宮城県仙台市、JR東北本線の長町駅から10分ほど歩いたところに現れる大きなガラス張りの建物。ベビーカーを押すお母さんや、我先にと走りながら飛び込んでいく子どもたち。制服姿の学生から、杖をつきながらのんびりと歩く高齢者までが吸い込まれるようにこの建物へ入っていきます。
ここは銀行跡地をリノベーションした、図書館でも本屋でもない施設「8BOOKs SENDAI(エイトブックス仙台)」。宮城県を拠点に不動産・リノベーション事業を手がけるアイ・クルールが運営しています。なぜ、畑違いの民間企業が図書施設を開設したのか、そして幅広い層の利用者が集まる仕掛けとは。そんな気になる点を同社の8BOOKs SENDAIマネージャーの春木友栄さんと、コミュニティープランナーの荒川美風さんにお話を聞きました。
春木友栄(はるき・ともえ)さん
1982年生まれ、秋田県出身。8BOOKs SENDAIマネージャー。施設の立ち上げから事業全体のプロデュースのほか、ブランド戦略を担当。モットーは「明るく逞しく」。スタッフもお客様も巻き込む、とにかくみんなに愉しんでほしい!
荒川美風(あらかわ・みふう)さん
1999年生まれ、福島県出身、仙台市在住。2022年4月に新卒でアイ・クルールに入社。コミュニティープランナーとして8BOOKs SENDAIの本の管理やイベント企画などの業務を担当する。10名の学生アルバイトを束ねる総監督。
本を読んでも読まなくても、子どもが遊んでもOK
――「8BOOKs SENDAI」は、図書館でも本屋でもない図書施設とのことですが、どのような施設なのでしょうか。
春木 簡単に言ってしまうと会員制の図書施設です。日額、月額、年額ごとに利用料金を払っていただくと、館内にある約1万冊以上の蔵書を読めるほか、施設内を自由に利用することができます。本は貸出をしていませんし、販売もしていませんので、図書館でも本屋でもない「図書施設」なんです。
――貸出もないし、購入もできないとなると「8BOOKs SENDAI」はどのように利用するのが正解なのでしょうか。
春木 正解がないのが正解かもしれません。蔵書は「なりたい」「触れる」「気づく」「表現する」「つながる」「参加する」「続く」「このさきも仙台に」の8つのコンセプトで選書しています。
「なりたい」は「私はこうなりたい」「これを目指したい」という変化のきっかけを芽生えさせます。そこから、なりたいものや目指すものに近づくために情報や知識に「触れる」。その情報で「気づく」わけですね。気づいたら「表現する」ことを始めたくなるでしょう。表現したら誰かと「つながる」ことができ、そこから何かに「参加する」。それが「続く」ことでこのさきの自分の未来も、仙台の未来も変わっていけたらという思いを込めて「このさきも仙台に」というコンセプトにしています。
それぞれのコンセプトごとに本を選んでいるので、今、必要としている本と出合いやすく、自分と向き合うきっかけになるかもしれません。
荒川 こんな風に館内の蔵書から未来へのヒントを得ることもできますし、ゆったりとしたソファやテーブルも用意しているので、勉強や仕事をすることもできます。1ドリンクは無料ですので、カフェ代わりに利用していただいても大丈夫です。本を読まずにのんびり過ごしている方もいれば、お子様と一緒に遊びに来てくれるファミリーもいます。自由気ままに過ごせる場所という感じでしょうか。
――図書施設なのに子どもが遊べるんですね!
荒川 図書館や本屋だと静かにしなくてはいけないイメージがありますよね。このエリアは子育て世代が多い地域でもありますので、お子様も含めてご家族で楽しめるようなつくりを意識しています。
2階には授乳室やおむつ替えシートのスペースもありますし、フロアをカーペット敷きにしたキッズスペースも設けていますので靴を脱いで遊ぶこともできます。キッズスペースではありますが、足を伸ばしてリラックスしながら本を読みたいという大人の方も利用できます。
▲2階のキッズスペース
地元、宮城・仙台をリブランディングしたい
――館内に入ると吹き抜けで、一面に本棚がある開放的な空間がとても素敵です。でも、階段など、ところどころに古い面影が残るような部分もありますが……。
春木 七十七銀行の跡地をリノベーションしています。銀行店舗ならではの丈夫なつくりや、もともとの天井高を活かして一面に本棚を配置しています。でも、すべて手を入れたわけでなく、階段や当時使われていた金庫の扉はそのまま残しているんですよ。
延べ床面積は538平方メートルの鉄骨2階建てです。リノベーションは私と荒川が所属しているアイ・クルールが中心になって行いました。当社は不動産事業を中心にリノベーションや「衣・食・住」をコーディネートするライフスタイルカンパニーです。
――民間企業が図書施設を運営するのは珍しいですが、なぜ「本」だったのですか?
春木 もともとは地元の若い世代が発信できる場所をつくろうと考えていました。当社は宮城・仙台の食や文化、経済やこの街に住む人々を活性化させるためのリブランディングをテーマに事業展開を行っています。
その中で、これからの宮城・仙台の未来を担う若い世代が自己表現できたり、発信したり、成長のきっかけになるような場所として銀行跡地をスタジオにしようと思っていたのです。でも、この場所にポツンとスタジオがあっても、なかなか集客は難しいところ。そこで本を媒介として人が集まる施設にしようと考えました。
荒川 なぜ、「本」を媒介にしたかというと、当社の代表取締役が本をきっかけに自らが成長した経験があるから。何百年前に残された偉人の言葉も、今を牽引する最先端の人たちの考えも一気に知ることができるのが本です。本によって自分の人生のスイッチが入り、大きく転換した経験から、活字離れしている若い世代にこそ手軽に本を取ってもらいたい気持ちが強かったようです。
認知症の本の隣にムーミン一家の物語が並ぶ自由な選書
――先ほど8つのコンセプトごとに選書をしているとおっしゃいましたが、選書のこだわりを教えてください。
春木 選書は私たちだけでなく、プロの目も借りたいと日本出版販売のご担当者と共同で行いました。一番のこだわりは、形にはまらない選書です。例えば「つながる」の棚では恋愛をキーワードにして、一般的に想像される恋愛小説だけではなく、映画監督が自分の作品に出演している女優への思いをまとめた本や、家族をキーワードにして認知症の方が見えている世界を解説した本やムーミン一家の物語を並べています。
荒川 「表現する」ではクラシック専門書の横にジャズを題材にしたコミック『BLUE GIANT』があったり。専門書を目当てに来た方が「こんな漫画があるのか」と手にしたら、新しい出会いが生まれますよね。
――数珠つなぎのように本と出会えるのはいいですね。陳列も面陳が多いので手に取りやすいです。
荒川 陳列の仕方も工夫しました。表紙を見せる面陳と背表紙を見せる棚差しのバランスを考えたり、色ごとに面陳してビジュアルをカラフルにしたり。2階の絵本スペースでは本棚の中に小屋をつくって秘密基地のような空間にしています。
▲面陳と棚差しのバランスを工夫して陳列
▲2階の絵本スペースでは本棚の中に“秘密基地”のような空間も
――さっきから気になっていたのですが、本に挟まれているこのかわいいしおりは?
春木 別名「おせっかいなしおり」です。本の貸出をしていないため、読みかけになってしまった本の続きがわかるようにお客様専用のしおりを配布しています。しおりの後ろにはニックネームやSNSアカウントが書き込めるので、ただのしおりとして使用もできますし、同じ本を手に取った方とSNSを通じてつながることもできます。
1冊の本を介して「同じ趣味なんだな」とか「同じ悩みを抱えているのかな」なんて、うれしくなったり少し安心したりしてゆるくつながれるようなちょっと“おせっかい”な仕掛けをしてみました。
私の個人的な体験ですが、学生の頃、大好きな先輩がいまして。その先輩がいつも図書室にいたので、貸出カードで彼の名前を追って、一体どんな本を読んでいるのか見るのがすごく楽しみだった記憶があるんです(笑)。
荒川 リアル『耳をすませば』ですね(笑)。でも、誰かが読んだ本って気になりますよね。当館でも返却ボックスが密かな人気ですし。必ず、返却ボックスをチェックするお客様も多いですし、スタッフも「今、どんな本が読まれているんだろう」と確認したりしています。
――それは本好きあるあるですね(笑)。「8BOOKs SENDAI」は本好きの方だけでなく、いろいろなお客様が利用している印象です。お客様の反応は?
春木 利用者数が少しずつ増えており、徐々に認知度が高まってきたと実感しています。毎日午前中にいらっしゃる年配のお客様は「今日も楽しかったわ」と必ず声をかけてくださるんです。その声を聞くと、こちらもとてもうれしくなるし、心が温かくなります。「楽しかった」と思ってくださる、「8BOOKs SENDAI」ファンをますます増やしていけたらいいですね。
荒川 お子様といらっしゃるお母さんから「今日は来る予定じゃなかったんだけど、子どもがどうしても来たいというから3日連続で来ちゃいました」という声をいただいたこともありました。子どもたちが行きたいと思う施設になっているんだなとうれしくなりましたね。最近では子どもたちがスタッフにわざわざあいさつに来てくれたり、「この本おもしろいよ!」と教えてくれたりするんです。その姿にスタッフ一同、癒やされています(笑)。
本をあまり読まない人の読書へのハードルを下げる
――当初のターゲットである若い世代の来館も多いのですか?
荒川 テストシーズンに勉強をするスペースとして活用している学生が多いですね。若い世代にとって、この施設のいいところは、本を目的としていなくても利用ができることだと思うんです。私自身、「本を読みなさい」「本はいいものだ」と大人に言われて反対に読書に抵抗感を持ったり、どこか説教臭いイメージを持っている子も多い気がしています。
そんな人たちが当館で勉強の合間にリフレッシュとして漫画を読んだら、隣にある本に興味を持つことがあると思うんです。「読まされる」のではなくて、「目の前にあるから、ちょっと見てみよう」ぐらいの感覚で読書のハードルを下げてくれる施設だなと。
春木 この間、よく来館している学生に「何を読んでいるの?」と聞いたら、ウチの蔵書ではなく自分で買った本を読んでいたんです。自宅だと読む気にならないけれど、ここだったら読む気になると言っていました。そういう使い方もあるんだなと面白く感じるのと同時に、この空間が本を読みたくなるスイッチになっているんだなとも思いました。
――お二人の話を聞いていると、お客様との距離感が近いのもこの施設の魅力なのかなと思いました。
荒川 それはあると思います。お客様が来館するときと帰られる際は必ずお声がけをしますし、こちらもお客様がどのような本を求めているかが気になりますから、積極的に話しかけています。
そうするとお客様も「こんな本が欲しい」と気軽に意見を言ってくださるようになりました。開設当初から春木が「接客を頑張ろう、当たり前のことを当たり前にしっかりやろう」と言っていたので、それがスタッフに浸透して、お客様にも伝わっているのかもしれません。
春木 最近では私が何も言わなくても、スタッフみんなが進んでお客様にお声がけをしたり、本を選ぶお手伝いをしていて、一人ひとりのお客様と向き合った接客をしているなと感じます。これも図書館や本屋とは少し異なる“おせっかい”な図書施設の特徴ですね。
「8BOOKs SENDAI」を発信の拠点に
――これからの「8BOOKs SENDAI」の目標を教えてください。
春木 現在、学生を集めて宮城・仙台のリブランディングプロジェクトを進めています。施設開設のきっかけとなった若い世代の自己表現やその発信の場として「8BOOKs SENDAI」が拠点になるような活動を行っています。最近では仙台を中心に活躍されているイラストレーターのtomomi_typeさんとイベントを行ったり、学生部が中心となって動画コンテンツを制作中です。
動画コンテンツでは、「仙台の就活をリブランディング」をテーマに学生目線で地元企業を紹介しています。企業のコーポレートサイトや就活サイトでは見えづらい企業の姿を発信することで、学生たちが地元企業の良さを知るのと同時に、企業側のPRにもつながるので、双方にとってもメリットがあります。このような地元のアーティストや企業、文化をどんどん発信していきたいと思っています。
――最後に春木さん、荒川さんのおすすめの一冊を教えてください。
春木 私の永遠の憧れでもある『オードリー・ヘップバーンの言葉』(山口路子、大和書房)。オードリー自身もコンプレックスの塊だったことから、コンプレックスとの向き合い方や働くこと、恋愛への思いが彼女の言葉で綴られています。いつ見ても自分の心境と重なる言葉があるので、何かあったときはこの本を開いて勇気をもらっています。
著者:山口路子
発売日:2016年8月
発行所:大和書房
価格:814円(税込)
ISBN:9784479306078
荒川 『未来のきみを変える読書術 なぜ本を読むのか?』(苫野一徳、筑摩書房)です。「本は読んだほうがいいのはわかっているけど、ネットじゃダメなの?」。そんな風に考えている人ほど読んでほしい一冊です。本がなぜ優れているかがわかりやすく、納得できるように書かれています。もちろん説教臭くありません!(笑)
著者:苫野一徳
発売日:2021年9月
発行所:筑摩書房
価格:1,210円(税込)
ISBN: 9784480251121
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