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飽くなき探求心で、書店という文化を次世代につなぐ|三省堂書店 代表取締役社長 亀井崇雄氏インタビュー

2021年4月に創業140周年を迎えた三省堂書店。創業の地である、世界有数の“本の街”神保町の1丁目1番地に本店を構えてきましたが、本社・本店ビルの建替えのため、2022年5月に一時閉店したことは業界内外で大きな話題となりました。そんな大きな決断とともに、「未来に書店を残すため」の挑戦を続ける同社代表取締役社長の亀井崇雄氏にお話を聞きました。
(2022年12月2日取材/「日販通信」2023年1月号より一部編集のうえ転載)

三省堂書店 代表取締役社長 亀井崇雄氏
1975年東京都生まれ。明治学院大学卒業後、システムエンジニアを経て、2005年に三省堂書店入社。2020年より現職。

 

新本店につなぐため、仮店舗でもオリジナルの企画を実施

――2022年6月1日に、旧本店から5分の距離に神保町本店(小川町仮店舗)をオープンされました。半年が経ちましたが、スタッフの方やお客様の反応はいかがですか。

住めば都ではないですけれども、スタッフは場所が変わっても環境に合わせ、粛々と仕事をしてくれています。

お客様からは、仮店舗という形でも営業を続けてくれてありがたいという好意的なご意見を多くいただいていますが、場所が変わり、売場面積を縮小したことで、旧本店に来てくださっていた皆様すべてがこちらに来店されているわけではありません。その点については、コアなファンの方にもっと足を向けていただけるよう、引き続き営業活動に力を入れていきます。仮店舗はまだ伸び代ばかりだと思っていますので、至らない部分を補いつつ、新本店につなげていくためにさまざまな企画にも取り組んでいます。

▲神保町本店(小川町仮店舗)は旧本店から徒歩5分の神田小川町にて営業中。地下1階から6階までの7フロアに各ジャンルを配置

 

――具体的にはどのような取り組みをされているのですか。

「BOOK COVER FOR BOOK LOVER」というオリジナルブックカバーレーベルを立ち上げ、その第1弾として、文豪の顔をデザインしたカバーを、仮店舗で単行本をご購入のお客様に配布しています。また、商品をお買い上げいただいたお客様に、スポーツ用品店のヴィクトリアさんで使用できる10%割引クーポンを発行しています(2022年11月21日~12月25日の期間で実施)。

今後もさまざまな異業種とのコラボレーションなど、以前の本店ではやっていなかったような企画を増やしていきながら、新しいお客様も開拓していきたいと思っています。

▼「BOOK COVER FOR BOOK LOVER」では、10月29日より第1弾として、与謝野晶子、夏目漱石、太宰治、シークレット1名をデザインした文豪FACE COVERを週替わりで配布。好評につき、1/31まで全種類全サイズを同時展開中だ

 

――新本店の建替えについては、現在どのような状況ですか。

いまはまだ基本設計の段階で、ビルの構造を固めることが中心です。2026年春頃の竣工を予定していますが、弊社がビルを建てるのは41年前に前社屋を造ったとき以来となります。我々自身はまったく未経験の中で進めていますので、みんなで一から勉強しているところです。

旧本店は、神田神保町1丁目1番地という「街の入口」としての位置づけも担っていたビルです。それが今後どのように生まれ変わるのかについては、神保町町内や出版業界をはじめ多くの方からご注目をいただいていますし、プレッシャーも感じています。安易な妥協は許されない中で、建物の重要性や位置づけは建設や設計に関わる方々もしっかり共有してくださっているので、皆さんの英知を集めながら、より良いビルになるように、ぎりぎりまで暗中模索をしながら進めていくことになると思います。

――2022年5月8日に行われた一時閉店のセレモニーには非常に多くの方が集まり、注目と期待の高さが感じられました。

大勢のお客様の前で区切りのごあいさつをさせていただいたあの瞬間は、今も私の脳裏に明瞭に残っていますし、その時にいただいたご声援は、まさしく新本店に対する高いご期待と受け止めています。シャッターが下りた瞬間に、「我々はとんでもないことをしてしまったのではないか」という思いを抱きつつ(笑)、私の中ではあの場で覚悟が固まったと思っています。▲一時閉店セレモニーでは、多くのお客様や業界関係者が駆けつける中、亀井崇雄社長(写真右から3人目)と神保町本店の杉本佳文本店長があいさつをした

 

「網羅性」と「偶然性」がキーワード

――一時閉店にあたり、「もっとたくさんの人が、本と出会い、本を楽しめる場所に、生まれ変わってみせる」とメッセージを発信されました。次世代の神保町本店としてどのような構想をお持ちですか。

そこは今、社内でも議論しているところです。従来のお客様に向けて、しっかりと本を積む書店にしたほうがいいという意見もあれば、それでは次第に先細りになるだけなので、新しいことを詰め込んだ書店にしたほうがいいという人もいる。いろいろな考えがある中で、社外の方たちからのアドバイスもいただきながら、最適解はどのようになるのかを探しています。

閉店前に実施したお客様アンケートでは、新しい店舗へのご要望として「今まで通りの神保町本店であって欲しい」「圧倒的な量の在庫を持ってほしい」というお声が断然多くありました。とはいえ、東京や新宿、池袋の大型書店と比肩するような在庫量を保つのはなかなか難しい。どこかで割り切ることは必要になりますが、一定レベルの「網羅性」と、お客様と本の出会いを演出する「偶然性」の2つがキーワードになると考えています。

今は社内でさまざまなテーマの勉強会を実施しながら、内装設計者の方と一緒に書店の見学会をして、ご意見を伺っています。我々書店がどういう意図で売場を作っているのかもぶつけ合いながら、これまでとは違う、新たな形を模索しているところです。

――「本の街」を象徴する存在であるだけに、神保町本店のお客様は特に、知的好奇心が旺盛な、コアな本好きが多いという印象があります。

神保町は圧倒的に50~60代の男性が多く集まる、俗に言うおじさんの街ですので、品揃えもどうしても硬派な専門書が中心になってきます。ただ、3年後の新しい神保町本店でも従来通りの品揃えでいいのかということは議論の余地があるでしょう。既存のお客様に誇りに思っていただきつつ、新しいお客様が憧れを抱いてくださるような設計が必要なのではないかという話は出ています。

神保町周辺には学校も多いので、若い層に向けて「こういう大人の世界もあるので、来てみませんか」というテイストを付け加えていく形もあるでしょう。そのあたりのチューニングをして、答えを出していくことになると思います。

 

売上ではなく利益を追いかける組織へ

――業界内のみならず、書店数の減少が話題となっています。継続のためには粗利改善が急務のひとつですが、貴社ではどのように取り組んでいらっしゃいますか。

ここ数年で、現場スタッフの感覚も大きく変わりました。返品率を意識しつつ発注を調整し、お客様のニーズを満たす品揃えとバランスを取りながら、出版社さんの報奨金や日販のPPIプレミアムなどインセンティブがあるものはしっかり売っていく。本部としても売上に準ずる収益は確保していきたいですし、そのための出版社さんとの交渉も随時行っています。

――貴社では、PPIプレミアムでも前年を上回る実績を上げていらっしゃいます。売上はもちろん、利益についても明確な指標を持って全社で取り組まれていることが、皆さんの意識の高まりにつながっているのですね。

以前は数字というと、売上ばかりを追いかけていたきらいがありますが、現場に求めているのは売上ではなくて利益であるという指導を徹底してきたことが実を結んでいるのではないでしょうか。それまでは、正直申し上げて現場からの抵抗を感じる部分もありましたが、今ではコスト削減も含め全社的な理解が深まっています。

――PPIプレミアムは、弊社が掲げる取引構造改革の主要な柱と位置づける取り組みであり、書店様、出版社様にも積極的にご参加いただきたいと考えています。

我々書店も、取次さん、出版社さんも苦しいということは、業界全体の在り方が根本的にうまく機能していないということだと思います。業界全体が変わるための動きが起きてほしいですね。

――亀井社長は、BooksPRO推進会議やJPIC特別委員会のメンバーとして、業界の課題解決にも取り組まれています。

微力ながらご協力できることがあれば積極的に関わっていきたいですし、そういった活動の中でよりよい方向に進みそうだなと感じている面もあります。変わろうという動きは各所で起きていますが、それらをうまく交通整理しながら、その成果を共有することで全体に広がっていくような形が望ましいのではないでしょうか。関係者が多い中で、いい取り組みでも規模が広がらなかったり、利己主義に陥ってしまったりしてはもったいないですよね。情報共有を活発化しながら協力体制がつくれればと思います。

――12月16日には、アトレ上野店をオープンされました。今後の出店戦略についてお聞かせください。

コロナ前は人口30万人以上の都市のターミナルを中心に出店していましたが、コロナ禍を経て、都心部の店舗の集客が非常に厳しくなっています。今は小規模店の出店を中心に、少人数で回せるオペレーションを検討しているところです。

また、街に書店がなく、我々が出店することで不便に思っていらっしゃる地域の方に喜んでいただける場所があるならば、積極的に出店を考えたいと思っています。

三省堂書店 アトレ上野店
(2022年12月16日オープン)
東京都台東区上野7-1-1 アトレ上野WEST1F
営業時間 10:00~21:00(全館休業日あり ※元日含む年3日)
売場面積 約160坪(BOOK/文具/雑貨)

▲本を通じて上野の魅力、読書の楽しさを提案するため、地域に即した企画を実施

 

――新型コロナについては、いまだ終息が見えない状態です。今後の経営環境についてはどのようにお考えですか。

見通しとしてはなかなか厳しいと感じています。新型コロナの対応に加えて、気になるのは物価高ですね。経済の低迷が続く中では、どうしても書籍の優先順位は下がってしまうでしょう。そうした中ではなおさら、本や読書の重要性を、書店としてもしっかりアピールしていく必要があると思っています。

本はお客様にもっとも良質な情報をもたらすことのできるツールであり、国の発展にも欠かせない文化です。この業界がしっかり機能して、一冊でも多くの本がお客様の手に渡れば、それだけ国が良くなる。そういう意識を持って書店を運営していこうと常々従業員に伝えています。

最近は、新聞やニュースなどで街の書店の減少ばかりがクローズアップされていますが、逆境と言われる中においても、がんばっている書店があることももっと広められるようアピールしていきたいですね。

――そういったメッセージは、従業員の方にどのように発信されているのですか。

要所要所で社長朝礼を行っていて、私が原稿を書いてその場で伝えるようにしています。ただ、従業員全員を集めることは難しいので、同じ内容を社内のグループウェアでも発信しています。

私が社長になったのは2020年11月ですので、ずっとコロナ禍にある状態です。そのような環境においても、希望ややりがい、仕事の楽しさにも目を向けてもらえるようなメッセージを伝えたいと考えています。

――これからの書店経営に求められることは、どのようなことだとお考えですか。

従業員のモチベーションを維持しつつ、効率よく動ける組織を追求していくことではないでしょうか。売上をなかなか伸ばせない中で、どこかに無駄があるのではないかと飽くなき探求心で探っていきながら、一方で新しい技術も取りこみつつ、どう売場をリフレッシュしていくか。店舗はもちろん、外商についてもまだ我々ができることはたくさんあると思います。

今までと同じやり方をずっと繰り返していたら、この業界は廃れてしまう一方です。そこをどのように変えていくか。その変化を止めないように私が旗振りをしながら進めていきたいですし、状況を変える力のある社員をどんどん引き立てて、組織を強くしていく必要があると考えています。

――日販へのご要望がありましたらお聞かせください。

日販さんには、とにかく引き続き本を書店に送り続けていただきたいです。非常に厳しい状況であることは理解していますが、取次から本が届かなくなってしまうと我々は店を閉めざるを得ません。書店としてできることはご協力しながら、一蓮托生でこの難局を乗り越えていきましょう。我々も変わるべき部分は変えていき、より多くのお客様に足を運んでいただけるよう取り組んでいきます。

――最後に、プライベートではどのような読書をされているのか伺えますか。

普段は自己啓発を主に、仕事上の課題解決につながるようなテーマの本を手に取ることが多いです。日々ランキングはチェックしていますので、その中からタイトルを見て気になったものを店舗で購入します。わりとメジャーなものを中心に読んでいますね。

2022年に関しては新刊はあまり読んでいなくて、自分の本棚の中から読み返すことが多い一年でした。これも発売されてずいぶん経ちますが、『嫌われる勇気』は、コロナ禍のしんどい状況で改めて読むと、また味わいが違いました。社長になって立場も変わり、これまでとはまた違った視座で考えなくてはいけないことが多い中で、アドラー心理学を通して、今自分に足りないものや反省すべき点など、気付きを多く与えてもらった一冊です。

――置かれた環境や自身の変化によって、本から得られるものが変化していくのも読書の魅力の一つですね。

新刊を追いかけるだけでなく、自分の本棚にあるものを改めて読み返してみることでも、新たな発見はありますよね。

店舗も同じで、売上が伸びないときにはいい新刊がないということを言い訳にしがちですけれども、棚にはたくさんの本が差さっています。お客様の中にはただ本を並べて「さあ、どうぞ」と言われても、どの一冊を買えばいいのかわからない方も多くいらっしゃいます。

書店に来られるということは、検索ではたどり着けない、本との出会いを探しにいらしているということでもあると思いますので、書店はそのお手伝いをしていきたい。そういった意味でも「網羅性」とともに、リアル書店ならではの「偶然性」も楽しんでいただけるよう、提案力を磨いていく必要があると考えています。