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【人間六度さんの書店との出合い】大病を患った人間六度さんが見つけた人生の“光”

人間六度さん

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、2021年にハヤカワSFコンテスト大賞受賞作『スター・シェイカー』でデビューし、本格SF長篇第2弾となる『烙印の名はヒト』が3月19日(水)に発売された人間六度さんです。

SF小説のみならず、第28回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞した『きみは雪を見ることができない』といった恋愛小説や漫画原作など、幅広いジャンルで活躍している人間六度さん。その一風変わったペンネームは闘病中の経験から名付けられたそうですが、今回はその経験も含めて、人間六度さんが「書店に行くようになるまで」について綴っていただきました。

人間六度
にんげん・ろくど。1995年愛知県名古屋市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2021年『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト《大賞》、『きみは雪をみることができない』で第28回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を受賞。『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『過去を喰らう(I am here)beyond you.』『トンデモワンダーズ(上・下)』など著書多数。

 

僕が書店に行くようになるまでの話をしたい

僕が書店に行くようになるまでの話をしたい。

本好きの父の英才教育の失敗により、僕は見事に本嫌いな子供として育った。しかし、どういうわけか小説を書くことだけは好きだった。中一で初めて書いた小説はフラッシュ動画のパクリみたいな話だった。書いてばかりでろくに本を読まなかったため、まだ書店には行っていない。その上勉強もせず、運動もせず――そんな怠惰な人生のツケを払わされたのは、19歳の浪人中。急性リンパ性白血病だった。

名古屋第一赤十字病院に入院し、移植治療に備えて抗がん剤を打つ。吐き気と腹痛と微熱に悩まされながら過ごす日々。隔離病棟なので外出も不可。当然ここでも、書店には行っていない。しかし、やはりここでも僕は書くということだけは続けていた。真夜中、誰もいない広間に居座り、看護師に咎められながらパソコンを開く。遠音に響く心電図と、たまに聞こえてくる誰かの呻き声。点滴台に繋がったテルモの輸液ポンプの電源残量を気にしながら、そのまま明け方を迎えたこともあった。

ある日両親が文芸社の説明会に行き、自費出版の話を僕のところへ持ってきてくれた。その時僕の手元には“超イカす文系SFバトルノベル”と“なんかエモそうな宇宙人とのラブコメ”の2作のストックがあったけれど、後者を出版する流れになった。控え目に言ってもそれは希望と呼べるもので、どんなカウンセラーとの会話よりもずっと僕の生きる助けになっていた。全ての作業を病室内で行ったから、出版社には行っていない。

その小説は『BAMBOO GIRL』というタイトルになった。様々な友達が手を貸してくれて、立派なロゴと表紙がつく。それが出版され、書店に並ぶ。父が仕事帰りに店頭に行って、写真を撮ってきてくれた。めちゃくちゃピンぼけしていた。でも、嬉しかった。僕はこの時もやはり書店に行っていないけれど、ずっと閉ざされていた人生に“光”がさした気がした。その光が今後どれほど僕を救うことになるか、その時の僕はまだ知らなかった。

急性リンパ性白血病は結構ヤバい病気だけど、実は、移植後の方がキツかった。特に1年半の絶食期間は本当に堪えた。合理的に考えて、死んだ方が得るものが大きいと思ったこともある。そういう僕に、周りの人間は生きろと言った。うるせえと思った。結果的に僕は生き残り、大学に通えるまでになった。ただ、東京の地理に慣れていないのでまだ書店には行っていない。そして大学には希死念慮を抱えた人間がたくさんいて、今度は僕が彼ら彼女らに生きろという番になった。うるせえと言われた。

自分の苦しみと誰かの苦しみを、けっして比べてはならない。この苦痛の核抑止みたいな原則に気づくのに、三年ぐらいかかってしまった。この原則を頭にインストールする前と後では、人にかける言葉の重みが変わってくる。僕は安易に人に生きろと言うことができなくなった。

僕は思うよ、誰かに“生きろ”というのは暴力だ。

生きてほしいと思っているのはいつもそこら辺にいる他人で、そいつらはそいつらのために誰かに生きてと言う。無責任で、暴力的なことだ。社会はそれを構成する人口を減らさないように動くから、仕方ない仕組みなんだと、よく自分に言い聞かせている。全ての出生は悲劇で、僕らは望まない命を背負わされている。命に命じられて、この重たい体を引き摺り歩いている。そういう立場以外に立つことを、苦しかった時の自分が許してくれない。

それでもどうか僕に“讃歌”を歌わせてくださいと――日々、祈っている。

今回早川書房から出させていただく『烙印の名はヒト』には、そういうメッセージを込めたつもりだ。もちろんそれが主題の全てではないけれど、本作に登場するラブとマーシー、そしてアイザックとリュカの葛藤は、紛れもなく僕の葛藤でもある。できることなら能天気に生存バイアスになりたかった。誰かに生きろと言えるだけの無神経さが欲しかった。それがなかなかできないから、生きる言い訳をSF風にして書いている。

作家になってようやく書店に行くようになった。分厚い本にカバーをかける書店員さんの手つきが好きです。テキパキとしてどこか優しげなあの手つきが、とても好きです。因果関係が変になってすみません。でもそういう人もいます。あの日父が撮ってきてくれたピンぼけ写真はもう残っていないけれど、“光”は今もここにあります。

 

著者の最新刊

烙印の名はヒト

『烙印の名はヒト』
著者:人間六度
発売日:2025年3月
発行所:早川書房
定価:2,750円(税込)
ISBN:9784152104137

介護施設で働くロボットのラブは、入居者の老博士に頼まれ彼女を絞殺してしまう。だがラブは人を殺せない設計のはずだった。無実を証明し己が誇りを取り戻すため逃亡したラブの前に、ロボット排斥運動者が迫る……バトルとロボット哲学が極みに達する本格SF。

(早川書房公式サイト『烙印の名はヒト』より)

 

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