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漫画家志望から本屋大賞作家へ 凪良ゆうに聞く、創作のルーツといま思うこと

昨夏に刊行されるやたちまち話題になり、「書店員が今いちばん売りたい本」を選ぶ本屋大賞で、みごと大賞に輝いた『流浪の月』。

“BLジャンル出身の作家”と紹介されることも多いなか、ほんのひきだしでは、凪良さんの創作のルーツはどこにあるのか、ジャンルの幅を広げていま思うことなどをメールインタビューで伺いました。

凪良ゆう(なぎら・ゆう)
「小説花丸」2006年冬の号に中編「恋するエゴイスト」が掲載され、2007年、長編『花嫁はマリッジブルー』で本格的デビュー。以降、各社でBL作品を精力的に刊行し、デビュー10周年を迎えた17年には初の非BL作品『神さまのビオトープ』を発表、作風を広げた。巧みな人物造形や展開の妙、心の動きを描く丁寧な筆致が印象的な実力派。主な著作に『未完成』『真夜中クロニクル』『365+1』『美しい彼』『わたしの美しい庭』などがある。

 

姉の影響で漫画好きに

―― このたびは、本屋大賞受賞おめでとうございます。凪良さんは2007年に小説家としてデビューされたわけですが、最初は漫画家志望だったそうですね。

わたしは三姉妹の末っ子で、上の姉ふたりが漫画が大好きだったんです。長女は少女漫画好きで、次女は少年漫画とアルセーヌ・ルパンとかの怪盗もの(?)の小説を好んでました。その影響で、わたしも漫画が大好きになったんです。

怪盗小説の方向に行かなかったのは、カバーイラストが怖かったから。わたしが怖がるのを次女がおもしろがって、夜の間にわたしの枕元にその小説を置くイタズラをするんですよ。『悪魔の赤い輪』とか『悪魔のダイヤ』とか。あのシリーズは全般的にイラストが怖かった……。思い出したのでネットで改めて表紙を確認しにいったら、うん、やっぱりあれは子どもは怖がると思いました(笑)。

そういう感じで漫画が好きになり、絵を描くのも好きだったので、自然と漫画家を目指すようになりました。「マーガレット」に投稿もしていたんですがAクラス入賞止まりで、プロになる夢を諦め、そのまま10年以上が経過しました。

ある日ふと、最後にハマっていた作品の記事をネットで見かけて、それで創作熱がぶり返したんですが、そのころにはもう漫画を描く技術が錆びついていて、それでもなにか作りたいという熱が冷めず、だったら小説を書こうと思い立った、という経緯です。

―― BLジャンルで10年以上にわたって活躍されてきました。「小説を書こう」と思い立ったとき、それがBLだったのはなぜでしょう?

姉ふたりの影響で、当時の有名どころの雑誌はほとんど読んでいたんですけど、唯一、自分がお小遣いで買っていた雑誌が「花とゆめ」だったんです。

少女漫画枠というには尖りすぎてて、サブカル雑誌というには大衆的で、男女の恋愛もの、男性同士の恋愛もの、冒険もの、SFもの、スパイもの、あらゆるジャンルの漫画が掲載されている闇鍋みたいな雑誌で、わたしは当時小学生だったんですが、男性同士の恋愛が特別なものではない、という刷り込みがそこで行なわれたんだと思います。でも当時はBLという名称はなく、「JUNE(ジュネ)」とか「やおい」と呼ばれてました。

漫画家を目指して「マーガレット」に投稿するのと並行して、少年漫画の二次創作にもハマっていきました。二次創作というのは、その作品に出てくるキャラクターを題材にして漫画や小説を描くことなんですが、プロの漫画家になる夢を挫折したあと、もう一度創作の世界に戻ったきっかけが、最後にハマっていた二次創作の作品だったんです。

で、繰り返しになりますが、もう漫画は描けなくなっていたので小説を書き、それが創作に戻るきっかけになった作品の、男性同士の二次創作恋愛小説だったんです。けれどあまりにのめり込んで書いているので、家族に「そんなに書くのが楽しいならプロを目指せば?」と言われ、そのままBL雑誌に投稿したという流れです。

だからBLジャンルをわざわざ選んだというより、小説で男女ものを書いたことがなかった、という単純な理由です。

 

書きたいものの芯は変わらない

―― 書店では売り場がわかれていることも多いですけれど、書き手として、ジャンルによって題材や書き口を意識して変えることはありますか?

変えていません。それはわたし個人ではなく、ジャンルに違いがあるんだと思います。

たとえばBLだと、「ボーイズ」というくらいなので必ず男性が主人公になりますし、「ラブ」というくらいなのでテーマは恋愛と決まっています。なのでそこはプロとして遵守します。それは題材や書き口を変えるというより、郷に入っては郷に従うという感じで、日本では日本語で話す、アメリカなら英語で話す、というくらいのことで、書きたいものの芯はどのジャンルでも変わらないと思ってます。

――『流浪の月』は、どのようにして生まれた物語なのでしょうか。着想や、「こういう物語にしよう」という構想はありましたか?

『流浪の月』に限らず、着想については自分でもよくわかりません。ある日ふと、どこかからか得体の知れないお客さんがやってくる感じです。たいていは一度の訪問で終わるんですが、たまに何度もしつこいお客さんがいて、ノックされるたびにドアを開けて、迎え入れて、お客さんといろいろ話をして、気が合えば、じゃあ次はあなたと一緒に暮らすと決まる感じです。

なので自分自身でも次になにを書くのかわからないし、書きたいと思ったらもうそれしか書けない。ちっとも融通がきかなくて、そのせいで損をしたり遠回りをしたことのほうが多い気がする。もうしかたないと諦めてます。

構想は、一緒に暮らそうと決めた相手に、どれだけ自由に伸び伸びとしてもらえるか、それだけ考えるようなもの。こうしたい、と言われたら、そうできるように考える。快適な暮らしのテクニックに似ているのかも。本能と計算の合わせ技です。

質問と答えが噛み合ってないんですが、猿が木登りしているようなもので、作品の論理的な説明ってできないんです。すみません……。

 

便利に割り切れないのが人間

―― やさしさって何だろう、他者を“わかる”ってどういうことだろうと自分に問い、更紗と文の幸せを祈りながら読みました。凪良さんの考えをお聞かせください。

基本的に、人と人はわかり合えないと思ってます。そう思っていたほうが誰かを理解したいと思ったとき努力できるし、忍耐や寛容が必要だって自然と納得できる。がんばった結果わかり合えなかったとしても、まあそうだよねと通りすぎることができるし、少しでもわかり合えたらラッキーだと喜べる。とはいえ、そう便利に割り切れないのが人間で、理想と現実のズレが物語になるんだとも思っています。

更紗と文の結末は“幸せ”になったというよりも、“覚悟”が決まったんだと思っています。誰にわかってもらえなくてもいいし、誰になにを言われてもいいし、だからわたしたちも自由にするね、という覚悟を決めたのだと。

作者としては、物語の結末を幸・不幸のどちらかに引っ張るような書き方はしないように気をつけました。なにに幸せや不幸を感じるかの基準はそれぞれ違うし、だから現実でもSNSでも争いが絶えない。文と更紗の結末が幸せなのか、不幸なのか、読んでくれた人が決めてほしいし、それがその人の価値観なんだろうなあと思っています。

―― 最後に、凪良さんご自身のいまについて伺います。小説や漫画で、どんな作品がお好きですか? いわゆる物語以外の本で、好きなジャンルはありますか。

小説も漫画も、人間そのものや、人間同士の感情が描かれているものが好きです。そこが濃密に描かれていればジャンルは問いません。

物語以外のジャンルなら、好きな作家さんのエッセイが好きです。あの物語を書いた人がどんな人なのか、という興味なんだと思います。

―― 本屋大賞のビデオメッセージで、子どもの頃はたびたび書店を訪れ、お小遣いがたまると本を買うのが楽しみだったとおっしゃっていましたね。

子どものころ日参していた本屋さんでの記憶は、やはり強く残っています。大人が立ち読みしていると掃除をするフリして邪魔しにくるんですけど、子どもの立ち読みはオールスルーしてくれた。何時間読んでても、なにも言われなかった。

当時はわからなかったけど、きっと店主なりの考えがはっきりあったんだと思う。店主の信念が静かに腰を下ろしているのが本屋さんという場所で、わたしはそこで大事に育ててもらえたと思います。

―― 現在はいかがでしょう?

作家になった今は、余計なことを考えるようになりましたね。自分の本が置いてなかったらがっかりするし、置いてあったら嬉しいし、でも積まれ具合や減り具合が気になるし、邪念が入るようになりました(笑)。

読み手としては、それぞれの本屋さんが独自に展開して推している棚を見るのが楽しいですね。わたしの『流浪の月』も、元々そういう場所で応援してもらった本です。

全国の一店一店、ひとりひとりの書店員さんが集まったときのすごい力を体感させてもらった身として、目利きがお薦めする新たな作家さんとの出会いはとても刺激的で楽しいです。

―― これからますますお忙しくなると思います。今後、どんな作品に挑戦してみたいですか?

デビューしてから10年以上、男性同士の恋愛を書いてきました。なので今度は、男女の恋愛を真正面から書いてみたいです。なんか順番が逆ですけど(笑)。

流浪の月
著者:凪良ゆう
発売日:2022年02月
発行所:東京創元社
価格:814円(税込)
ISBNコード:9784488803018

内容紹介
あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。