鳥取県米子市の鳥取大学医学部附属病院(通称:とりだい病院)の1階にオープンしたセレクト書店、カニジルブックストア。同店は、「病気だから病院に行く」という人だけではなく、それ以外の人々にも開かれるような「地域の文化の拠点」を目指して作られました。
店内には、本に関わるプロや、さまざまなジャンルの第一人者が選書した本がずらりと並んでいます。病院内の書店ならではのテーマとした本のほか、通院・入院する子どもたちのために児童書も販売しています。
従来の病院では、売店で本を販売することはあっても、本格的なセレクト書店を運営するケースは稀です。
今回は、鳥取大学医学部附属病院の原田省病院長に、病院内に書店があることの意義を伺いました。
原田省(はらだ・たすく)
1958年生まれ、兵庫県出身。鳥取大学医学部卒業、同学部産科婦人科学教室入局。英国リーズ大学、大阪大学医学部第三内科留学。2008年鳥取大学医学部産科産科婦人科教授、2012年副病院長。2017年鳥取大学副学長および医学部附属病院長に就任。
人が集まる病院だからこそ、地域の文化の拠点に
――病院内に書店をオープンするという構想は、いつごろからあったのでしょうか。
元々、私自身が本屋を好きだということもありまして、副院長時代の7~8年前から考えていました。
当院の一日の滞留人口は5,000人以上です。鳥取県においては、ほかの施設と比較しても、かなり多くの人が集まる場所です。院内のコンビニにも雑誌は置いていましたが、アイテム数が限られているので、本屋があってもいいのではないかと思っていました。
――そして、今年9月にカニジルブックストアがオープンしました。運営する「株式会社カニジル」についてお聞かせください。
病院広報誌「カニジル」の発行や、YouTubeでの動画配信、イベントプロモーションなどを行なう、「とりだい」発のマルチメディア会社です。広報誌「カニジル」の編集長は、ノンフィクションライターで、元雑誌編集者の田崎健太さんです。田崎さんの手腕によって、病院広報誌という枠組みでありながら、雑誌のように「読み物」として完成度の高いものになり、現在では毎号1万部を発行しています。
「カニジル」の由来は、医療の世界を「いかに知ってもらうか」→「いかに知る」→「カニジル」というものです。また、地元の名物である「かにのだし汁」とも掛かっています。
広報誌「カニジル」には、医療にまつわる話題を、一般の人にも伝わるような内容で掲載。Webでも閲覧可能です。
カニジルブックストアの店長は、「第33回小説すばる新人賞」を受賞した鳥取県在住の小説家の、鈴村ふみさんです。
――書店をオープンするにあたり、「カニジル」の編集長・田崎健太さんの存在が大きかったと伺っています。
田崎さんでなければ、このかたちでオープンすることはできませんでした。実際に、地元の書店に話をした時にも、収益面の観点から「出店は無理だ」と言われていました。
カニジルはマルチメディアに関する取り組みを複合的に行なっています。そのひとつの事業として「本屋」があるので、たとえ「本屋」の収益がマイナスでも、そこから波及する地域の繋がりや、新しく派生する仕事に繋げるなど、トータルで考えてくれました。
売場の広さを考えると、普通の書店の運営が難しいことは指摘されていましたが、田崎さんが「普通の本屋でなければいけるかもしれません」と言ってくれたことで、話が進みました。
――どういった点が「普通の本屋」と違うのでしょうか。
カニジルブックストアは、通常の書店のように新刊を中心に並べるのではなく、田崎さんを中心とした「選書委員」が選んだ本を並べることで差別化をしています。
ノンフィクション作家でもある田崎さんは「ノンフィクションを書くために資料となる本を読み込んでいると、この本は使えるけれど、この本は使えないということがある。編集者の目を通して出版社から発売された本でもそういうことがある。それぐらい『選書』というものは難しい」と言っていました。
そこで田崎さんが、信頼できるノンフィクション作家や編集者、ほかにもさまざまな分野の方100名ほどにお声掛けをして、「選書委員」としてそれぞれ約30冊を選書していただきました。
歌人の俵万智さん、小説家の樋口毅宏さんや、お笑い芸人の水道橋博士さん、吉本興業の大崎洋会長、大手出版社の社長など、その道の第一人者たちも選書委員に名を連ねています。
それらの方々には、ノンフィクション、医療、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)というキーワードで、「病院内の本屋にあったら」と思う本を選んでいただきました。
選書された本は、撮影やSNS投稿を禁止させていただいています。それは田崎さんの「本屋に足を運ぶ楽しみをみんなで守りましょう」という気持ちから生まれたルールです。
ですので、私自身も、それぞれの方がどんな本を選んだのか、行くたびにワクワクしながら楽しんでいます。
まだオープンして3か月足らずですが、「本屋ができてよかった」「この場所が好きになった」という声が寄せられています。さまざまなメディアでも取り上げていただいて、「実際に行ってみたい」という声も多いようです。
――ノンフィクション、医療、QOL以外にも、児童書も取り扱っていますね。
小児科の患者さんも多いので、本人やご家族に楽しんでもらえるように児童書を揃えています。
といっても、一般の書店に置いてある児童書だけではなく、児童書の専門家がセレクトした、いわゆる「渋い」ラインアップも揃えています。
ちょうど私と田崎さんが売場にいた時に、長く通院している本好きのお子さんが図鑑を見て、「あ、この本があった!」と買ってくれたのですが、田崎さんいわく、「あの図鑑は普通の書店にはあまり置いていない“渋い”図鑑ですよ」とのこと。
「見る人が見ればわかる」といいますか、こだわりのある選書をしてくれているので、そこに気付いてくれるお客さんを見ると嬉しい気持ちになります。
――現在は新型コロナウイルスの影響で、通院する患者さん以外の来院は制限されていると思いますが、将来的には、どういった場所にしていきたいと考えていますか。
「病気だから病院に行く」のではなく、それ以外の人々にも開かれるような「地域の文化の拠点」にしていきたいですね。
いま病院の外に、コンサートや映画上映ができる会場を設営中で、その上の階には、患者さんのご家族やゲストが宿泊できるスペースを作っています。ゆくゆくは、本屋の事業もその会場とコラボレーションしながら、イベントを開催していきたいと思っています。
国立大学に関わる身だからこそ、社会的責任を果たしたい
――大学病院である「とりだい病院」に、文化を発信する場である「書店」を作った意義をお聞かせください。
各地方の県庁所在地にある国立大学は、国民の資産で、社会的共通資本です。中でも、医学部には病院があり、その地域にとって存在感のあるものです。
当院を企業に例えると、従業員が1,900人いる一大産業であり、地方においては大きな雇用の場でもあります。
一般企業でも「社会的責任」を問われる中、税金が投入されている我々に課された「社会的責任」はとても大きいものだと考えています。
我々は「とりだい病院」を、「病院であって、病院ではない」と考えています。いままで我々は「医療」に縛られていました。高度な医療研究をすればいい、そう考えていました。でも、病院長という立場になり、ふと思ったのは、果たしてそれだけでいいのだろうか、もっと使命があるのではないか、ということでした。
もちろん、医療の拠点であることは大前提として、もっと自由な発想で地域に貢献できることはないか。カニジルが行なっていることはそこに繋がってくると思いますし、田崎さんもそのことを理解しているので、この「社会的共通資本」を一緒に前に進めてくれると思います。
そういう意味で、地域の生活や文化の向上、快適な暮らしの手助けをするために、病院がやれることは積極的にやっていきたいですね。
原田病院長のおすすめの1冊『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫 著)
医者を目指していた高校生の時に読んでいたのは、北杜夫さんの作品です。開業医や勤務医など、医者にはいろいろな働き方がありますが、『どくとるマンボウ航海記』を読んでいると、船に乗りながらのんびりと航海を楽しんでいる医者の姿が描かれていました。「医者ってこんなに自由度が高いんだ」と、医者への憧れを強くしたことを覚えています。実際に私が選んだ道はまったく違いましたが(笑)。
カニジルブックストア概要
住所:〒683-8504 鳥取県米子市西町36番1 鳥取大学医学部附属病院1階
営業時間:平日9:00〜17:00
公式ページ:https://www.kanijiru.net/
Facebookページ:https://www.facebook.com/kanijiru.book.store/
Instagram:https://www.instagram.com/kanijiru_book_store/