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壇蜜さんにとっての大切な場所「ウサギ書店」との濃密な日々

タレントとして、またエッセイストとしても活躍している壇蜜さん。12月には、30代の女性の悩みに壇蜜さんならではの視点で答えた『三十路女は分が悪い』が発売されました。

読書家としても知られていますが、意外にも壇蜜さんにとっての書店は、「通う」場所ではなかったそうです。今回は、そんな書店との忘れがたい思い出について、エッセイを寄せていただきました。

壇蜜
だんみつ。1980年12月生まれ。昭和女子大学卒業後、多くの職業を経験。調理師、日本舞踊師範など多数の免許・資格を持つ。2010年に29歳の新人グラビアアイドルとして注目を集める。映画やテレビなど活躍の場を広げ、『結婚してみることにした。壇蜜ダイアリー2』(文藝春秋)、『壇蜜歳時記』(大和書房)、『どうしよう』(マガジンハウス)など著書多数。

 

ウサギ書店との濃密な日々

本屋と聞いてどんな記憶があるか……、本屋に頼っていた時をしばし振り返らないと思い出せなくなってきた。それくらい最近本屋と少し距離がある暮らしをしている。好きな漫画はほとんど電子書籍で購入し、欲しい文庫はネットショップに頼りきり。仕事で必要な本はマネージャーから手渡しだし……、気付けばもう随分本屋に行っていない。

地元の本屋も次々なくなったのもある。何を買おうかなぁ、どんな新刊があるかなぁと物色していた頃を懐かしむ。しかし、幼い頃から私と本屋との関係はそもそも店舗内がメインではなかったような気がする。ああ、思い出してきたぞ……、私には「ウサギ書店」との濃密な日々があったではないか。

ウサギ書店は、正式名称ではない。いまだ世田谷区にて営業を続ける本屋のため、あえて正式な名前は伏せることにする。別に悪いことを書くわけではないが、みだりに店名を出して迷惑をかけたくない。

私が小学生の頃は、本屋と言えば「家に来てくれる」という概念だった。ここまで書くとあたかも我が家が本屋に出張販売していただきますの……的な、まるで富豪みたいなイメージになるかもしれないが、断じてそうではない。ウサギ書店の店主は定期購読契約した本を配達に来てくれる営業スタイルだったのだ。

我が家の近所では店主のこのサービスが便利ということもあり、料理雑誌や旅雑誌などを選んでは配達に来てもらう家が多かったようだ。お代の払い方も自由だったようで、あらかじめ1年分を支払う場合もあれば、配達時にその都度払う場合もあった。

子供1人で留守番しているときには「お留守番で……」と言えば「じゃあ来週の配達でまとめて貰うから大丈夫」と言ってくれた。今思えば時代を感じる。店主は温厚で、本屋は家族経営のようだった。近所はほとんど顔見知りが当たり前の時代だったから、配達やらツケやらが実現したのだろう。

当時の私は店主の配達する「猫の手帖」という月刊誌が楽しみで仕方なかった。美しい猫のグラビアや読者の猫自慢のコーナー、漫画にエッセイにルポ記事に……盛りだくさんの内容を繰り返し読みながら次号を待った。休刊まで読んでいた気がする。その時の我が家にはまだ迎えて間もない猫もおり、念願の猫持ちになれた喜びを「猫の手帖」で更に盛り上げていた。

初代猫はロシアンブルー(実家は3代目を迎えた今でもずっとロシアンブルーしか飼っていないが)で、誌面でロシアンブルーを見かけるたびに嬉しくなった。まだ幼かったので、猫の写真を投稿するという考えはなかったが、休刊前に記念に投稿しておけば良かったなぁと今更ながら思う。

ある時、祖母にお使いを頼まれて、ウサギ書店に行く機会があった。場所もなんとなく分かってはいたが、あの時は妙にドキドキした。いつも店主がやって来たのに、私から行くなんてと緊張していた。書店のドアを開け、店主に挨拶をして、祖母に頼まれた本を受け取りお代を払う。

コンパクトながらも明るい書店内には漫画や学習ドリル、雑誌などがきっちり並べられ、ふらりと立ち読みなどトンデモナイ、な雰囲気だった。本を手に無意識に背筋をのばしていたかもしれない。すると、レジにいた私の足下で何やらモゾッと動く気配を感じた。そーっと下を見ると、店主の足のそばからウサギが出てきたのだ。これには驚いた。

「ウサギ……」とかたまる私を見て店主はフフフと笑いながら、家のペットだと教えてくれた。白いモコモコの毛をまとい、ふんふんと鼻先を動かすウサギは大人しかったが結構な大きさで、威厳すら感じられた。漫画で見るようなデフォルメウサギしか知らなかった私にはこの重量感は衝撃だったが、温かいモコモコの背中を撫でさせてもらい、ウサギの手触りに笑顔になった。

それから私にとっては、今でもここは「ウサギ書店」であり、大切な場所。店主とそのご家族には、これからもどうか健やかでいてほしい。時代は変わり、合理化、コスパと叫ばれているが、時間がゆっくり流れるウサギ書店のような場所があってもよいではないか。

(「日販通信」2021年1月号「書店との出合い」より転載)

 

著者の最新刊

三十路女は分が悪い
著者:壇蜜
発売日:2020年12月
発行所:中央公論新社
価格:1,540円(税込)
ISBNコード:9784120053573

「降りかかった火の粉は払わず浴びる」恋愛、仕事、結婚、セックス――――女性を取り巻く悩み、壇蜜が承ります。やることも、考えることも多く、年齢にも甘えられない。女を出しても出さなくても怒られる。一方、経験を重ね、賢くなって、落ち着いてきれいになっていく人も多い。人間として生き物として、恐れられて、いろいろと言われる。そうでも思わなきゃやってられない。本書は、これまで著者が3年間かけて応えてきた相談内容をまとめた一冊。最後に、書き下ろしで40歳を迎える著者自身の30代の振り返りを大量加筆しました。

〈中央公論新社『三十路女は分が悪い』より〉