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【小川哲さんの書店との出合い】書店訪問が苦手だった作家の"得難い経験"

小川哲氏近影_撮影:竹之内祐幸_クレジット

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、カリスマアカウントを崇拝する“覚醒者”たちの白昼のオフ会にはじまる緊迫のサイコサスペンス、『スメラミシング』が10月に発売された小川哲さんです。

2023年の『君のクイズ』、2024年の『君が手にするはずだった黄金について』と2年連続で本屋大賞にノミネートされた小川さん。書店員からも熱い注目を集める書き手ですが、実は“書店訪問”が苦手だったそうです。今回は、そんな作家の“得難い経験”となった書店での出来事について綴っていただきました。

小川哲
おがわ・さとし。1986年生まれ。作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」でデビュー。『ゲームの王国』で山本周五郎賞を、『地図と拳』で山田風太郎賞、直木三十五賞を受賞。

 

「書店訪問」という作家の仕事

小説家の仕事の99パーセントは机で完結する。机で構想を練り、机で文献にあたり、机で執筆をする。机で原稿を直し、机でメールに返信し、机で確定申告をする。

「書店訪問」は机で完結しない数少ない仕事のうちの一つだ。

執筆した原稿が書籍になると、小説家は書店を訪問する(ことがある)。書店員の方とお話をしながらサイン本を残したり、色紙に絵を描いたり、書店での販促業務の手伝いをするのだ。自分の本を大量に仕入れてくれている書店に向かいがちなので、大型書店には作家直筆のポップやサイン本が集まっていることが多い。

小説家自身のリクエストや営業担当者の希望によっては、地方まで出張し、その地域の書店を回ることもある。実際に僕は仙台、福岡、名古屋に出張して書店訪問をしたことがある。なるべく多くの書店を回るため、始発で出発し、終電で帰ってくることもあった。なかなかタフな仕事だ。

実を言うと、デビューしてしばらく、僕は書店訪問が苦手だった。

僕が実力不足だったせいなのだが、対応してくれる書店員さんが僕のことを知らなかったり、あるいは僕の本を読んでくれていなかったりすることが多かった。とはいえ、自分が知られてなかったり、自分の本が読まれていなかったりすること自体は仕方ない。書店員さんも忙しいだろうし、訪問してくる小説家の本をいちいち読む時間があるとは思えない。

僕が苦手だったのは、僕が訪問するせいで、書店員さんに余計な気を遣わせてしまっていたからだ。書店員さんの立場からすれば、あまり知らない小説家がやってきて、サイン本や色紙を書く間に雑談しなければならないだろう。失礼なことは口にできないし、かといって嘘をつくわけにもいかない。天気の話とか、最近訪問した別の小説家の話とか、今売れている本の話とか、とにかく無難な話をする。

今では、書店訪問に対する苦手意識はそれほどない。キャリアを積むことで多少なりとも読者の数が増えてきて、以前よりも僕のことを知っている書店員さんの数も増えた。もちろん、今でも書店員さんに余計な気を遣わせてしまうこともあるのだが、以前より数は減った。

一度だけ「この書店を訪問したい」と自分で指名したことがある。TSUTAYA いまじん白揚ウイングタウン岡崎店という書店だ。この書店は、まだ僕がいろんな書店を訪問し、書店員さんに気を遣わせていた時代から、僕の本を強くオススメしてくれていた。僕もそのことをよく知っていたのだが、愛知県岡崎市は東京からそれなりに離れていたこともあって、書店訪問することができずにいた。『君のクイズ』という小説が多くの読者に恵まれたことで、僕はついにTSUTAYA いまじん白揚ウイングタウン岡崎店を訪問するときが来たと思った。こうして名古屋地域の書店をまとめて訪問し、帰りに岡崎へ寄るプランができあがった。

効率よく書店を訪問しようとすると、どうしても駅前の大型書店が中心になってしまう。移動時間が少なく、多くの在庫があり、売り場も大きいからだ。TSUTAYA いまじん白揚ウイングタウン岡崎店はウイングタウン岡崎というショッピングモールの中にある書店で、住宅街の真ん中に位置し、駅からも遠いので、訪問先の書店として選ばれることが多い店ではないと思う。実際に、僕(と同行する編集者)は岡崎駅からタクシーで書店へ向かった。

書店で感動的な時間を過ごしたあと、僕たちは途方に暮れてしまった。岡崎駅へ向かう手段がなくなってしまったのだ。タクシー会社に電話しても、もう走っている車両がないと言われ、次にバスがやってくるまで待つと帰りの新幹線に乗り遅れてしまう。かといって、徒歩で向かう時間もない。困った――そんなとき、書店員さんが「駅まで送っていきましょうか?」と言ってくれた。僕たちはその言葉に甘え、書店員さんの車で岡崎駅へ向かった。迷惑をかけてしまったが、得難い経験をすることができた。

多くの小説家がやってくる駅前の大型書店だけでなく、地域を支える街の書店を訪問するのもいい――そんなことを考える。

 

著者の最新刊

スメラミシング
著者:小川哲
発売日:2024年10月
発行所:河出書房新社
価格:1,870円(税込)
ISBNコード:9784309032184

「理由がほしい。物語がほしい。
正義のヒーローが現れて、黒幕の悪事を暴き、世界を変える、そんなお話であってほしい。
自分はその物語の登場人物でありたい」――

SNS上のカリスマアカウント〈スメラミシング〉を崇拝する“覚醒者”たちの白昼のオフ会。かれらを観察する陰謀論ソムリエ・〈タキムラ〉の願いとは? 壊れゆく世界の未来を問う、現代の黙示録。宗教×超弩級エンタメ6篇を収録した絶品作品集!

(河出書房新社公式サイト『スメラミシング』より)

 

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