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「私は生涯、本屋でありたい」 無書店地帯に「本屋植える」高久書店・高木久直氏の挑戦

夢追い掛けて独立開業 無書店地帯に「本屋植える」
高久書店・高木久直氏の挑戦

2012年に静岡書店大賞を創設し、3年前からは「走る本屋さん 高久書店」として静岡県内の本屋のない地域で自前で仕入れた本を子どもたちに手渡してきた高木久直氏が、2019年11月30日に戸田書店 掛川西郷店(静岡県掛川市)を辞めた。

中学校教師から転職して22年、戸田書店のフランチャイズ企業・リブレに入社し企業書店員を務めてきた高木氏。今は2020年2月7日のオープンに向けて自らの本屋「高久書店」の開店作業に勤しむ。

3人の妻子を養いながらも、「私には夢がある」とその一歩を踏み出した高木氏に話を聞いた。



街の書店には可能性ある

【写真】2月7日オープン予定の高久書店

―― 独立開業というのは以前から考えられていたのですか。

高木氏 実は3年前に「走る本屋さん」を始める時に、街の本屋をやりたいので独立したいと社長(現会長)に言いました。40代半ばくらいまでに、自分で書店を始めたいと思っていたからです。しかし、その時はまだ待ってほしいと社長に言われて踏みとどまっていましたが、私も2019年で49歳になりました。もうこれ以上は待てなくなり、会社を辞することを伝えました。最終的には現会長から慰留され、書店運営のアドバイザーの取締役としては残ります。ただ、9月末には戸田書店本部から受任していたエリア長は辞任し、11月末で同 掛川西郷店を辞めています。

私が書店を開業しようと出版業界の人に話をすると、「高木さんが静岡県で最初で最後の独立系書店となりますね」と言われた一言がすごいショックでした。出版業界自体が本屋は駄目、オワコン、斜陽産業と諦め切っています。口で本屋は駄目というのは簡単ですが、私には本当に無理だとは思えません。百聞は一見にしかずではありませんが、街の書店には可能性があるということを身をもって示したかったのです。

―― 高久書店が入る物件ですが、掛川駅北口から徒歩4分、連雀通り商店街・中町商店街のそば、進学校の静岡県立掛川西高校の近くに決めたのですね。

高木氏 掛川市に15年以上暮らしていて、掛川駅の北口・南口の両サイドを見て回っていたのですが、5年以上前からこの物件しかないと目を付けていました。清水銀行掛川支店の向かいにあり、5年前にはパン屋が開業しました。掛川西高生の通学路になっていましたので相当、パンが売れたようです。それで他にも店舗を出店したそうですが、それが全て失敗し1年半前に全店舗を閉店されたそうです。その後はずっと、空き家となっていたのですが、大家さんと7月に直接交渉し、昨年10月下旬には賃貸借契約を結びました。

【写真】改装前の物件の外観

高木氏 店舗は敷地面積36.4㎡、延べ床面積は51.3㎡です。1階のメインの売り場(約30㎡)と、その奧に約6.5㎡のスペース、さらに屋根裏部屋のような中2階の部屋(約6.5㎡)があります。

1階のスペースはイートインコーナー兼読書コーナー、中2階はギャラリーや読書会、塾などのスペースとして活用したい。

【写真上】パン屋から書店へリニューアル /【中】改装中の1階奥の読書スペース /【下】中2階のスペースは読み聞かせなどに利用する予定

―― どのような書店にしたいですか。

高木氏 私の書店の原風景でもある地元・静岡県賀茂郡松崎町の「まりや書店」のような、普段使いの街の本屋にしたいです。品ぞろえも小中高校の学参・児童書から、文芸書や実用書、文庫、雑誌、コミックなど総合書店のように幅広くそろえる予定で進めています。棚は全部で約25本、5,000~6,000冊を収容できます。高校や学習塾が近いのでメインは高校学参のほか、児童書で、いずれも棚3スパンで展開します。また、街の書店らしく、キャンパスノートなどの基本文具も置きますし、イートインスペースでは駄菓子や飲み物も提供する予定です。

2018年8月には「走る本屋さん 高久書店」として、トーハンさんの口座を開設することができました。トーハン静岡支店長に「必ず本屋を開きます。さらに本屋のない地域に本屋を植えるプロジェクトも進めていきたいのです」と将来について語り、お願いしました。店舗がない状況で、個人が番線を取得できたのは、おそらく異例のケースだと思います。この話を真摯に聞いてくださった支店長のおかげだと今も感謝しています。

―― 取次からの配本を受けるのですか。

高木氏 雑誌は銘柄を選んで配本してもらいますが、書籍に関しては配本は受けず、こちらから注文して仕入れるスタイルを取ります。注文は直取引の出版社以外はトーハンを通じて行います。販売実績に応じたランク配本となるコミックや文庫は、必要な銘柄・冊数を事前にトーハン静岡支店に申し込み、支店扱いのフリー分から調達してもらえるようにお願いしました。

―― 戸田書店の新規開店との違いはありますか。

高木氏 全ての契約や手続きを私一人で行うところですね。戸田書店の頃は図面から商品構成、発注などまで、取次会社にほとんどの仕事を任せきりにしていました。その意味では、高久書店にとっても取次会社の力は大きい。本の仕入れに関することはもちろん、図書カードの契約も取次会社経由で読み取り機設置などの申し込みをする必要があります。英検の特約店も取次会社を介せば、すぐに申し込めます。細かいですが、什器を扱う専門業者も紹介してもらいました。キャッシュレス決済の占める比率が高まっていますので、取次会社を通じてクレジット払いや電子マネーにも対応できます。こうした出版流通のシステムの中で取次会社が果たす役割は非常に大きいと改めて思いました。

【写真】トーハン担当者と打ち合わせ

 

本屋復活プロジェクトへ

―― 書店開店に当たってはどのくらいの費用を見込んでいますか。

高木氏 内装費や商品代などのイニシャルコストは安く仕上げる努力をして500万~600万円と見込んでいます。ランニングコストや当初の売り上げ推定を下回った時のことも想定すると、この規模の書店でも、その倍くらいの資金を用意しないと不安だと思います。売り上げについては、開店しないと分かりませんが、今のところ日商は3万円、月商は90万~100万円を目標に設定しています。

―― 書店の平均的な客単価を約1,300円とすると購入客は1日平均24人というペースですね。

高木氏 店舗の売り上げだけではありません。書店に来たくても来れない高齢者などの方々のために、約半径1km以内の地域を対象に雑誌の定期購読の配達もやります。店が午前10時オープンなので、午前8~9時に郵便受けにポスティングするという形で行います。

書店の本の配達は、残念ながらさまざまな理由で衰退してしまいました。その原因の一つである集金については、図書カードを利用します。定期購読者にはあらかじめ、5,000円や1万円分の図書カードを購入してもらいます。配達するたびに代金を図書カードで支払ってもらい、その明細も雑誌と一緒に届けます。カードの残高がなくなれば、また購入してもらいます。そうすれば、集金の手間や未回収となるリスクも解消されると思います。

―― 高木さんはスリップレスの流れに異を唱えていましたが、POSレジは導入されるのですか。

高木氏 直近の売れ筋などを情報収集するためにTONETSの契約はしましたが、POSレジは入れません。独自にスリップを製作して売れ行き動向を把握し、売り上げの管理もします。アナログ管理にこだわります(笑)。

―― 2月の開店ですが、時間をかけているのはなぜですか。

高木氏 取次会社の人からも設営を手伝うと言っていただきましたが、お断りしました。ゆっくりと店をつくり上げていきたいからです。というのも、一番重要なのは近所の人の口コミ。毎日、店の明かりをつけていると、入り口が全面ガラスですので、のぞいていく人が多い。その人たちに、あそこに本屋ができると口コミしてもらうのが狙いです。番線もありますので、すでに発注していた児童書などを今は本棚に並べています。それを見て、ほぼ毎日、親子連れや通行人が入ってきてくれます。まだオープンしていませんが、すでに絵本などが売れています(笑)。

【写真】取材中に突然、親子連れが来店

―― 愚問かもしれませんが、勝算は。

高木氏 勝算があるから店を開くのです。万が一、うまくいかなかったとしても、トライして駄目ならば、諦めもつきます。走る本屋さんを3年やってきて、仕入れた本は一冊も返品したことはありません。戸田書店の時も業界が右肩下がりの中、売り上げは前年並みか微増で運営してきました。ただ、高久書店を軌道に乗せるのはあくまでも、夢への第一歩にすぎません。

―― 本当の夢はまた別にあるのですか。

高木氏 高久書店の開業は、東京などの大都市圏ではよくある、ひとり本屋が開業した、という話にすぎません。街の本屋として生きていけることを証明した上で、もっとやりたいことがあります。本屋のない地域に書店を復活させることです。残念ながら掛川市も、掛川駅前のBooksびさい堂や村松書店などが閉店し、今では戸田書店、宮脇書店、ゲオ、三原屋書店の4店舗になってしまいました。私の故郷である松崎町でも、2020年春には慣れ親しんだ「まりや書店」が70年の歴史に幕を下ろします。街の中から本屋がどんどん姿を消しているのです。

このままではいけないと思い、走る本屋さんで書店のない地域に本を運んでいました。しかし、本屋のない地域はそれではなくなりません。そんな思いに駆られ、2019年夏から、自治体や企業などに「本屋を復活させましょう」と提案して回っています。

今や商店街もシャッター通り。空き家がたくさんあるのですから、それを自治体が借り上げて安く本屋として貸すようなやり方もあると思います。書店の2大コストである家賃と人件費を何とか自治体の力を借りて負担を軽減することができれば、書店の運営は可能です。実際に北海道・留萌の留萌ブックセンターは、多くのボランティアスタッフに助けられています。ただ、自治体の予算の中には、図書館の資料費というものがあります。それが削減されている中、民間とコラボレーションして本屋をつくるのはどうなのか、と考える人もいるようです。

―― 自治体は予算ありきですから、議会の承認も含めると数年先の話になりそうですね。

高木氏 その意味で言えば、企業とのコラボレーションの方が早く進む可能性はありますね。経営トップの判断一つで話は進みます。こちらは本屋というよりも、本のある場所づくり、つまり本棚のプロデュースという形になるかもしれません。私はすでに、掛川駅で売り上げの一部を頂きながら本棚をプロデュースしております。その経験を生かしたい。

―― なぜそこまで本屋にこだわるのでしょうか。

高木氏 子どもの頃から本屋の空間が好きで、本に携わる仕事をしてきました。いわば、本に救われた人生といっても過言ではありません。ですので、私は死ぬまで本屋でありたい。60歳を過ぎても書店員であり続けるために、まずは高久書店を成功させたい。さらに、本屋を植える仕事にチャレンジして書店のない地域に本屋をつくるモデルケースも確立したい。月並みですが、人生は一度しかありません。その夢に向かってチャレンジし続けたいのです。

(「新聞之新聞」2020年1月10日号より転載 ※一部編集)