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【朝比奈あすかさんの書店との出合い】本好きを見守った「あっちゃんの場所」のあたたかさ

朝比奈あすかさん

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、「いじめ」問題に正面から切り込んだ意欲作『普通の子』が、12月18日(水)に発売された朝比奈あすかさんです。

児童養護施設を舞台にした『ななみの海』や、小学6年生という“教室がすべて”の子どもたちを描く『君たちは今が世界(すべて)』など、中学受験の入試問題にも多くの作品が採用されている朝比奈さん。現代社会で子どもやその親が抱える生きづらさや苦悩を丁寧な筆致で描いた作品で、多くの共感を集めています。

そんな朝比奈さんが、子どもの頃に持っていたという「あっちゃんの場所」とは? 書店への思いとともに綴っていただきました。

朝比奈あすか
あさひな・あすか。1976年東京都生まれ。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。2006年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。著書に『人間タワー』『自画像』『憧れの女の子』『君たちは今が世界(すべて)』『翼の翼』『ななみの海』『ミドルノート』など多数。

 

あっちゃんの場所

子どもの頃、私は商店街の書店の中に、「あっちゃんの場所」を持っていた。

当時の私は幼く、文字の多い本はまだ理解できない年齢だったが、絵本であれなんであれ紙をめくっていれば大人しくしている子どもだったというから、商店街の中の書店は母にとって、子どもと一緒に訪れてほっとできる場所だったのだろう。母子は書店の中の児童書コーナーを「あっちゃんの場所」と名づけ、幼稚園の帰り道、少し遠回りして訪れることが多かった。

たまに母は「『あっちゃんの場所』で待っててね」と、店から出ていったりもした。子どもが立ち読みしている間に、夕食の買い物をちゃっちゃと済ませて来たなどと聞けば、どんな迷惑客かと呆れてしまう。当時の私、5歳とかでしょ、よくひとりで置いていけたね。大人になった私が言うと、いい本屋さんだったのよ、と母は懐かしげに言う。

幼い私は、その書店に一歩足を踏み入れれば、知ってますよとばかりに颯爽と「あっちゃんの場所」に向かったというから、本当に大好きだったのだろう。母いわく、「あっちゃんは本屋さんにすごく気に入られていたんだよ」ということで、たしかに子どもは大人の機嫌を察知しやすいから、私が「あっちゃんの場所」に颯爽と入って行けた理由は、書店員さんたちのあたたかさ故だと感謝する。母は常に私の2歳下の妹も連れていただろうから大変そうに見えて、買い物の間、上の子を見ていてあげるよ、と手をさしのべたくなったのかもしれないが、おそらくはそれ以上に書店員さんが、本が好きな子どもを本当に好もしく思ってくれたんじゃないかな、とも思う。

今、Facebookで繋がっている書店員さんが何人かいるが、たまに見かける投稿から、本が好きな若者や子どもへのあたたかいまなざしがうかがえて、胸がキュッとする。私も、客として入った書店で子どもが一生懸命に本をめくっている様子を見ると、その子の目にうつる文字は、頭の中でどんな世界を作り出し、広げているのだろうと、なんともあたたかく、いじらしいような気持ちになる。

そう考えると、本屋さんって、誰でも入れて、安全で、あたたかくて、そして子どもの頭の中の世界をぐぐっと広げている場所なんだな。それがどんなに尊くて大切なことかすぐには分かりにくいけど、長い目で見ると人々の、社会の、いやもっと言ってしまえば世界の財産かもしれない。その場所を守るためには、少しずつでも皆が書店で本を買うことは本当に大切なことで、私がほっとするのは、母が「あの頃そんなにお金はなかったのに、うちは、本だけはよく買った」と言っていることだ。

それは多分本当で、彼女がよく語りたがるノスタルジックなエピソードトークの一つに、玩具屋のクリスマスツリーに子どもたちが見とれているのを見て、このキラキラを家の中にも灯せたらと思ったが値段を見てやめた、というのがある。その話はいつも、「あの時、クリスマスツリーを買うかわりに、あなたたちに本を買った(→だからあなたたちの今があるのだ)」と、いくらか誇らしげにとじられる。たしかに、私たち家族はこぢんまりしたアパート暮らしで、洋服は手作り、持ち物も自転車も近所のおさがりと、贅沢はしていなかったが、家に本だけはたくさんあった。「あっちゃんの場所」から仕入れた本も、たくさんあったことだろう。

小学生になる前に私たち家族は別の町に転居した。やがて大人になって結婚した私は、外国に住んだりもして、さて帰国して夫とどこに住もうか色々悩んだ結果、「あっちゃんの場所」のあった故郷の町を選んだ。

商店街は今も賑やかだが、お気に入りだったあの書店はいつのまにかなくなってしまった。

武蔵境の北口駅前商店街にあった書店さん。幼い私を、あたたかく見守ってくださり、ありがとうございました。40年以上経って、今私は本を書く仕事をしています。「あっちゃんの場所」で、本が大好きになりました。

 

著者の最新刊

普通の子
著者:朝比奈あすか
発売日:2024年12月
発行所:KADOKAWA
価格:1,870円(税込)
ISBNコード:9784041138373

佐久間美保は小学生の息子・晴翔と夫の三人暮らし。ある日、晴翔が小学校のベランダから転落して骨折してしまう事件が発生する。
転落した理由を尋ねるも、晴翔はかたくなに口を閉ざしたまま。
もしかして、わが子はいじめを受けていたのではないか……? そう思った美保は独自に真相を探ろうとするが、自身も小学生時代にあるいじめを「目撃」しており……?
衝撃のラストに震撼する、「いじめ」問題に切り込む意欲作!

(KADOKAWA公式サイト『普通の子』より)