書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。
今回は、舞台女優の死の真相とその「生」をリアルに描く長編小説『舞台には誰もいない』が9月12日(木)に発売された岩井圭也さんです。
第171回直木賞候補の『われは熊楠』や鑑定ミステリ『科捜研の砦』に続き、本作が今年3冊目の単行本となる岩井さん。続々と話題作を送り出している岩井さんにとっても、書店は今も昔も「最高のワンダーランド」なのだそうです。
今回は、岩井さんが実感している「ライフライン」ともいえる本と書店の力について綴っていただきました。
岩井圭也
いわい・けいや。 1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。『最後の鑑定人』『楽園の犬』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補、『完全なる白銀』で山本周五郎賞候補、『われは熊楠』で直木賞候補。『文身』(祥伝社文庫)でKaBoS コレクション2024金賞を受賞。他の作品に『水よ踊れ』『付き添うひと』などがある。
本というライフライン
書店さんに挨拶させてもらうと、ありがたいことに、色紙を書かせてもらう機会がある。書店名と名前だけでは味気ないため、なにか一言、となったとき、わたしはよくこう書き添えている。
「書店は最高のワンダーランド!」
この一言はお世辞や誇張ではなく、本心だ。少年時代から現在にいたるまで、わたしにとって書店は代えがたいワンダーランド、「不思議の国」である。
一歩踏み入れれば、そこにはありとあらゆる「知」のアトラクションが待ち受けている。読者を没入へと誘うミステリー小説の隣には、切ない涙がこぼれる恋愛小説がある。驚愕の事実を報じたノンフィクションと、腹を抱えて大笑いできるコミックスが同じ空間に並べられている。想像もしなかった世界を見せてくれる評論と、世の流行を引っ張るファッション雑誌がすぐ近くの棚に置かれている。こんなにもバラエティ豊かで、胸躍らせてくれる施設をわたしはほかに知らない。
こんなにも書店がかがやきを放っているのは、「読書」という行為そのものが魅力的だからだ。読書はいつもわたしの人生を救ってくれたし、これからもそばにあり続けると信じている。だからこそ小説家という仕事を選んだ、と言っても過言ではない。書店が、読書が、わたしの人生をここまで導いてくれたのだ。
それだけに、新型コロナウイルスの流行に翻弄された時期はつらかった。小説に限らず、エンタメ全般が「不要不急」の言葉にくくられ、「なくても構わないもの」や「我慢するべきもの」であるかのようにあつかわれてきた。
たしかに、本を読まなくても、映画を観なくても、ゲームをしなくても、衣食住が整っていればヒトは生存できるだろう。しかし、「生きること」と「ただ生存すること」の間には、とてつもなく深い断絶が横たわっている。そしてわたしは、疫病禍において不要不急とされてきたものこそが、「ただ生存すること」を「生きること」へ変えてくれるのだと思う。
稲泉連『復興の書店』(小学館文庫)という本がある。2011年3月の東日本大震災が起こった後で、被災地の書店がどのように復興していったかを緻密に描いたノンフィクションだ。
本書で、書店・金港堂に勤める阿部利子さんは次のように述べている。
「お店を再開したときは、やっと再開できたという気持ちがある一方で、書店なんかにお客さんは誰も来ないんじゃないか、とも思っていました。(中略)でも、それが逆だったんです。普通は食料や水だと思うじゃないですか。お客さんがお店に集まってくる様子を見て、自分の仕事ってこういうものだったんだ、と発見した思いでした」
ガスや水道が人の身体を維持するためのライフラインだとするなら、本は人の精神を維持するためのライフラインである。書店で売られているのは不要不急の品ではなく、生活必需品なのだとあえて断言したい。災害の多い日本において、書店がもつ力はもっと注目されるべきだ。
今年の1月1日には、マグニチュード7.6の地震が能登半島を襲った。いまだに復興の目処が立っていない地域も少なくないという。
これは地震発生から数週間後、石川県内のある書店員さんから聞いた話だ。
その方が勤める書店はショッピングモールに入っており、発災直後にはモールのお客様が店内に避難していたのだという。いつ余震に襲われるかもわからない状況下で、書店員さん自身も不安を抱えながら待機していた。
そんな中、ふと店頭を見ると、座りこんで平積みしていた本を読んでいるお客様がいた。よく見ると、お客様が読んでいるのは私の著書『文身』(祥伝社文庫)だった。視線に気付いたお客様は、購入前に読んでいるのを注意されると思ったのか、申し訳なさそうな顔をした。だが書店員さんは「どうぞそのままで」とお伝えしたという。
命の危険を感じるほどの大地震に遭遇した直後であっても、いつまた天災に襲われるかわからない状況でも、紙の本がそばにあれば、手を伸ばさずにはいられない。それはもはや「習性」というより、人間の「本能」と言ったほうが適切だろう。
そして、わたしの書いた小説が誰かのライフラインになるのなら、書き手としてこんなに誇らしいことはない。
著者の最新刊
- 舞台には誰もいない
- 著者:岩井圭也
- 発売日:2024年09月
- 発行所:祥伝社
- 価格:1,980円(税込)
- ISBNコード:9784396636678
他人を演じている間だけは、ここにいていいんだと思える。
ゲネプロの最中に一人の女優が命を落とした。彼女の名は遠野茉莉子。開幕を直前に控えた舞台で主役を演じる予定だった。舞台演劇界で高い評判を得て、名声をほしいままにしていた茉莉子。彼女をその地位に押し上げたのは、劇作家の名倉敏史だった。
茉莉子の死からほどなくして、舞台の関係者が一堂に会するなか、名倉は重い口を開く。「遠野茉莉子を殺したのは、ぼくです」。やがて関係者たちも次々に、彼女について語りだす。茉莉子の「死」の真相を探るほどに、次第に彼女の「生」が露わになっていき――。
(祥伝社公式サイト『舞台には誰もいない』より)