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【佐藤究さんの書店との出合い】佐藤さんが辿り着いた「書店との第二の出合い」とは!?

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、新作を発表するたびに話題となり、数々の文学賞を受賞している佐藤究さんです。

山本周五郎賞と直木賞をダブル受賞した『テスカトリポカ』から2年ぶりの最新作となる『幽玄F』が、10⽉20⽇(金)に発売されました。本作は、少年期から航空機に魅了され、航空宇宙自衛隊入隊後、F-35B戦闘機とその超音速の世界に取り憑かれた天才パイロットを描いた長編小説で、すでに発売前重版が決定するなど注目を集めています。

作家になって、書店の見え方が変わったという佐藤さんに、「書店との出合い」について綴っていただきました。

佐藤究
さとう・きわむ。1977年、福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義で執筆した『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。2016年、佐藤究名義の『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。2018年『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞と第39回吉川英治文学新人賞を、2021年『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞と第165回直木賞をそれぞれダブル受賞。

 

もっとポップに光を!

ある日、ふと近所の書店に入ってみて、自分にとってかけがえのない一冊を見つける。あるいは、はじめて大型書店をのぞいてみて、並んでいる本の量に圧倒される。ひとりの訪問者として、つまりお客として書店に飛びこむこと。そうした経験が、いわば「書店との第一の出合い」だ。これだけですばらしいのだが、じつはその先に「第二の出合い」が隠されている。

私たちを楽しませてくれる書店、あの整然とした、それでいて迷宮のような本の森は、ひとりでにでき上がった空間ではない。書店は水族館や植物園と同じように、書店員さんが本という〈生き物〉を日々世話することによって成り立っている、いわば〈舞台〉なのである。これを実感するのが「書店との第二の出合い」、すなわち書店の〈舞台裏〉を知ることにほかならない。

そんな「第二の出合い」の機会を得るには、やはり書店で働くのがもっとも近道だといえるだろう。ほかに、出版社に就職する、あるいはプロの作家になる、といった選択肢がある。私の場合、プロの作家の業務のひとつである〈書店訪問〉のおかげで、店舗数はかぎられているが、書店との「第二の出合い」にたどり着くことができた。

担当編集者とともに入っていく、文字通りの舞台裏。書籍売り場の壁の向こうはどうなっているのか。搬入されたばかりの本はそこでどのように積まれ、書店員の皆さんはどういう場所で休憩しているのか。それらを自分自身の目でたしかめる機会を得たわけだ。

もちろん、私の「第二の出合い」の内容の濃さは、現場で勤務している書店員さんには遠く及ばない。それでもプロの作家になって以降、書店の見え方はかなり変わった。

2年前、私はある書店で選書を担当することになった。選んだ本は〈選書フェア〉の期間中、書店の棚に並べて売られる。こういう企画はめずらしくない。過去に影響を受けた本、好きな本を選ぶ仕事には、自著のプロモーションと違って、心休まるものがある。仕事というより趣味に近い。

しかし、選書で楽しいのは、本を選んでいる時間まで。選んだ本の紹介文を、1冊ずつ短く的確にまとめるには労力がいる。しかも、その企画で私はなぜか、〈推薦のポップを自分で手作りする〉という仕事まで引き受けてしまった。打ち合わせが盛り上がった結果、気づけばそんな話になっていたのだ。私は10冊を選んだので、つまり10冊分のポップを作らなければならない。

これには、参った。なぜこんなことを引き受けてしまったのか。思わず天を仰いだが、あとの祭りである。伝えたいことをポップのちいさな面積に詰めこむのはむずかしい。そしてもちろん、ただ詰めこめばいいという話ではない。ポップであるかぎり、お客様の目を惹かなくてはならない。

選書フェアの開始日がせまり、私は原稿仕事そっちのけで、徹夜でポップを作りつづけた。こちらは所詮素人なので、すべて手書きだとできそこないのポップになる、そう判断した私は、手書きの文字、犯行声明文めいた活字の切り貼り、スタンプの絵柄、それらをミックスする路線で、なるべくバラエティに富むようにと苦心した。

やってみてわかったのは、こういうポップ作りは、コピーライター的な言葉のセンスに、色彩レイアウトといったデザイナー的素養までもが求められるアートだということだ。いわゆる〈ポップ職人〉のすごさを痛感させられた。それは私にとって本当の「書店との第二の出合い」だった。

ところで、例外もあると思うが、多くの場合、ポップ職人とはいうものの、書店にポップ作りという〈仕事〉があるわけではない。作れる人、作りたい人が、山積みになっている業務の合間を縫って、技術と情熱を注いで作ってくれているのである。

温かみのある手作りポップを書店で目にするたびに、私は徹夜で作業した日のことを思い出す。〈一点物〉のポップを作れる書店員さんが、もっと光を浴びる業界であってほしい。注目、もしくは待遇という意味でも。

 

著者の最新刊

幽玄F
著者:佐藤究
発売日:2023年10月
発行所:河出書房新社
価格:1,870円(税込)
ISBNコード:9784309031385

少年は、空を夢見、空へ羽ばたく――空を支配するG(重力)に取り憑かれ、Fを操る航空宇宙自衛隊員・易永透。日本・タイ・バングラデシュを舞台に「護国」を問う、圧巻の直木賞受賞第一作。

(河出書房新社公式サイト『幽玄F』より)