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  • 直木賞作家・窪美澄さんが新宿の巨大な本の森で出会った恐れとあこがれ

    2023年01月17日
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    ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    2022年7月、『夜に星を放つ』で第167回直木賞を受賞した窪美澄さん。12月に発売された『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』は、生きづらさを抱えながらも懸命に生きる少女を主人公に、人と人の縁がつなぐ希望や生のぬくもりを温かく描いた作品です。

    そんな窪さんが、学校帰りの冒険として通ったのは、新宿の巨大書店。本好きに共感必至の思い出と、本への愛情あふれる思いを綴っていただきました。

    窪 美澄
    くぼ・みすみ。1965年、東京都生まれ。2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が、2011年、山本周五郎賞を受賞。2012年、『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を、2019年、『トリニティ』で織田作之助賞を、2022年、『夜に星を放つ』で直木賞を受賞。近著に『朱より赤く』『夏日狂想』など。

     

    書店は祈りの場でもある

    生まれた町(東京都稲城市)には私が10代の頃、小さな書店が1軒しかなかった。気のいいおじさんが店主のお店で、この書店にはずいぶんとお世話になった。高校生のとき、町に古本屋ができて、私のお小遣いでも買える本が増えた。新潮文庫の三島由紀夫全部、といった乱読ができたのも、この古本屋さんのおかげだった。

    けれど、ある日、誰かから耳にした。新宿には紀伊國屋書店という巨大な書店があるということを。私が住む町から新宿までは距離があるが、学校の帰りに小田急線に乗れば難なく新宿には着く。学校帰りの寄り道などもちろん許されてはいない。禁を破って新宿の町に向かうのは、10代の女学生にとっては大冒険でもあった。

    初めてその店内に足を踏み入れたときの衝撃といったらなかった。巨大な知の森だ、と思った。上の階から下の階まですべて本、本、本。右を見ても左を見ても本、本、本。

    あんなに大量の本を見たのも生まれて初めてだった。その頃、興味があった寺山修司や夢野久作の文庫はもちろん、古本でも図書館の本でもなく、まだ誰も読んでいないピカピカの新品で売られている。森の中のキノコのようにまるで光っているように見えた。

    単行本の棚の間、息を殺して歩む。ランボーの詩集の隣にはマラルメやヴェルレーヌ。そうか、次にはこの本を読めばよいのか。まるでシナプスが繋がっていくように、作者名しか知らなかった本が系統だって整理されていく。学校帰りの冒険はもちろん一度では済まず、その後も幾度も続けられた。お金はなかったから大して買い物はできなかった。立ち読みも随分とした(ごめんなさい)。

    ある日、平積みの本のなかにものすごい佇まいを放った一冊を見つけた。村上龍氏の『コインロッカー・ベイビーズ』だった。表紙をめくる。手が止まらない。この本は買わないといけない。そう思った。なけなしのお小遣いをかき集めてそれを買った。予感は当たった。夢中になって読んだ。目眩のするような文章のスピード感、読みながら浮かんでくる光景は、熱帯に咲く極楽鳥を思わせる。16年間生きてきて、そんな本を読んだことがなかった。

    それまで読んだ多くの作家がこの世にすでにいなくて、教科書の中にだけ生きていた。けれど、村上氏は、自分と同じ今の日本を生きている作家だ。そのことが高校生の自分にとってうれしかった。上巻はあっという間に読んでしまい、そして下巻へ。単行本の新刊をこんなふうに買うことも自分にとっては生まれて初めてのことだった。

    村上龍氏とともに高校時代に出会ったのが村上春樹氏だった。「村上春樹の新作が〇〇という文芸誌に載っている」という噂を耳にして、やはり生まれて初めて文芸誌というものを手にとったのも紀伊國屋書店だった。とはいえ、これは買うことができず、やっぱり立ち読みをしてしまった(ごめんなさい)。

    それでも、少しずつ単行本を追った。村上春樹氏も、龍氏と同じように、自分と同じ時代を生きている作家だと知ってうれしかった。恋愛すらしたことのない当時の自分にとって、春樹氏の物語のようなことがいつか起こるのではないか。恐れとあこがれを同時に抱いた。

    ああ、それにしても私にお金があれば。当時、幾度そう思ったかわからない。「今日は気になった本を全部買うぞ」。そんな本の買い方ができるようになったのは40を過ぎて作家になってからだ。新宿の地下道を歩く。手を伸ばせば届きそうな高さのないその道。私が高校生のときと変わりがない。階段を上がって1階へ。リニューアルした紀伊國屋書店は、高校のときに見たあの店ではないけれど、驚くのはそこに自分の本が売られていることである。

    どの本屋に行っても私は、平積みの本の(自分の本だけではない)並びを直し、その表紙を撫でてしまう。どの本も作家が苦しみ、産み出した本だと思うと邪険にできない。この本を必要としている誰かに届きますように。書店は私にとって祈りの場でもある。

     

    著者の最新刊

    タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース
    著者:窪美澄
    発売日:2022年12月
    発行所:筑摩書房
    価格:1,540円(税込)
    ISBNコード:9784480805096

    都心の古ぼけた団地で5歳上の姉・七海と暮らすみかげ。父とは死別し、母は数年前に出て行ったきり。デリヘルで家計を支える姉に心苦しさを覚えながらも、ぜんそく持ちで、かつ高校でいじめに遭い、夜の学校に通っていることもあり、自分の無力さにうちひしがれて、未来に希望が持てず「死」に惹かれはじめる。そんな彼女の前に団地警備団を名乗る奇妙な老人・ぜんじろうが現れ、みかげの日常が変わっていく――。

    〈筑摩書房『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』特設ページより〉

     

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