全国の書店員さんが、もっともおすすめの本を紹介する連載「わが店のイチオシ本」。
第61回は、東京都世田谷区にある二子玉川 蔦屋家電のBOOKリーダー 兼 デザイン・アート担当の、佐々木貴江さんのご登場です。
今回、佐々木さんが紹介してくださったのは、画家・榎本マリコさんの美しい作品が詰まった『榎本マリコ作品集 空と花とメランコリー』です。
植物や動物などに顔を隠された異形の人物像を描き、『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめとする数々の話題書の装幀に起用されるなど、一躍脚光を浴びる榎本さん。想像を掻き立てる作品たちの全貌に迫った本書の魅力について、佐々木さんに綴っていただきました。
- 空と花とメランコリー 榎本マリコ作品集
- 著者:榎本マリコ
- 発売日:2023年11月
- 発行所:芸術新聞社
- 価格:2,970円(税込)
- ISBNコード:9784875866824
美しく描かれた作品の中に漂う「不穏」さとは
多摩川のほとりに店を構える当店「二子玉川 蔦屋家電」は、書籍や雑貨、食品や家電などアイテムの垣根を越え、この街のお客様の生活を豊かにするような提案を行っています。立地柄、平日はオフィスワーカー、休日は子連れのお客様が多いのも特徴です。
そんな当店が今一番推している本は『榎本マリコ作品集 空と花とメランコリー』です。
数々の装幀に作品が使われている画家・榎本マリコさん待望の初画集発売ということで、店頭でも大きく展開しています。書店で彼女の絵をご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。
本書の跋文で精神科医の斎藤環さんも書かれていますが、榎本さんの作品からは美しいのになぜか「不穏」なイメージを抱きます。
『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)の表紙を見た時もまさにそんな印象でした。キム・ジヨンという一人の女性の生き方を通して、女に生まれたというだけで人生に起こる数々のつまずきや社会構造によって抑圧される様子を描いているこの小説に共感する人は多く、日本のフェミニズム文学に大きなムーヴメントを引き起こしました。
私はその理由の一つに、この表紙の魅力も大きく影響しているのではないかと思っています。正面を向いている一人の女性、その顔の奥に広がる果てしない砂漠。この絵を見ると、ただ懸命に実直に生きようとしているだけなのに目に見えない壁に阻まれ、何かを諦めざるを得なかったこの小説に出てくる女性たちの姿と重なって映ります。行き場をなくした想いを胸に秘めてただ漠然と立ち尽くしているようなこの表紙をみて、思わず手に取り奥付を確認したのが榎本さんとの出会いでした。装幀を、数々の名作をデザインする名久井直子さんが務めていたこともこの小説を読む一つの理由となりました。
それからはたくさんの書籍の表紙として榎本さんの作品を目にする機会が増えましたが、『その丘が黄金ならば』(早川書房)、『母親になって後悔してる』(新潮社)、『ある大学教員の日常と非日常』(晶文社)、『覚醒せよ、セイレーン』(左右社)など、一つ一つは違う小説やエッセイであるのに根底には同じ「不穏」さが漂っていて、胸がざわつくのです。
画集の帯文にある「それは 誰でもなく 誰でもある 肖像」という言葉のように、この既視感が「不穏」さの正体かもしれません。
例えば本の表紙からその作品を読み始めたっていい、この画集から次の本への出会いが広がれば嬉しいです。
◆作り手からのメッセージ◆
榎本さんの顔のない肖像からしか得られない栄養があります。誰でもない肖像なのに、無心にページをめくっていると、不意に自分と重なり感情が溢れてきます。起用された装幀画の強烈なビジュアルイメージが先行しがちですが、この初画集では榎本マリコという表現者の異才ぶりに気づいてもらえるはずです。
(芸術新聞社 出版部 山田竜也さんより)
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