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平和と子どもたちの未来を願い、物語を手渡し続ける当店の原点『どうぶつ会議』:わが店のイチオシ本(vol.51 こども冨貴堂)

全国の書店員さんが、もっともお勧めの本を紹介する連載「わが店のイチオシ本」。

第51回は、北海道旭川市にあるこども冨貴堂の松浦みゆきさんのご登場です。今回、松浦さんが紹介してくだったのは、1949年に刊行されたエーリヒ・ケストナーの『どうぶつ会議』。ケストナーとのタッグで数多くの名作を生み出したヴァルター・トリアーの挿絵が美しい絵本です。

第二次世界大戦後、世界平和のために国際会議が開かれたものの、少しも成果があがらない様子に怒り、立ち上がったゾウ、キリン、ライオンなどの動物たち。本書で掲げられる「子どもたちのために」というスローガンは、店舗にとっての原点でもあるという松浦さんに、本書と店舗への思いを綴っていただきました。

 

“平和通”から発信し続ける物語と平和への思い

当店の扉は平和通買物公園に面しています。今こそ平和通と言いますが、かつて兵隊さんがこの通りを通って戦地に旅立っていったので、「師団通」と呼ばれていました。戦後、どれだけの兵隊さんが再びこの旭川の土を踏むことができたのでしょうか? こんな悲しみを繰り返さないためにも「平和通」と呼ぶことにしたそうです。

私たちの店にとって、絵本『どうぶつ会議』は原点と言えると思っています。先代の店長が、世界中の子どもたちの幸せを願って、この絵本で幻燈会を開きました。賛同した大人や子どもたちが参加して手伝ってからもう40年、世界は今、平和でしょうか?

『どうぶつ会議』は70年近く愛され続けてきた絵本です。戦争や貧困がいつまでもなくならない人間社会に対して、世界中の動物たちが人間の子どもたちのために立ちあがります。

なんて愚かな人間、なんて恐ろしく図々しい人間、科学の力でなんでも可能にできるくせに、一番大事な子どもたちをしあわせにすることができないなんて。何度も開く偉そうな会議で、いったい何を話し合っているの? 国境をとっぱらって、みんなが仲良くすることがそんなにむずかしいことなの? 業を煮やした動物たちが、ついにとった作戦とは?

この素敵なお話の作者ケストナーは、ユダヤ人の血を引いているとも言われていますが、ヒトラー時代に多くの危険を冒しながら地獄のドイツにとどまりました。当時は焚書といって1億冊もの本が焼き捨てられ、ケストナーも自身の本が燃やされるのを目撃しています。作家にとっても本屋にとっても悲しいことです。

全体主義国家は思想統制をするために、芸術・文化・学問・言論すべてを規制しました。人種差別、優生思想、密告、ホロコーストなど、今では考えられないほどの恐怖時代だったのです。ケストナーは心底、権力や暴力や差別をにくみ、子どもたちの幸せを願ってたくさんの作品を生み出しました。

こんなにみんなが平和を希求しているのになぜ、世界中が平和にならないのでしょうか? 私たち大人は平和を築く努力をしているのでしょうか? 私たち日本国民は、戦後つくられた平和憲法のもとに戦争を放棄しましたが、武力を持たないと謳った日本の憲法が機能しているか、三権分立はどうなっているのか、権力が暴走しないように監視しているかどうか。

平和だからこそ、夢や希望を与える物語を子どもたちに手渡すことができます。同時に歴史をきちんと伝えていくのも大人の仕事であり、本屋の役目だと思っています。この国の平和を願い、子どもたちの笑顔を願って、今日も私たちは平和通の扉を開けています。

◆作り手からのメッセージ◆
改版をしたのは昨年末でした。色あざやかに生まれ変わったロングセラー絵本ですが、その後に起きたロシアのウクライナ侵攻と世界情勢の緊張が長引くなかで、再び注目されています。合言葉はただひとつ、「子どものために!」。完訳の大型絵本『動物会議』(池田香代子訳)もございます。(岩波書店 児童書編集部 編集長 愛宕裕子さんより)

 

こども冨貴堂(Tel. 0166-25-3169)
〒070-0037 北海道旭川市7条通8丁目買物公園


(「日販通信」2022年9月号「わが店のイチオシ本」より転載)