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尼崎の“まちの本屋”が「自己啓発小説」の舞台に!川上徹也×小林書店店主インタビュー

12月16日(水)、『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』が発売されました。本書は兵庫県尼崎市にある実在の書店を舞台に、出版取次で働く新入社員を主人公とした小説形式の自己啓発書です。

著者は、『物を売るバカ』『キャッチコピー力の基本』などで知られる川上徹也さん。今回は、川上さんと、モデルとなった小林書店店主の小林由美子さんに、本書の成り立ちや“まちの本屋”としての仕事への向き合い方など、作品に込めた思いについてたっぷりお話を伺いました。

story
東京生まれ・東京育ちで、中学からエスカレーターで東京の私立大学を卒業した大森理香。特に夢もなりたいものもなく、なんとなく受けた大手出版取次「大販」に内定するものの、配属でいきなり縁もゆかりもない大阪勤務を命じられる。

関西弁が大嫌いで、さらにはベタベタした人間関係も大の苦手な理香だったが、研修でよかれと思ってやった行為で大きなミスをやってしまう。自分のふがいなさと理不尽さに涙があふれる理香に対し、上司が連れていったのはある小さな書店。そこでひとりの「書店のオバチャン」と出会う。この書店のオバちゃんとの出会いをきっかけに理香の仕事と人生への考え方が少しずつ変わっていった――。

川上徹也(かわかみ・てつや)
コピーライター。湘南ストーリーブランディング研究所代表。「物語」の持つ力をマーケティングに取り入れた「ストーリーブランディング」の第一人者として知られている。ビジネスにおける「営業」や「ストーリー」の使い方をテーマにした著書多数。その多くが海外にも翻訳されている。書店好きとして知られ、全国の書店を取材して執筆した『本屋さんで本当にあった心温まる物語』などの著作もある。

小林由美子(こばやし・ゆみこ)
1952年創業の兵庫県尼崎市にある12坪の書店・小林書店店主。2020年には小林書店を舞台にしたドキュメンタリー映画「まちの本屋」が制作された。

 

書店店主の熱い思いを8年かけて一冊に

――本書は川上さんが、以前から企画を温めていた一冊だそうですね。

川上 僕が8年前に、『本屋さんで本当にあった心温まる物語』という本を書くにあたり、いろいろな方からエピソードを集めていたことがありました。その取材の過程で、出版社から紹介された書店の社長に「尼崎の小林書店さんに行ったら、きっといい話がいっぱいあるはず」と教えてもらい、その後東京で初めて小林さんにお会いしました。

その時に熱い話をたくさんお聞きして、こんなすごい書店があるのだなと思ったのです。

ただ、小林さんのエピソードはあまりに熱すぎてほかとはトーンが違ってしまい、本の中には入れられませんでした。そこで、なんらかの形で本にしたいなと思い続けて、8年後のいま、こうやって実現できたという形です。

――実際に執筆に取り組まれたのはいつ頃なのですか?

川上 以前から、本書の出版元であるポプラ社の編集者や営業の方とは、執筆のご相談をしていました。その中で、3年半ほど前に昔から温めていた企画として本書のアイデアをお話ししたら、その営業さんがもともと小林さんと仲が良かったこともあり、「やりましょう!」と盛り上がりまして。

それから1か月後くらいに、小林さんにポプラ社に来ていただいて、本書の企画をプレゼンさせていただきました。ご本人は「私の本なんて」とおっしゃっていたのですが、小林さんの許可をいただいてチームになってもらわないと、僕たちがいくら盛り上がっても企画として成立しません。そこで、みんなで口説き落としてという感じでスタートしました。

小林 ポプラ社さんとは以前からご縁がありまして。ポプラ社さんでは、年に1、2回、全国の営業担当者を集めた会議をされているのですが、ご依頼をいただいて、11年前にそこで講演をさせていただいたことがあるのです。そのことがあって、ポプラ社のみなさんには私のことを知ってもらっていたので、プレゼンのときにも担当の方だけでなくたくさんの方が同席されていて。

川上 小林さんの講演が、1時間の予定が2時間40分話されたという伝説になっているもので、ポプラ社の上層部にも小林さんのファンがたくさんいらっしゃったんですよね。そんな中でのプレゼンになるとは思わなかったので、僕にはすごいプレッシャーでした(笑)。

小林 ポプラ社さんは、書店から転職して入社されている方がわりと多い会社で、本屋の苦労にみなさんがとても共感してくださったのです。講演のあとには感想の手紙をたくさんいただいて、それは11年間、店のレジの下にずっと置いています。私の戒めであり、落ち込んだときに元気をもらえる宝物になっているのですが、そのポプラ社さんで本を出すことになるとはまさにご縁だなと思っています。

 

“小説形式の自己啓発書”にしたわけ

――本書は小説形式の自己啓発書という、これまで川上さんのご著書にはないコンセプトとなっていますね。

川上 書店に関する本はたくさん出ていて、SNSのタイムラインを見ていても話題になっているとは思うのですが、業界内だけで終わってしまうことも多いと感じています。この本は、できるだけ多くの人に、特に業界以外の方にも読んでほしいという思いがありました。

そこで、小林さんの書店としての生き方をノンフィクションという形で伝えるよりも、物語の中で伝えた方がよりよく伝わったり、広がっていったりする可能性があるのではないかと思いました。

最初は小林さんの名前も変えて、完全にフィクションにしようかという話もあったのですが、それもまた違うなと。試行錯誤するうちに、物語の中に「エピソード」という形で小林さんの語りが挿入される、現在の形になりました。

――「なぜ本屋を継いだのか?」や「小林書店の強みとは?」など挿入される7つのエピソードは、本当に小林さんが語っているような文章で、人柄が伝わってきました。そして今作の特徴の一つとして、主人公が出版取次の社員であることも挙げられますね。

川上 編集者の方も、たぶん日本初の取次社員が主人公になる物語になるし、日本初ということはたぶん世界初であろうと言っていました。

出版社の営業マンをメインにという案もあったのですが、実際に新人の頃に取次の関西支社に配属されて、小林書店さんの担当になって働き方が変わったという人もいらっしゃるというお話を聞いて、あえてメジャーではない取次という会社にスポットを当てるのもおもしろいのではないかと考えました。

▼店内で異彩を放つ「傘」を売り始めた理由についても、「なぜ本屋が傘を売り始めたのか?」というエピソードで紹介

――取次を舞台にされたことで、苦労されたこともあったのではないですか?

川上 いままで誰も取り上げていないし、実際に何をやっている会社なのかよくわかっていなかったのですが、取材してみても実はわかったような、わからないようなところもあり……(笑)。そのまま書いてもあまり読み物としてはおもしろくないかなと、筆が止まってしまった時期もありました。

ただ、去年の終わりくらいに、「もし自分が取次の新人だったらやりたいと思うことを書いていけばいいのでは」と思いついて、そこから急に進むようになりました。リアリティがあるかどうかがずっと心配でしたが、いろいろな関係者の方に読んでもらったところ、違和感がないとのことなのでほっとしています。

小林 私は、主人公の大森理香を借りて、川上さんが普段から書店に対して「こんなことをしたらいいのに」と思っているようなことを語っているな、これは川上さんでないと書けないなと思いました。

――主人公が、書店にフェアの企画を提案していくシーンがいくつか書かれていますね。

川上 ほかにも読書会のエピソードを書いているのですが、あれも僕が猫町倶楽部という読者会に参加した経験がもとになっています。猫町倶楽部は、リフォーム業を営む方が名古屋で始められた読書コミュニティです。

おしゃれなカフェレストランに、休日の昼間に100人くらいが集まっていて、その時の課題図書はフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』でした。本が売れないと言っている時代に、同じ本を100人が買って集まって、感想を言い合っている。その場で参加した理由を聞いてみたところ、「本のことを話したいけれど、周りに本のことを話せる人がいない」という意見が多かったんですね。

読書はすでにニッチな趣味になっているのかもしれない。だからこそ、そうした場を作るというのは本来、書店や取次、出版社などが考えていく必要があると思うのです。それをせずに物としての本を売ろうとして、「売れない」とばかり言っているのではないかと感じたことを盛り込んでいます。

▼小林書店は10坪ほどで自宅兼の、昔ながらの“まちの本屋”

 

“小さい”からできる、本屋としてのプライド

――本書には、小林さんが“売る”ための場づくりに取り組んでこられたことも書かれていますね。

小林 何年も前の話になるのですが、小さな書店にはなかなか新刊やベストセラーは入ってこないけれど、「企画もの」といわれる全集などは、配本の決まる1か月前までに予約を取ればその数を送品してもらうことができると気付きました。私らにできる、本屋としてのプライドを保てる方法やなと思って、そこから企画ものの予約獲得に取り組み始めました。

失敗してもいいと思って企画ものをやる出版社はないので、予約数を上げていくと、自分の店をちゃんと見てくれるようになります。そんな時に、「小林さんは企画ものを熱心にやってんねんから、新年号も企画ものだと思ってやってくれへんか」とある出版社の支社長に言われたのです。

婦人誌の新年号は昔からあるけれど、そんなにたくさん買ってもらえるとは思っていませんでした。そこで、3か月くらい前から書店仲間にも声をかけて情報を共有しながら、少しずつ予約を取るようにしたのです。

成功した時には、「来年もまたやってよ」とメンバーに言われたのですが、同じメンバーで続けても意味がない。経験した1人が核になって、何人かの人に声をかけて、グループ作りをしてくれたらこの業界がもっと活性化していくのになと主人と私は思っていました。

せっかく本屋をしているのにしんどかったなあ、毎月支払いに追い回されていたなあと思うだけでやめていくのはあまりにもつまらない。1回でも表彰されて、スポットライトを浴びるようなことが仕事を通じてあれば、きっと忘れられない思い出になるんやろなといまも思っています。

――まさにそうしたエピソードがひとつひとつ詰まった一冊になっていますね。

川上 本書の「おわりに」にも書きましたけれど、ほかにもたくさんエピソードを聞いているのですが、すべては盛り込めなかったですね。執筆に入ってからも話を聞きに行くと、新しい情報が更新されていくのですが、残念ながらそれを全部入れていくと物語が破綻してしまう(笑)。

小林 毎日なんか、ありますもんね。

――日々エピソードが増えていくという感じでしょうか。

小林 そうですね。印象的なことはその日のうちに必ず誰かに話します。一遍話すと記憶として残りますし、二遍、三遍話すうちに上手になっていく。

川上 どんどん滑らない話になっていくのですね(笑)。

小林 小さい店だとお客さんとじかに話ができて、おもしろさを共有できることがいっぱいあって、おかげで私は本当に楽しい日々を過ごしています。小さい店やからみんな大変だというけれど、小さくても大きくてもそれは同じで、小さい店には自由さがあります。誰にも「そんなんしたらあかん」と言われない。自分でやって、自分で始末すればいいわけで。

この店のすぐそばに、できて40数年経つ喫茶店があります。小さい喫茶店で、ぎちぎちに入っても10人くらい。70代半ばのマスターが毎日サイフォンで珈琲を淹れていて、美味しいので人が絶えなかったのですが、数年前にチェーン店ができて、そちらにお客さんを取られてしまいました。

私は「もう閉めちゃうのかな」と思いながら週刊誌を配達していたのですが、ある日マスターが、「小林さん、僕、店を朝5時に開けようと思う」と言うんです。ここはJRの駅に近いので、始発で通勤する人のためにモーニングを出そうと思うと。初めのうちはお客さんが入らなかったのですが、いまでは日によっては満席で断っていることもあります。

トーストとゆで卵だけでなく、ホットドッグや具がこぼれそうなサンドイッチとコーヒーのセットが500円で、美味しい。それが人気で、幼稚園に子どもを送ったお母さんが帰りに寄ったり、12時前にお昼ご飯代わりに食べに来たりする人もいます。その代わり、お昼を過ぎたら人が来なくなるので、13時には閉めるようにしたのです。

それでも5時~13時までと、8時間営業しているんですね。それは小さいからこそできることで、チェーン店ではできないかもしれないけれど、一人だったらそういう方法も考えられます。小さいからこそ、お金もかけず、誰にも迷惑をかけずに好きなようにやってみる。そのお店を見るたびに、私もがんばらなあかんと励まされて元気が出ます。

川上 「まだまだできることはいっぱいある」というのはすごいことですよね。

小林 そんなことを話しだせば、なんぼでもありますよ。「そんなのたいしたことないわ」と思って通りすぎていることの中にも、きっとたくさんあるんですよね。

――本書でも主人公が、「ひとつずつでもええから、ええところを探して好きになってみ」という店主のアドバイスで、会社やまわりの人たちの「ええところ」を探し始めますね。

川上 僕なんかもそうでしたけれど、新入社員のときにはどうしても嫌なことばかりが目について、なかなか「ええところ探し」はできませんでした。会社員になったこと自体があまり本意ではなかったのですが、もう少し一生懸命にやったらよかったなという思いはあって、それを彼女に託しているかもしれないですね。

――本書には、そういった川上さんのメッセージもたくさん込められていそうですね。

川上 私としては、こうした小林さんのお話に少しでも共感してもらって、新入社員の方はもちろん、親御さんや会社の上司など、周りの方からのプレゼントのような形ででも読んでもらえたらうれしいですね。ここに書かれている「仕事で大切なこと」は書店だけに限らないと思うので、広がっていってくれたらいいなあと思っています。

小林 私にとっては、自分で誰かに薦めるにはあまりに恐れ多い題名で、周りも「すごいなあ」といいながら引いているのがわかるのですが(笑)、こうして書いてもらった以上は売れてくれないと、一生懸命作ってくださった川上さんや出版社、取次のみなさんに申し訳ない。

いままでの71年はもうどうしようもないのですが、これからの人生を書いてもらったに相応しいものにしないといけないなと改めて身の引き締まる思いです。そして、いままでいろいろな人に助けてもらってここまで来ましたので、こうして書いてもらって、少しでも恩返しになっていたらいいなと思っています。

 

小林書店が舞台のドキュメンタリー映画「まちの本屋」が順次上映中!

小林由美子さんが出演し、大小田直貴さんが監督を務めた映画「まちの本屋」が全国を巡回中です。

あらすじ
兵庫県尼崎市。立花駅前から続く商店街にあるのは売り場十坪の小さな本屋、小林書店。小さな本屋を取り巻く環境は厳しく、この20年間で書店は半数近くまで減った。そんな中、店主の小林由美子さん、昌弘さん夫婦は様々なイベントを開催したり、地元客を大事にする商売で店を続けてきた。しかし、突然、昌弘さんを襲った脳梗塞。店を続けるべきか悩む由美子さんは改めて書店という商売と向き合う。その時、見えてきたものとは…

【公開予定】
・2021年5月15日~6月11日 シアターセブン(大阪府大阪市 十三)
・2021年6月19日~6月25日 あつぎのえいがかん KiKi(神奈川県厚木市)
・2021年7月2日~7月3日 ガーデンズシネマ(鹿児島市呉服町)
・2021年7月17日~7月23日 名古屋シネマテーク(名古屋市千種区)

詳しくはドキュメンタリー映画 まちの本屋 公式サイトをご確認ください。

※2021年6月3日、映画情報を追記しました。