に共感してくださる方もいるでしょう。それをすべて消して今の自分に置き換えてしまうと、かえって伝わりづらくなってしまうのかもしれないなと、あえて書き換えないようにしました。
――「はじめに」でも、「連載当初からは、環境も心持も大きく変化しました。この本の中の私はきっと矛盾しています」と書かれています。
人と話すことに後ろ向きになって閉じこもっていた時期もあれば、人に出会いたいと意識が外に向いている時期もあります。そんな自分自身の変化も含めて、水に浮かんで揺れ動いているようなイメージが今の自分と似ていると思い、『たゆたう』というタイトルにしました。
――『たゆたう』にはそういった気持ちが込められているのですね。タイトルはすぐに決まりましたか?
好きな言葉はたくさんありますし、いろいろな案をいただいてどれもいいなと思いながらも、カッコいいタイトルよりは、自分の現在地となるような言葉にしました。
エッセイにも書いていますが、お芝居が得意ですとか、歌が好きですと言い切れない自分がいて、地に足がついていない、何が得意なのかよくわかっていないことにずっとコンプレックスを感じています。ですが、エッセイを一通りまとめてみて初めて、揺れていてもいいのかなと思えて。それでそういった言葉がないかなと思ってたどりついたのが『たゆたう』でした。
エッセイは一番正直でいられる場所
――さまざまな表現方法に取り組まれているなかで、エッセイを書くことはご自身の中でどのような位置づけとなっていますか?
一番正直でいられる場所です。お芝居や歌ももちろん見てくださる方がいらっしゃいますが、それらは一対大勢という感覚です。文章は読んでくれる方に一対一で伝えられるイメージです。みんなの前では言えないけれど、誰か一人に向けてならちょっと心の内が明かせるかもしれない、と思える場所になっています。
――それは、これまでたくさんの本を読んでこられたからこその向き合い方でもありそうです。
そうですね。自分とその本だけの世界になれるのは、本という媒体ならではだと思います。
活字は、その中でちょっと尖ったことを言っていても文脈の中でその部分に行きつくので、受け取り方がまったく違うと思っていますし、信用できます。読もうと思って読んでくれているからこそ、口にしづらい心の内を表すときも、自分のことを丁寧に受け取ってくれた上でその言葉にたどり着いてくれると思うと、勇気が出せます。書く側もちゃんと順序立てて自分のことを伝えられるので、私にとっては安住の地です。
――活字というパッケージならではの表現ができるということですね。その中で、ご自身はどのようなことを伝えたいと思っていらっしゃいますか。
伝えたいというより、自分はこういう人間なんだ、と整理しながら書いていたことが多かったです。心境や仕事をしている環境は毎月違うのですが、その状態をエッセイに書くことで整理できる。そういった感じでした。
――連載は、毎月どのように執筆されているのですか?
毎月のエッセイは、締切が近づくと、今月は何を書こうかとバタバタしながら書いていました。なので、今回本にするにあたり、こんなに赤裸々に書いていたんだと驚いたところもありました。逆にいうと、その時々の思いがむき出しのままに書かれているのは連載ならではと思います。
――毎月執筆するにあたって、心がけていらっしゃっることはありますか?
カッコつけないということです。連載を始めた当初は、錚々たる方が執筆や連載をされている『ダ・ヴィンチ』で、自分の文章に誰かが立ち止まってくれるだろうかとすごく不安でした。その不安がカッコをつけたり見栄を張ったりすることにつながっていたと思います。
最近はちょっとでも自分の文章に「こう言ったらこう思われるかな」という他意を感じたら、その文章は消して、正直に書くようにしています。
大事な存在の“本屋さん”でぜひ手に取ってほしい
――今回は単行本と文庫の2形態が同時に発売されますね。
単行本として世に出すのは一つの憧れであり目標でしたし、文庫本は名刺代わりに多くの方に手に取っていただけるのではないかという思いがありました。私のことを知らない方にも、本屋さんで並んでいる『たゆたう』を通して出会えたらいいなと。
――単行本には西加奈子さん、尾崎世界観さんという書き手お二人との対談が収録されています。「書くこと」や「読むこと」というテーマが興味深いとともに、『たゆたう』のとても良いガイドになっていると感じました。
西さんの本はエッセイにも何回か出てくるのですが、私の生活からは切り離せない作家さんですし、西さんによって救われてきた日々があります。そんな西さんとお話しできること自体がまだ夢みたいで、西さんにいただいた言葉を独り占めしたいという気持ちがある一方、みんなにも知ってほしいという気持ちも大きくて。自分がこんなに救われたのだから、同じように西さんの言葉に救われる人はきっとたくさんいると思うので、この対談は本当に多くの人に読んでほしいです。
尾崎さんは、「内側に向けて潜っていくことが表現だと思っている」と言ってくださって、対談していただき本当によかったと強く感じました。
表現とは、人前でアピールしたり、誰かに向けてすることだと思っていて、自分にはこの仕事は向いていないかもしれない、と思うことも多かったです。でも尾崎さんとのお話の中で、「内に潜る作業を表現と呼んでいいんだ」と思えたことがすごくうれしくて。
これからも書くことを続けていきたいと思いましたし、自分を内に内に掘り下げていって創作物が生まれているのだと、諸先輩方が表現し続ける理由が腑に落ちました。
――そういった表現のとらえ方の変化は、ほかのお仕事にも影響がありそうですか?
そうですね。「人に見られることがめちゃくちゃ苦手な自分がここにいていいのかな」と居心地の悪さを感じていますし、そんな姿勢でいると周りに迷惑をかけるし、と悩んでいました。けれども、自意識が強くて内に向いてしまったとしても、表現することを続けていいんだという勇気が持てました。
――長濱さんは本好きでいらっしゃると同時に、「ホリー先生」という一編では「やってみたい仕事」が本屋であるというエピソードも書かれていますね。
本屋さんに行って、欲しい本を選んで紙で買うという行為自体にわくわくしますし、小さい頃から幸せを感じていました。なので、本屋さんは自分にとって、とても大事な存在です。
本屋さんを作りたいという夢はずっと持っていて、実際に本屋の開業に関する専門書も読んでいます。本はどういう流れで私たちの手元にやってくるのか、価格はどんなふうに設定されているのか、どういうふうに店づくりがされているのかなど、本屋さん自体にすごく興味があります。
電子書籍も利用しますが、インターネットだと、好きな作家さんや誰かに聞いた本をピンポイントで買うことが多いので、なかなか新しい出会いがありません。本屋さんに行って、いろいろなコーナーをチェックしたり、POPや装丁に惹かれてふと手に取ってみたり。『たゆたう』もそんなふうにして多くの人に届いてくれたらうれしいです。