全国の書店員さんが、もっともお勧めの本を紹介する連載「わが店のイチオシ本」。
第48回は、福岡県福岡市にある積文館書店新天町本店の文芸担当・片岡史織さんのご登場です。
片岡さんの“イチオシ本”は、福井県立図書館が公式サイトで公開している「覚え違いタイトル集」を書籍化した話題の一冊。本を扱うプロならではの共感とともに、読みどころをご紹介いただきました。
100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集
著者:福井県立図書館
発売日:2021年10月
発行所:講談社
価格:1,320円(税込)
ISBN:9784065258927
愉快な勘違いに笑いながら、元の本にも興味を持ってもえらえたら
「……ん?」
告白します。初めてタイトルを目にしたとき、どこが間違っているのかわかりませんでした。首をかしげて考えこむこと数秒、ようやく正解に思い至って脱力しました。たしかに、死んだから生きてる。
図書館の利用者が探している本や情報にたどり着けるようサポートをするレファレンスサービス。その相談内容と対応を記録したファイルには、福井県立図書館の司書さんたちがカウンターで出会った「覚え違い」の事例にあふれていました。ウェブで公開されているそのリストから厳選された『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』に何度も吹き出しながら、書店員にも身に覚えのあるお問い合わせの内容に深い共感と同情を禁じ得ません。
個人的に大好きな覚え違いが「フォカッチャの『バカロマン』」(ボッカッチョの『デカメロン』)、よくぞ特定なさったとただただ頭が下がるナンバーワンが「ウサギのできそこないが二匹出てくる絵本」(『ぐりとぐら』)です。特に後者はどういうふうに答えを導き出したのか大変気になります。ウサギのできそこない……。
図書館員にとって一番大事なことは「コミュニケーションを取ること」だと司書さんはいいます。どんなに素っ頓狂な質問にも真摯に向き合い、根気強く対話を重ねて利用者の希望に応えるその姿勢に、ともするとすぐに委縮して丸くなってしまう書店員は背筋が伸びる思いがしました。
題名があやふやでも、ストーリーのニュアンスしか覚えていなくても、その根底にあるのは「その本が読みたい」という気持ちです。司書さんはまたいいます。たくさんの本が出版されているからこそ、覚え違いが生まれるのだと。
覚え違いはすなわち本の、出版文化の豊かさにつながっているのだと思います。その海が果てしなく広く、豊穣であるがゆえにこそ起こる愉快な勘違いにこの本でふれ、お客様に笑いながら元の本にも興味を持っていただければと願っています。
通り沿いの入り口を入ってすぐ、文芸書平台の一等地に現在大きく展開しています。足を止めて眺めていらっしゃるのは20代、30代の方が多いようです。覚え違いから正しいタイトルを当てるクイズのような楽しみ方もできるので、クリスマス時期などには気軽なプレゼントとしてもおすすめしていました。
『100万回死んだねこ』が本の本、図書館の本として定番になってほしい。そのあかつきに、こんな問い合わせを受けることを書店員はこっそり夢見ています。
「『101回死んだねこ』ありますか?」
◆作り手からのメッセージ◆
像の斜め上を行く利用者さんの覚え違いと、探偵のような司書さんの検索力が織りなすドラマは、図書館をまるで劇場のような空間に塗り替えてしまいます。「あるある」と共感してくれた書店員さんにも支えられ、100万回死んだねこは100万1回目の人生をたくましく生きています。
(講談社 学芸部 栗原一樹さんより)
積文館書店 新天町本店(Tel. 092‐781‐2991) 〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神2-8-215
※営業時間 9:00~21:00
(「日販通信」2022年3月号「わが店のイチオシ本」より転載)