書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。
今回は、4月22日(火)に、自身の「アウト老=はみ出し老人」な生き方や思考がつまったエッセイ集『アウト老のすすめ』が発売されたみうらじゅんさんです。
「マイブーム」という言葉を生み出したことでも知られるみうらさん。漫画家やイラストレーター、エッセイスト、ミュージシャン、評論家など幅広い分野で活躍されていますが、その独自の視点は、“グッとくる”興味の芽を逃さないことから生まれてくるようです。
みうらさんが、その一環として小学生の頃から続けている「本屋さんの冒険」について綴っていただきました。
みうらじゅん
1958年京都市生まれ。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。以来、イラストレーター、エッセイスト、ミュージシャンなどとして幅広く活躍。1997年、造語「マイブーム」が新語・流行語大賞受賞語に。「ゆるキャラ」の命名者でもある。2005年、日本映画批評家大賞功労賞受賞。2018年、仏教伝道文化賞沼田奨励賞受賞。著書に『アイデン&ティティ』、『マイ仏教』、『見仏記』シリーズ(いとうせいこうとの共著)、 『「ない仕事」の作り方』(2021年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」に選出)など。音楽、映像作品も多数ある。
本屋さんの冒険
僕が“本屋さんの冒険”を始めたのは、小学4年生の頃――。
それまでは家の近所にある本屋さんで済ませていたが、満足いかなくなったから。大好きな漫画本や、怪獣が載った雑誌などは置いてあったが、その頃、突然巻き起ったマイブーム“仏像”に関する専門書は、近所の小さな本屋さんにはなかった。
今思うと、僕の仏像ブームは怪獣がベースにあったのだ。だから初めは如来像や菩薩像といった、いわゆる仏像にさほど興味はなかった。グッときたのは異形のもの。変化した観音像や、荒ぶる明王像など。それが怪獣ワールドに近いと感じていた。
そんな僕の仏像マスターは、母方のおじいちゃんだった。拓本を趣味としていたおじいちゃんは、古美術にもやたら詳しかった。おじいちゃん家の本棚にはびっちりと専門書が並んでいて、僕が訪ねていくと嬉しそうに見せてくれたし、「純ちゃんにこの本あげるわ」と言って何冊か貰った。しかし、僕が求める異形のものがたくさん載った本は、そこにはなかった。それに読書が苦手だったもので、できることなら写真集で欲しい。本屋さんの冒険はそんな理由で始めたのだった。
ひとりで遠出することは小4の僕にはかなり勇気がいったが、休みの日、たくさん本屋さんがある繁華街へ向かうべくバスに乗った。親とは当然、来たことはある。それで、大体、本屋さんの在り所は分かっていたのだが。
それでもドキドキして、最初は一軒だけ見て、すぐに帰った。
それを何度かくり返している内に、仏像の写真集をたくさん並べている本屋を探し当てた。おじいちゃん家で見たものもあった。しかし、それらは親から貰っているお小遣いでは到底買えない値段。仕方なく、読みものがメインだけど図版が多く載っている安価な仏像本を買って帰ることにした。
何度目かの冒険で、僕は遂にグッとくるタイトルの本を見つけた。そのタイトルとは、『邪鬼の性』。仏像趣味がない者には、それが何の本であるのかさっぱり見当が付かないだろう。邪鬼とは、四天王像が踏み付けている鬼の像。それだけに特化したマニア本なのだ。一瞬、“性”の部分に、何だかいやらしいものを想像したが、よく見るとルビが振ってあった。“さが”と読むらしい。
本棚から取り出しページを開くと、いろんなお寺に安置してある四天王像(だから、それは踏み付けている足のみ)、その下に怪獣と見間違うような形相の邪鬼がメインで載っていた。飛鳥時代の邪鬼像の表情はまだ硬いが、時代が進むにつれ、どんどんファニーさも増してくる。特に平安後期から鎌倉時代の邪鬼の躍動感は自由そのものである。四天王像はすっかり主役を奪われてしまっている。この本ではね。
値段は高価と安価の中間。手元の金では払えなかったので、僕はレジに行き、「コレ、来週の日曜日、必ず買いに来ますんでどうか残しておいて下さい」と申し出た。
結局、辛抱堪らず親にお小遣いの前借り。翌日、学校が終ってから買いに行った。
そのシリーズ(?)の続編か、『不動の怒』という不動明王像だけに特化した本も、後に見つけゲットすることになる――。
僕はアウト老となった今でも、年に数回、大型書店の隅々を見て回る“勝手にパトロール活動”をしている。興味ある本だけじゃなく、棚にズラリと並んだ本、そのタイトルに少しでもグッときたら迷うことなく買うプレイである。そのほとんどは、すぐに読むことはない。ワイナリーのようにしばらく寝かしている状態。
本は僕にとって、大好きになるかもしれない可能性を秘めた入り口なんだ。
著者の最新刊
『アウト老のすすめ』
著者:みうらじゅん
発売日:2025年4月
発行所:文藝春秋
定価:1,540円(税込)
ISBN:9784163919751
アウト老(ロー)とは、はみ出し老人のことなり。
大人げないまま新型高齢者となったみうらじゅんの珍妙な日常や妄想、愛のメモリーがてんこ盛り!おさるのジョージがどんな騒動を起こしても怒らない“黄色い帽子のおじさん”を見習おうとする「ありがたき無怒菩薩」、二十歳になったレッサーパンダの風太くんに約20年ぶりに会いにいく「真夏の再訪」、トム・クルーズと彼の母との会話を妄想する「オカンとトムと、時々、バイク」、浪人生だった1978年にボブ・ディランの来日コンサートのチケットをプレゼントしてくれた彼女との思い出「君が僕にくれたもの」、突然届いた“叶美香と申します”というメールにドギマギする「ファビュラスなメール」、毎晩いっしょに寝ている鹿の抱き枕の気持ちになって綴った「夜な夜な抱かれています」ほか、笑えてたまにキュンとくる95本のエッセイを収録。
(文藝春秋BOOKS『アウト老のすすめ』より)