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10月26日(月)、第30回(2020年度)Bunkamuraドゥマゴ文学賞の授賞式が、Bunkamuraオーチャードホール(東京都渋谷区)にて開催されました。
Bunkamuraドゥマゴ文学賞は、1933年に創設されたパリの「ドゥマゴ文学賞」がもつ先進性と独創性を受け継ぎ、「既成の概念にとらわれることなく、常に新しい才能を認め、発掘に寄与したい」との思いから1990年に創設された賞。
「ひとりの選考委員」によって受賞作が選ばれることと、選考委員が毎年変わることが特徴で、第1回(1991年)の蓮實重彦さんを皮切りに、吉本隆明さん(第2回)、椎名誠さん(第8回)、画家・安野光雅さん(第10回)、詩人・荒川洋治さん(第12回・第17回)らが選考委員をつとめてきました。
今回の選考委員は、哲学者の野矢茂樹さん。受賞作は、石川宗生さんの初の長編小説『ホテル・アルカディア』です。
※選考対象… 2019年7月1日~2020年7月31日までの13か月間に出版された単行本、または同期間に雑誌などで発表された、日本語の文学作品。
2016年に「吉田同名」で第7回創元SF短編賞を受賞し、同作収録の『半分世界』で2018年に作家デビューした石川さん。「吉田同名」は、「吉田大輔という30代の男性会社員が、ある日の会社帰り、一瞬にして19329人に増殖した」というぶっ飛んだ導入と巧みな文体で本好きたちの心をつかみ、話題になりました。
そんな石川さんが新たに書き上げた『ホテル・アルカディア』は、いわば「千夜一夜物語」や「デカメロン」のような物語集。7つのテーマに沿って、21編の掌編が、一冊のなかにおさめられています。
ホテル〈アルカディア〉支配人のひとり娘・プルデンシアは、敷地のはずれにあるコテージに理由不明のまま閉じこもっていた。投宿していた7名の芸術家が同情を寄せ、元気づけ外に誘い出すべく、コテージ前で自作の物語を順番に語りだした。
突然、本から脱け出した挿絵が「別にお邪魔はしないさ」と部屋に住みつづける「本の挿絵」、何千年も前から上へと伸び続けるタワーマンションの街を調査するも、1万階を過ぎたあたりで食糧が尽きてくる「チママンダの街」など、7つのテーマに沿った21の不思議な物語。
この朗読会は80年たった今も伝説として語り続けられ、廃墟と化したホテル〈アルカディア〉には聖地巡礼のようにして、芸術家たちのファンが何人も訪れる。80年前、あの朗読会の後、7名の芸術家たちはどうしたのか、そしてひとり娘のプルデンシアはどうなったのか。(「集英社の本」公式より)
選考をつとめた野矢茂樹さんが魅了されたのは、散文詩を読んでいるかのようなポエティックな文章と、奇想天外でありながら確かな普遍性を感じさせる作品性。授賞式でも、次のようにコメントしていました。
「(今回、選考にあたり)普段だったら読まないような本もたくさん読ませていただきました。涙ぐむような“いい話”に出会って、その作家の過去の作品をたどってみたこともあったし、受賞作として選ぶ感じではないけれど、こういう小説が真ん中を支えてくれることが、文学にとって大事なんだろうなと思った作品も何冊もありました」
「昨年の7月頭から今年の7月末までが、Bunkamuraドゥマゴ文学賞の選考対象です。そのなかで、昨年7月に出た本の一つに早々と『これはいい』と思ったものがありました。そして、その方が選考期間にもう一冊本を出した。『もうこれで決まりだな』と気楽な気持ちでいたところに、『ホテル・アルカディア』という〈とんでもない作品〉が飛び込んできました」
「“何を書くか”に対して試みる作家が多かったなかで、石川さんのこの作品は“いかに新しく書くか”に対する意識が強く感じられました。それまでに読んでいたのとはまったく異質な作品で、30ページほど読んだところで『これは私の手に余る』と思いました。でも、なんだか最後まで“読まされる”ような感覚があった。異色だけれど、異色である以上に普遍的な、文学史に残っていくものがあると思いました」「今も『ホテル・アルカディア』を充分に評価できたとは思っていません。評価しきれないものが、この作品にはあると思っています。でも、選考委員が自分の手のひらにおさまるような作品を選んではいけないとも思います。このような作品に出会えて、選考委員として幸せです」
「Bunkamuraドゥマゴ文学賞は、ひとりの選考委員がいて、ひとつの作品が選ばれる。選考委員の視線が色濃く出ますから、一番良いものを選んで権威づけるのではなく、一番好きだったものを選ぶ賞だと思っています。だから、1年間に読んだもので一番好きだったのが、あなた(石川さん)の小説でした」
野矢さんのコメントに対して、石川さんは、受賞決定の報を受けたときを「町田康さんや川上弘美さんの小説が好きだったので、まさかそれに並ぶとは」「素直に『え、まじですか』と思いました」と振り返りつつ、「こういう表彰式に出席するのは、前作を除けば小学生ぶり。緊張と恥じらいと喜びが同居した、不思議な気持ちです」とはにかんだようす。
「『ホテル・アルカディア』は文学賞をとってやろうというような意気込みをもって書いた作品ではなく、単純に面白いもの、新しいものをと思って書いた作品です。Bunkamuraドゥマゴ文学賞の名に恥じぬよう、新しい試みを続けていきたいと思っています」とコメントしました。
特に文学少年だったわけではなく、やんちゃな少年時代を過ごし、10代で音楽にはまり、小説には大学生になってからどっぷり浸かったのだそう。作品を読んでいくうちに「こんな世界があるんだ」と深みにはまり、小説を書くようになったのも自然なことだったといいます。
「面白い本を読んだときに『こういうパターンがあるな』と思いつくこともあるし、日常生活のなかで何かがきっかけになって、枝葉が付いて、花が咲いて……みたいなこともあります」「ただ、子ども時代に『何か面白いことやろう』『人と違うことがしたい』みたいに友達と盛り上がっていたノリは、今でも根底にあるような気がしています」
なお現在は、第31回(2021年度)の選考期間。選考委員は、『きらきらひかる』『犬とハモニカ』『神様のボート』などで知られる作家・江國香織さんがつとめています。