父親の老いに向き合い、実家にUターンした主人公。関係を再構築していく過程にじんわり
親だって老いる。そんな当たり前に、子どもはなかなか気づけない。気づきたくないという気持ちがどこかにある。ずっと自分を守って来てくれた人を、今度は自分が守らねば、という現実に気持ちが追いつかないのだ。
本書の主人公・那須野富生もそうで、妻を亡くし、千葉の館山で一人暮らしをしている七十八歳の父親・敏男に物忘れの症状が出始めていることを気にはしつつも、どこかでまだ大丈夫、と思っている。そうであって欲しいのだ。けれど、敏男のマイナンバーカード申請手続きのために実家に戻った折、敏男が包丁で指をざっくり切り、救急外来に駆け込んだことで、富生の頭の中に赤信号が点る。
もしこれが父親が一人の時に起きたことなら、父親は救急車を呼ばなかっただろう、と富生は思う。自力で救急外来を調べることもできず、だらだらと血を流しつつ、隣人に助けを求めていたはずで、それは富生にとって「想像するだけできつい」ことだった。
このことをきっかけとして、富生は実家に戻ることに。会社はリモート勤務OKなのでそこはクリアなのだけど、富生には八年付き合っている五歳年下の恋人、梓美がいて、そっちは有耶無耶なまま。富生、どうして梓美に相談しないんだよ! だめだろ、それは。
敏男と二人暮らしが始まり、元々が良好なものではなかった父子の関係が少しずつ変わっていく様がいい。富生の内にあった、敏男への屈託が少しずつほぐれていくのだ。それは、富生が、敏男の老いや兆しが出始めている認知症の発症を受け入れる、ということで、そこは、やっぱり切ない。でも、そこもいい。
物語の終盤、富生が梓美との関係に出した答えは、本書を読んで欲しい(梓美がいいんだ、これがまた。富生の恋人が梓美で良かった)。
富生と敏男、いつかは迎えるその日まで、二人が笑顔で過ごせる時間が長くありますように。祈る気持ちで、本を閉じた。
- あなたが僕の父
- 著者:小野寺史宜
- 発売日:2025年08月
- 発行所:双葉社
- 価格:1,870円(税込)
- ISBNコード:9784575248357
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『小説推理』(双葉社)2025年10月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載
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