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“食卓”が紡ぐ一風変わった母娘の成長を描く 『宙ごはん』町田そのこインタビュー

2021年本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』、続く『星を掬う』と、傷つき孤独な女性たちの再生を描き、多くの人の心をつかんでいる町田そのこさん。5月27日に発売された『宙ごはん』も、食が繋ぎ、出会いと別れによって成長していく母娘の姿が胸を打つ長編小説です。

誰もが持っている心の痛みをていねいに掬い取り、「生きていく」人々の背中を優しく押してくれる作品はどのような思いで紡がれるのか。町田さんにお話を聞きました。

町田そのこ
まちだ・そのこ。1980年生まれ。福岡県在住。2016年「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。17年、同作を含む短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞。著書に『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』『星を掬う』、「コンビニ兄弟」シリーズなどがある。

宙ごはん
著者:町田そのこ
発売日:2022年06月
発行所:小学館
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784093866453

物ごころがついた時から育ての「ママ」と一緒に暮らしてきた宙(そら)。小学校入学をきっかけに産みの「お母さん」、花野(かの)と暮らすことになるが、彼女は理想の母親像からは程遠く……。
愛し方がわからない花野。甘え方がわからない宙。“家族”を手探りする二人には記憶に残る食卓があった。

〈小学館『宙ごはん』特設サイトより〉

 

一風変わった家族の“折り合いの付け方”を描きたかった

――『宙ごはん』は2人の“母”を持つ主人公の宙が、産みの母・花野の中学時代の後輩である佐伯をはじめ、周りの人との関わりと食を通して成長していく物語です。本作はどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

編集さんから「食事をテーマにした作品はどうですか」と提案されたことがきっかけです。私自身は作るより食べるほうが好きで、料理は最低限しかしません。なので、それまでテーマとしては意識していなかったのですが、確かに面白そうだなと思いました。

実際に何を書くかと考えたときに、食卓を連想しました。食卓とはまずは家族と囲むものですよね。当時、母と娘の関係が自分の中でもっとも関心のあるテーマだったので、その関係を、食卓を通じて描きたいと思いました。

――とは言え食事をはじめ、宙の世話は佐伯が多くを担っているなど、母娘のありようは一般的とは言えないものですね。

あえて一風変わった家庭にしたかったのです。「理想の家族」ではないけれど、その家族なりの成長や折り合いの付け方を描いてみたいと思いました。

それと、私はいつも冒頭で読者をぐっと惹きつけたいと思っていて、最初の一文が決まらないとその先に進めないのです。『宙ごはん』でも最初のフレーズがポンッと出てきたら、そこからどんどんストーリーが広がっていきました。

――「『お母さん』と『ママ』はまったく別のものだと、宙は思っていた。『お母さん』というのは産んだひと。『ママ』というのは育てるひと。そういう分けかたなのだと信じていた。だからこのとき、とても戸惑っていた」という部分ですね。この一文に続くエピソードもそうですが、ひとつひとつのモチーフが後々まで生きていて、その巧みさも読みごたえがありました。構成はどのように組み立てられるのですか。

私はプロットを立てないので、その時々で「この成長過程ではこういう問題が起こってくるだろうな」「こういう悩みが出てくるのではないかな」と考えながら書いています。

ただ『宙ごはん』は2年間ぐらい、寝かせたり修正したりとじっくり時間と手をかけて完成させています。編集さんと何回もやりとりをして話し合うことで、自分が見えていなかった角度や気づきもたくさんありました。今までで一番長く一つの作品と向き合うことができて、とてもいい経験になりました。

――宙自身も見えていないものや知らないことにぶつかりながら、一歩一歩成長していきます。幼少期から小学校、中学、高校と自分を取り巻く世界と向き合うことで、人の心の機微に触れていく。全五話を通してその過程がていねいに描かれます。

私は小さいころ、世界のあり方にぼんやりと思いを馳せたり、「生きるって大変だな」「きっとつらい人生が待っているから大人になりたくないな」とずっと考えているような子どもでした。

基本的に友だちがあまりいなくて一人で遊んでいることが多かったので、それがおそらく自分と対話を重ねることになっています。いちいち悩んで自分に向き合っていたからこそその感情が残っていて、物語として出てくるのかもしれません。

また本が先生であり友だちであったので、そこから学んだことがすごく多いです。本で知ったことを「そうか、なるほど」と自分に落とし込む作業をしていたなと思っていて、そういう感覚を宙に映しています。

――第五話では「本を読む」ことや物語の捉え方について、高校3年の宙と同学年の少年が語り合うシーンがあります。町田さんにとっても、物語との向き合い方を改めて考えるきっかけになったそうですね。

宙のことはさして意識せずに、「本好きの子」として書いていました。それが第五話の執筆中、「どうして物語を読むのか」という一文を何気なく打ち込んだときに、「私はなぜ物語が好きなのか、なぜ物語を書いているのか」と自分への疑問が湧いてきて。

宙は、「多分、本の中に自分の探してる答えがあるかもしれないと思ってる」からと回答しましたけれど、私自身は物語がないと生きていけなかったからだと思っています。物語に救われたり励まされたり、物語の世界に逃げこむこともあって、だからこそ私は小説を書いているのだなと。再確認した気持ちでした。

書き手としては、私の本を読んでくれた方の誰か一人でも「これは自分のための物語だ」と思ってくれたり、小学校のときの私みたいな子が「明日、これで私も頑張れる」と思ってくれたらそれが本望です。

だからこそ輪の中に入れない孤独や自分を認めてもらえないもどかしさなど、自分が子どものころから感じていたつらい気持ちや状況、やるせない事情などは、これからも作中で描いていきたいですね。

 

「人は変化して、成長していく」その実感を作中に活かす

――個人的にもっとも印象的だったのが、「付き合う」ことに疑問を持つ中学生の宙に、佐伯が自分と花野の紆余曲折を経た関係を「山を登る」ことに例えて伝えるシーンです。ほかにも示唆に富んだフレーズがたくさんありましたが、そういった表現はどのように生み出されるのですか。

筆が進まないときは景色をぼーっと眺めながら話を組み立てるのですが、窓を開けたら山がたくさん見える田舎に住んでいるので、その時は山登りに例えたらどうだろうと思いつき、そこから文章を練っていきました。

幸せといったあいまいなものほど伝えるのが難しいですよね。見えないものをわかりやすく説明するには、どのように表現したら伝わりやすいだろうと常に考えているので、今回の「山登り」のような例えを思いついたときは「よし!」と嬉しくなります。

――特に本作は、子どもである宙が理解していく過程を一緒にたどることで、より伝わりやすくなっているのかもしれませんね。

その点は、小学生の時から描いていってよかったなと思っています。その分、第一話のあたりは宙が大人びた子になってしまいがちで、調整が難しい面もありました。宙の成長を意識することで、わからないことや受け入れられないことも理解できるようになっていくといった過程は、ていねいに書けたかなと思っています。

――宙の成長が感慨深いとともに、人と関わることで変わっていく周囲の人々のありようにも引き付けられます。まさにそれが人間関係を築いていくことの醍醐味ですよね。花野の「世界ってあたしの年でも、どんどん広がって変化していくんだよ」というセリフに勇気づけられました。

私自身、いまも子どもに教わることがあって母親としても変化していますし、書き手としてもこの2年間ぐらいですごく成長した気がしています。

賞をいただいて、いろいろな方と関わって仕事をしていく中で自信がつきましたし、意識も変わってきました。読者のみなさんが次を待ってくださっているからもっと成長してよりよいものを書きたいと、意欲が湧いてきます。

花野のセリフである、「私、40歳を過ぎたのに成長できている。すごい!」というのは私が感じたそのままを彼女に言わせています。

 

どんなにつらいことがあっても、明日の自分のためにごはんを食べる

――本作は「出会い」はもちろん、いくつかの「別れ」も重要なモチーフとなっていますね。

どんなに幸せな時を過ごしていても、別れは必ずきます。本作にも物理的であったり、自分の“理想”だったり、さまざまなものとの別れを散りばめています。

食卓を通じて書きたかったのは、どんなにつらく悲しい、立ち直れないようなことがあっても、明日のためにはごはんを食べなくてはいけないということでした。別れの後にも日常は続き、その中でまた新たな出会いがある。出会いによって人生は進んでいき、それぞれから得た力で乗り越えていく。そういった姿を宙の視点で描いているので、私としてはもどかしさを感じることもありました。

――宙の視点と、描いている町田さんの視点は違うということですね。

自分の感情や記憶から引っ張ってきた物語ではあっても、あまり登場人物たちに感情移入しないように、常に俯瞰的であろうとしています。

『宙ごはん』で描いたのはいずれも宙の選択の結果です。それらに“正解”はないと思っていますし、私ではない誰かの方向からも書きたいので、なるべく離れて見るようにしています。“近所のおばちゃん”くらいの距離感がいいのかなと。

――町田さんはこれまでも、母と娘の葛藤や血のつながりによらない関係性など、さまざまな形の“家族”を書かれています。本書にもあった「家族という括り」をとらえ直す試みにも読めます。

すでに家族の形ってかなり多様化していると思うのですが、いわゆる“理想的な家族”に全部当てはまる家なんてどこにもなくて、いびつだけれど、家族として機能していくために互いが成長し、折り合っているのではないでしょうか。宙の友だちが「ちょっと変わった親と、ちょっと変わった『家族』として暮らしやすいようにする努力をね、していきましょうよ」と言っていますが、そういう家族の成長を描きたかったという思いがありますね。

――家族の役割として「こうあらねばならない」という“呪い”にとらわれている人は多いと思います。本作ではお互いを受け入れ、向き合うことでその呪いから解放され、人も、関係も変わっていく。ご自身はどのように母であり、娘であることと向き合ってこられたのですか?

自分自身が立派な母ではないですし、今でもうまくいかないなと思うことはありますが、最近は子どもたちも「ママはかっこいいと思う」と仕事する私を応援してくれます。

子どもはもちろん、私もダメな母なりに成長している。外から見たら「家族としてちょっとおかしいのでは」と思われたとしても、自分たちが健やかな関係を築けていて健康で楽しく生きているのであれば、それが私たち家族だけのありようということでいいのではないかと考えるようになりました。

私にも娘がいて、彼女とも母とも関係は良好なのですが、「娘である」「母である」ことは難しいなと思っていたので、その関係をいろいろな角度から見ていきたいと考えていました。

私が書いているのはだいたい今自分が感じている問題や気にしていることで、そこから物語が広がっています。母と娘というテーマは『宙ごはん』で描き切ったかなと思っていて、年齢を重ねてまた別の角度から取り上げることはあるかもしれませんが、今はいろいろなテーマにチャレンジしていきたいです。

コメディや、無理かもしれないんですけれど恋愛小説も書いてみたいです。

――本作でも恋愛の切なさは重要なスパイスになっているので、ぜひ読んでみたいです。

キュンキュンするような恋愛が書きたいのですが、私が書くとなぜかドロドロするんです。そもそも私、イケメンが書けなくて、だいたい総じてクズになってしまう……(笑)。

――(笑)。『宙ごはん』は初版限定で、カバー裏に「特別掌編」が掲載されています。こちらは本編へとつながる、愛にあふれた始まりの物語ですね。

本編とどちらから読んでいただいてもOKですが、こちらを先に読み、本編のあとにもう一度読んでもらうのが私のおススメです。あわせて楽しんでいただければうれしいです。


ヘアメイク/千葉加奈(Elilume)

 

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