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AIは人間を幸せにするのか、それとも不幸にするのか? そして感情はあるのか?これからを生きる子どもたちに読んでほしい『ロボットは泣くのか?』

 

「今、そこにあるAI」がもたらしてくれるもの

ライターにとって面倒な作業といえば、インタビューの文字起こしです。「楽をする」「お金をかけない」ことにかけては貪欲な私。先日「Whisper」というAIを使って、約40分のインタビュー文字起こしに挑戦しました。すると、なんということでしょう! コマンドを打ち込んで数秒で作業は完了。テキストの精度は約80%程度で、漢字の誤変換や句読点の欠落はあるものの、通常3時間は覚悟しなければならない作業時間を大幅に圧縮できました。「Whisper」を開発したのは、イーロン・マスクらによって設立された人工知能研究所「OpenAI」。ありがたいことに、Whisperは無料で使えます(2023年2月現在)。イーロン・マスクよ、ありがとう!

現在、文章生成AIの「ChatGPT」(これもOpenAI製)や、画像生成AIの「Midjourney」「Stable Diffusion」などが登場し、ネットを賑わしています。AI自体は、お掃除ロボットからエアコンまで、ありとあらゆるものに組み込まれているのに、なぜ今これらのAIが騒がれているのか? それは「ChatGPT」や「Midjourney」が、「なんだかんだ言っても、これは人間の領分だよね」と思っていた"創作する能力"をも、AIが獲得したからではないでしょうか。「ChatGPT」は文章を書く能力で、「Midjourney」は絵を書く能力で、ライターやイラストレーターを失業させてしまうかもしれない……。ええ加減にせえよ、イーロン・マスク!

はたして、AIは人間を幸せにするのか? それとも不幸にするのか?
アイザック・アシモフが『私はロボット』で提起し、手塚治虫が『鉄腕アトム』で問いかけ、ジェームズ・キャメロンが『ターミネーター』でエンタメにしたこのテーマを取り上げた、小学生向けの物語が『おはなしサイエンス AI(人工知能) ロボットは泣くのか?』です。

 

切実さを持ってAIと生きることになる子どもたち

主人公はコミュニケーションロボット「ピコ」と生活する小学生の新くん。彼は学校で行われるディベートで、「AIは必要か?」というテーマに肯定派として臨みます。なぜかいつも新くんを睨(にら)んでくる瑛人くんらAI否定派に勝利できるのか……? という物語。ディベートといっても「それってあなたの感想ですよね」的な論破に向かうのではなく、否定派と肯定派が交互にAIの可能性について提示しあうガチな展開。読み進めると自然にAIへの理解が進むようになっているのですが、この物語、かなり深い内容にまで踏み込んでいます。

まずディベートの論点として出てくるのが「ネット依存症」や「ゲーム障害」(小学生にとっては切実な問題!)。さらにAIが人には理解し難い判断を下す『ブラックボックス問題』や、人間とロボットの境界線をどう設定するのかという論点も提示されます。特に後者は古典とも言える哲学的な命題ですが、AI義手がもたらす可能性や、半導体の代わりに人工培養された脳細胞を使った「ディッシュブレイン」の研究など最新の例も飛び出し、縦横無尽に議論が交わされます。

さまざまな論点のなかでも面白いのが、AIが人間の仕事を奪う「テクノロジー失業」についてです。
AI否定派が「AIは人の仕事を奪う」という論点を提示すれば、AI肯定派は「たしかにAIは人の仕事を奪うけれど、その一方で新しい仕事が生まれる。それは産業革命が起こるたびに起きたことである」と主張します。これに対してのAI否定派の瑛人くんの反論がとても興味深いのです。

えー、さっき肯定側は、転換期に職を失う人が出ても仕方がないと言った。しかし、それはちがう。なぜなら、皆が同様にリスクを負うわけじゃなくて、不公平だからだ。(中略)
他人のことになると『仕方がない』なんて言えるかもしれないけど、自分の親のことだとしたら、どうする?

これは、マクロとミクロの視点の違いかもしれません。しかし、すべての人が時代の要請に沿えるわけではないのも事実です。さらに瑛人くんはこう続けます。

AIが人間の知能を超える、シンギュラリティという現象が実際に起きて、いずれ人間はAIに支配されるかもしれない。支配されないとしても、AIが人権を主張してくるかもしれない。(中略)
AIやネットは、人間の生活を豊かにするための技術で、主人公は人間であるべきなんだ。

これからAIと密接に関わっていく子どもたちは、「主人公は人間だ」と考える時代を生きるのです。ぼんやり「ロボットはともだち」ぐらいに思っている親の世代とは異なります。そのことにハッとさせられました。

15年前、ボストンダイナミクス社が倒れない4足歩行のロボット「Big Dog」を発表し、話題になりました。その性能を示すため、ロボットが人間に蹴られる動画(https://www.youtube.com/watch?v=cNZPRsrwumQ)を見て「かわいそうだ」と思ったのは私だけではないでしょう。かわいげのない無機質で無骨なロボットであっても、日本人は感情移入してしまう。それは鉄腕アトムから続くロボット文化が、日本人のDNAに刻んだ抗えない感情です。しかし、子どもたちはそんな感情だけではなく、多様な視点をもってAIに向き合う時代がきているのです。

瑛人くんの意見に対して、すでにロボットと生活を共にする新は、こう反論します。

人間そっくりのロボット、つまりアンドロイドが、泣きながら人権を主張したら、人権を与えたくなるのではないでしょうか。見た目がロボットそのものでも、同じことかもしれません。
もし、うちのピコが泣いたら、いくらそれが『感情機能』であっても、ぼくはおろおろすると思います。(中略)
でも、人権を与える、ということは、つまり人として認めるってことですよね。そうなったらもう、人間が、ロボットという「人」の脳をプログラミングするなんてこと自体が、おかしくなってきます。人の脳を支配することになるんですからね。

「AIは人間を幸せにするのか? それとも不幸にするのか?」という命題に、答えはありません。人間は火や内燃機関、インターネットを使う。それらが人間を幸せにしたのか? 誰も明快な答えを導けないのと同様に、子どもたちはAIを使いながら最適解を探し続けることになるのです。そういう意味でこの本は、そんなAIやロボットと共に生きる時代に突入する子どもたちに必要な、今一番新しい知識と多様な視点を与えてくれる1冊です。

イラストレーション(C)酒井以

 

(レビュアー:嶋津善之)


※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2023年3月3日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。