書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。
今回は、5月15日(木)に、初のエッセイ集『なんとなく、モノガタル』が発売された諏訪部順一さんです。
渋みのある低音ボイスで、声優やナレーターとして活躍している諏訪部さん。「テニスの王子様」の跡部景吾役や「呪術廻戦」の両面宿儺役をはじめ、クールで知的な人物やミステリアスな役柄など、多彩なキャラクターを繊細に演じ分ける演技力に定評があります。本好きの方には、書評番組「あの本、読みました?」(BSテレビ東京)のナレーションでもおなじみでしょう。
その活躍の裏には、幼少のころから“本の虫”だったという諏訪部さんならではの、「本」の存在があるといいます。今回は、そんな諏訪部さんの、書店との温かな“おもいで”について綴っていただきました。
諏訪部順一
すわべ・じゅんいち。1972年東京都生まれ。90年代半ばから、ナレーター、ラジオDJ、声優として活動。おもなアニメ出演作「テニスの王子様」(跡部景吾役)、「呪術廻戦」(両面宿儺役)、「僕のヒーローアカデミア」(相澤消太役)、「ブルーロック」(馬郎照英役)ほか多数。声優アワードでは助演男優賞ほか5度の受賞歴。現在、BSテレビ東京の書評番組「あの本、読みました?」のナレーションも担当している。
おもいで書店凱旋記
私は、声優やナレーターなどという肩書きで、90年代半ばから活動を行っている人間でございます。台本や原稿など、多くの文字と向き合いながら、それらを声(音)で表現するのが日々の務めです。
大学卒業後、僅かな期間に数社を渡り歩いた流浪のサラリーマン生活を経て「声の世界」に足を踏み入れたのですが、正直ここまで長続きするとは思っていませんでした。技術やセンスはもちろん求められますが、むしろ「運」の方が必要不可欠。努力研鑽続けつつ、ひたすら「ブレイク」の時を期待して待つのみ…… と思いきや、続々ナレーション案件が決まり、2年目以降は安定した生活が営めるようになりました。よくある「若いころ食えなくて」エピソードに欠く人間なもので、そういったネタを求められがちな個人掘り下げインタビューが本当に苦手です。第三者のフィルタを介さない、このような自分語りの方が断然楽チン♪
浮き沈みの激しい世界にあって、レギュラー案件も単発案件もこれまで途絶えることなくやってこられた理由……。私の場合それは、幼少期から触れてきた「本」たちによって培われた知識や想像力が、表現の底上げをしてくれているからだと思っています。
小さい頃から本を読むのが好きでした。親曰く、幼稚園の頃には既に文章主体の本を好み、黙々と楽しんでいたそうです。
小学生になり、図書館を自由に利用できるようになると、まず江戸川乱歩にハマりました。書棚で存在感を放っていた、ポプラ社の『少年探偵団シリーズ』を制覇すると、『人間椅子』や『鏡地獄』、『陰獣』などにも手を出してしまったのです。
混沌、退廃、淫靡…… そんなキーワードに魅せられた私は、映画きっかけで読んだ『犬神家の一族』から横溝正史にも転び、谷崎潤一郎や澁澤龍彦、夢野久作あたりへと辿り着くのにも、そう時間はかかりませんでした。
そんな人間なもので、もちろん書店も大好き。私にとってそこはエンタメパラダイス! 宝箱のような場所です。
高校生の頃まで住んでいた団地の一階は商店街になっていて、そこに個人経営の書店がありました。見るからに本好きそうな、ちょっと堅物の御店主と、物腰柔らかな奥様。お二人で営まれているその店に、立ち寄らない日はありませんでした。
御店主には、とあるルールがありました。ある一定の時間までは許容してくださるのですが、それを過ぎると
「ハイ、買わないなら帰って〜!」
立ち読みガチ勢は店から追い出されてしまうのです。ですから、奥様が店番をされている日はラッキーデー。ここぞとばかりに楽しませていただきました。
あ、一応申し上げておくと、きちんと購入もしております。今でもリコメンド漫画を挙げる時の筆頭、楳図かずお『漂流教室』(少年サンデーコミックス版 全11巻)もこちらで。10歳くらいの時、お年玉で人生初の大人買いをした良き思い出です。
引越しをしてその地を離れ、15年くらい経った頃でしょうか? クルマで近くを通る機会があったので、お店に寄ってみました。残念ながら御店主はいらっしゃらなかったのですが、レジカウンターのところに奥様が。
「あら! ひさしぶりね〜。そういえば!!」
私の名前や写真を『週刊少年ジャンプ』で見かけ、驚いたことがあったそうです。まさか覚えていてくださったとは。「毎日のようにココに来ていたあのこどもは、いまこんな感じで頑張っています!」と報告出来て、本当に嬉しかったです。
「これが “故郷に錦を飾る” というやつか?」
心の中でニンマリしたのはココだけの話です(近々収録がはじまるアニメの原作マンガを大量購入して帰ったことも、一応付け加えておきます)。
「書店にまつわる思い出話を」と言われ、真っ先に浮かんだのはあの店。しかし、再会エピソードから既に20年は経過しています。そういえば今は?
調べたところ、既に閉店廃業していました。故郷を失ったような寂しい気持ちに。しかし、あの書店で出会った本たちは心の中に深く根付いています。これからもきっと、私を支えていってくれることでしょう。
届かないかもしれませんが、御店主と奥様へ
「ありがとうございました」
著者の最新刊
『なんとなく、モノガタル』
著者:諏訪部順一
発売日:2025年5月
発行所:福音館書店
定価:1,210円(税込)
ISBN:9784834088540
月刊誌「母の友」で連載された人気エッセイが、書き下ろしも加えて書籍となりました。声優として数多くの人気アニメの主要キャラクターを演じ、ナレーターやラジオDJなどとしても活躍する諏訪部順一さん。子ども時代の思い出から最近の出来事、仕事についてなど、諏訪部さんが感じたことや考えたことについて書かれた初のエッセイ集です。語りかけてくるかのような文章を、諏訪部さん撮影の写真とともにお楽しみください。
(福音館書店公式サイト『なんとなく、モノガタル』より)