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【長井短さんの書店との出合い】書店員さんが用意してくれた場所は、私にとっての特等席

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、初の小説集『私は元気がありません』が2月7日(水)に発売された長井短さんです。

俳優として舞台やドラマに出演し、ファッション誌のモデル、さらに作家としても幅広く活躍されている長井さん。本作は、長井さんにしか描けない言葉が躍る、恋と友情、怒りと怠惰の小説集です。

本屋さんに心をときめかされた幼少期の思い出と、自分の本が店頭に並んだ時に感じた思いを綴っていただきました。

長井短
ながい・みじか。1993年生まれ、東京都出身。俳優、作家。雑誌、舞台、バラエティ番組、テレビドラマ、映画など幅広く活躍する。

 

「○年×組 私は元気がありません」

ハリー・ポッターが好きだから、本屋に着いたらまずハリー・ポッターを探す。そうすると、ハリーの横にはハリーを好きな人が好きそうな本が並んでいる。ハリーの関連書籍も並んでいて、ガチャンお会計。これが私と本屋の付き合い方だった。好きな本を見つける、その周囲に目をやる、手に取る、ガチャン。子どもの頃は、なぜこうも都合よく好きなタイプの本が並んでいるんだろうと胸をときめかせたが、大人になった今はわかる。これは全て、書店員さんの名采配によるものだ。AIがおすすめ動画を押し付けてくるよりずっと前から、そしてとてもさりげない、優しい手つきで、書店員さんは無言で私に本を薦めてくれていた。改めて思い返すと本当に凄いことだと思う。小説集を出版したことで、私は本を「買う人」だけでなく「買ってもらう人」にもなった。私の本は、一体どこにあるんだろう。隣の席は誰だろう。

書店回りに行くと、書店員さんたちはみんなニコニコ案内してくれた。「売り場、見ていかれますか?」と言う顔はどこか誇らしげで、担任の先生みたいだ。お願いしますとついていくと、私の本が、そこにある。「こんな感じで置いています」表紙の人間の顔つきが、少し照れてるみたいに見えるのは私が筆者だからだろうか。それとも、同じクラスのみんなにちょっと緊張しているから? 緊張して当たり前だ。だって、大好きな本がすぐ隣にある。小泉綾子さん、佐佐木陸さん、江國香織さん町田康さん……作家ものの二次創作かと思うほど、私は憧れの人たちに囲まれていて、マジ何。お隣に北野武の名前があった時はさすがに吹き出しそうになった。ほんと何。私、ここにいていいんですか? たじたじしちゃう。また後ろ向きになっちゃう。視線を上げると書店員さんの顔はとても頼もしくて、あぁ、大丈夫なんだと呼吸ができる。この人が、ここがいいと思ってくれたのだ。私の席を作ってくれた人がいて、だから私はここにいる。そのことの幸福が、紙の匂いに混ざって身体を満たす。

当たり前のことだけど、本屋さんは「本を買う場所」であると共に「本を売る場所」だ。本を買うとき、そこが「売る場所」でもあることに、私は全然気づかなかった。売る場所でもあると知った今、私は本屋さんがあることの意味を、その素晴らしさを強く強く感じている。

ハリー・ポッターはどこの本屋にも大抵あるけれど、その隣にある本は違う。だから私は本屋に行くたび、ハリー・ポッターを探していたのだ。まだ知らない好きな本に出会うために。私の本のお隣も、お店によって全然違う。私でない誰かの本を探しにきた人、私の存在を予期していなかった人間の瞳に、不意に映る。連れて帰ってくれるだろうか。きっと連れて帰ってくれる人はいる。だって、書店員さんが席を用意してくれたんだから。私が一人ぼっちにならないように、お友達を作れるように、座らせてくれた場所は、間違いなく私にとっての特等席だ。

やさしい仕事だなと思う。ほんと、先生みたい。最初は友達を作りやすい場所に座らせてくれてさ。そのうち、居残りになった私の本は棚にしまわれる。その時の順番はきっとアイウエオ順で、知らない人に囲まれることもあるだろう。でも、その時の私は心細くない。もう転校生じゃないからだ。居残りすんなよって話だけど、居残りしないと見れない夕暮れもあるわけで、出会えない人もいる。あえて平積みは見ないみたいな日もあるし。

本屋さんに着いたらまずハリー・ポッター。それが今や、本屋さんに着いたらまず長井短。人生ってわからんなと思う。自分の本を見つけるたびに、一冊だけ『アズカバンの囚人』と『炎のゴブレット』の間に挟みたい衝動に駆られる。罠みたいに紛れ込ませたい。ナルニア国物語とか、マーリンの間にも挟みたい。でも、もちろんそんなことはしない。先生の言うことをよく聞いて、私は静かに自分の席に座り続ける。

今日もよろしくお願いします。

 

著者の最新刊

私は元気がありません
著者:長井短
発売日:2024年02月
発行所:朝日新聞出版
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784022519641

俳優・長井短、初の小説集! 私たちは何度も同じ夜をなぞり続ける──。変わりたくないというピュアな願いが行き着く生への恐怖を描いた表題作に加え、アップデートする時代についていけない女子高生を描く「万引きの国」、短編「ベストフレンド犬山」を収録。

(朝日新聞出版公式サイト『私は元気がありません 』より)