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小野寺史宜さんの“読書人スタート”と、今日も書店に行く理由

『ひと』が2019年に本屋大賞第2位となった小野寺史宜さん。『ひと』『まち』に続く下町荒川青春譚第3弾として2月に発売された『いえ』は、著者ならではのやさしい筆致で紡がれた、家族の再生の物語です。

小野寺さんが「本を手にとる喜び」と出合ったのは、まさに子どものころのホームタウンの書店だったそう。今回は、その出合いといまも書店に通い続ける理由について、綴っていただきました。

小野寺史宜
おのでら・ふみのり。1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2008年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。2019年、『ひと』が本屋大賞第2位に選ばれ、ベストセラーに。著書に「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『ナオタの星』『ホケツ!』『ひりつく夜の音』『家族のシナリオ』『太郎とさくら』『本日も教官なり』『リカバリー』『人生は並盛で』『夜の側に立つ』など。

 

手にとる喜びを

僕が子どものころ、書店は、当たり前にその辺にあるもの、だった。

住宅地のあちこちに中規模の食品スーパーがあり、理容やお酒やお蕎麦などの個人店とともにショッピングセンターを形成していた。

僕の家から歩いて2、3分のところにもその手のショッピングセンターがあり、まさに当たり前のように書店もあった。小学生のときから、ちょっと本屋ね、と母親に言い、僕はふらっと行っていた。立ち読み許すまじ!の感じもなかったので、気軽に行けたのだ。

雑誌に漫画に文芸書に児童書に実用書に学習参考書。小さいのにひととおり置いている店だった。奥には文房具もあったし、少しだがプラモデルもあった。

僕がよく見ていたのは文庫コーナーだ。幅2メートルほどの書棚が2つあるだけ。表裏で計4面。棚には様々な本が並べられていた。純文もあったし、エンタメもあった。国内小説もあったし、海外小説もあった。

最初に惹かれたのはソノラマ文庫。小中学生向けのSFや推理小説が多かった。そのなかから気に入ったものを買って読んだ。速攻も速攻。昼に買って夜には読み終えていた。でもそのあたりはすぐに卒業。そこも速攻で大人向けのものに進んだ。

そういえば。現存する各社の文庫のほか、当時は旺文社文庫などもあった。夏目漱石の『坊っちゃん』は旺文社文庫版を買ったような気がしないでもない。

いくつかの日本の歴史小説を経て、僕は世界に目を向けた。とついカッコをつけて言ってしまったが、要するに、翻訳小説に目を留めた。特に新潮文庫の短編集。アンダスン短編集とか、フォークナー短編集とか、ヘミングウェイ短編集とか、スタインベック短編集とか。短編集という言葉自体に何故か魅力を感じたのだ。

今はそのタイトルでは出ていない『マーク・トウェイン短編集』もそこで買った。「私の懐中時計」はとてもおもしろかったし、「ハドリバーグの町を腐敗させた男」はタイトルにもうやられた。

僕が通ったその店は、残念ながら、もうない。ショッピングセンターもない。不思議なもので、別の何かが建てられると、その前がどんなであったかを思いだすことさえ難しくなる。今も懸命に思いだしてやっとこの感じだ。

あらためて。書店が家のすぐ近くにあるのは大きかった。買ってきた本を開いたら、まず紙の匂いを嗅ぎ、読みはじめる。自分のものだから多少は汚してもいいのだが、汚さない。きれいに読む。何度も読む。その喜び。考えてみたら、六畳間にすっぽり収まりそうな2つの書棚に並べられた1,000冊程度から選んでいただけ。でも限られたなかから選ぶことで、普通なら出合わなそうなものと出合うこともできた。

その後、僕は初めて都内の超大型書店に行き、本の数の多さに圧倒されて、ぬおぉぉぉぉっとなるわけだが。読書人としてのスタートはその小さな店でよかったのかもしれない。

それから40年以上。今は本当に便利になった。自分が好きなものだけを選べる。自分が好きなものだけを買える。本一冊でも自宅に届けてもらえる。

もちろん、それがベスト。昔のほうがよかったなどと言うつもりはない。まったくない。実際、不便だったし。ただ、住宅地のあちこちに書店があり、そこに新品の本が並んでいるというその環境は、取り戻せるなら取り戻したいような気もする。

本の実物を手にとれるのは、やはりいいのだ。手にとってパラパラとページをめくる。それだけでぴんと来ることもある。ん? ボケナスという文字が見えたぞ。ボケナスはちょっと惹かれるぞ。という具合に。

だから僕は今も書店に行く。

店の大小は問わない。書店の何が好きって、あの静かな活気が好き。

(「日販通信」2022年3月号「書店との出合い」より転載)

 

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いえ
著者:小野寺史宜
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社会人三年めの三上傑には、大学生の妹、若緒がいた。仲は特に良くも悪くもなく、普通。
しかし最近、傑は妹のことばかり気にかけている。

傑の友だちであり若緒の恋人でもある城山大河が、ドライブデート中に事故を起こしたのだ。後遺症で、若緒は左足を引きずるようになってしまった。
以来、家族ぐるみの付き合いだった大河を巡って、三上家はどこかぎくしゃくしている。
教員の父は大河に一定の理解を示すが、納得いかない母が突っかかり、喧嘩が絶えない。
ハンデを負いながら、若緒は就活に苦戦中。

家族に、友に、どう接すればいいのか。思い悩む傑は……。

〈祥伝社『いえ』小野寺史宜 特設サイトより〉