人と本や本屋さんとをつなぐWEBメディア「ほんのひきだし」

人と本や本屋さんとをつなぐWEBメディア「ほんのひきだし」

  1. HOME
  2. 本屋を楽しむ
  3. 本屋にきく
  4. “本の街”のランドマークとして140年 三省堂書店神保町本店のこれまでとこれから

“本の街”のランドマークとして140年 三省堂書店神保町本店のこれまでとこれから

2021年9月に、本社ビル建替えを発表した三省堂書店神保町本店。これは、1981年3月に創業100周年記念事業として竣工した建物を設備の老朽化により解体し、一新するものです。そのため同店は、2022年5月8日をもって一時閉店し、6月1日より仮店舗にて営業を開始する予定となっています。本稿では前本店長の副田陸児執行役員と、現本店長の杉本佳文氏に、神保町本店のこれまでと業界を含めた今後についてお話を伺いました。

(写真右)三省堂書店 執行役員 副田陸児 氏、(左)三省堂書店 神保町本店長 杉本佳文 氏

(2022年3月17日取材/「日販通信」2022年5月号から一部抜粋・編集してお届けします)

 

客層に合わせた「軽くならない」売場を作る

――まずはお二人のご経歴と、神保町本店との関わりについてお聞かせください。

副田 私はこのビルが出来て10年弱ぐらいの時に、中途採用で入社しました。最初はこのビルの5階で医学書を担当。7年ほど在籍し、その後、近隣や地方の店舗とこの本店を行き来しています。

神保町本店には計3回配属となり、1回目が一担当者、2回目は3階(経営・ビジネス)の係長として来て、その後1階の係長、副本店長をやりました。3回目は本店長として着任し、一昨年の12月まで8年ほど務めたのち現職となったので、延べだとわりと長い期間関わっていますね。

杉本 私は入社してもうすぐ25年になるのですが、実は神保町本店ではあまり勤務していないんです。入社してそごう千葉店で4年、名古屋に異動して5年、その後、初めて神保町本店で、副田と同じく医学書を半年くらい担当しました。大丸東京、新宿、新横浜、札幌と転々とした後、神保町で本部MD担当兼次長として、また医学書担当となりました。

――医学書というと、書店さんの中でも専門性が高い売場だと思いますが、お二人とも神保町本店では医学書からスタートされたのですね。そういうパターンは多いのですか。

杉本 レアケースだと思います(笑)。専門書と同様、普通は医学書を一度担当すると長くなる傾向にあります。

私の場合は半年くらいでまた千葉に、今度は店長として3年ほど行き、副本店長として戻ってきてその後副田とチェンジする形で神保町本店長になりました。

――そうすると、お二人で10年以上にわたり神保町本店を率いてこられたことになりますね。その間、どのような方針で店舗を運営されていましたか。

副田 当店はターミナル駅と違って、商業施設が周りにあるわけではありません。神保町は本の街として知られるだけあって、たとえばショッピングのついでに書店に寄るというのではなく、お客様は最初から本を目的に来られています。また周りに出版社さんも多いので、読み応えのある、わりあい高単価の本も売れますので、品揃えが軽くならないように気をつけていました。

書店も一般的に女性客の方が多い傾向があると思うのですが、神保町は街自体が男性が多いイメージです。普通、雑誌売場は女性誌から始まりますが、当店は男性誌から始まるなど、そういう特徴は意識していました。

▲1F奥にある雑誌売場。進んでまずビジネスや男性ファッションなど男性向けの売場が広がるのも神保町本店の特徴

杉本 私は今回の閉店が決まった状態で本店長を引継いだのですが、このお店や神保町に関しての知識が浅い部分がありましたので、まずはそこをしっかり勉強しようと思ってスタートしました。歴史をいろいろ振り返ってみたり、話を聞いたりするところから始めて、閉店に向けてはお客様や出版社の皆さんにスポットを当てながら、催事の企画などを進めてきました。

その中で、やはり当店が本の街を代表する書店であることを改めて意識しましたので、副田が申しておりましたように、まずは品揃えが軽くならない、当店に来ればほしいものが必ずあるというところが重要だと考えています。

――今回の一時閉店については大きな話題となりましたね。どのような声が寄せられていますか。

杉本 新たな建物は2025~6年頃に竣工の予定だということもあわせてリリースしていますので、「残念です」という声とともに、「期待しています」という言葉を多くいただいています。入口のところにお客様の声をカードに書いて貼っていただく掲示板を設置しているのですが、「祖母の代から3世代で通っています」といったものや、「建替えになると聞いて、一度見に行きたいと思って来ました」と、京都や長野からいらしたお客様のコメントもありました。非常に嬉しいですし、ありがたいなと感謝しています。

▲店舗1F入口に設けられた、お客様に40年間の思い出を募る掲示板。いずれのカードにもびっしりお客様の想いが綴られている

▲1Fエントランスを入った右手の壁面では、作家をはじめとする「著名人選書フェア」を選者のコメント付きで展開

▲「お客様推薦本フェア」として、「親愛なるあなたに贈る」「最近読んで特に印象深い一冊」などのテーマでお客様から推薦本を募り、コメントを合わせて紹介

 

店名に込められた街への想い

――現在のビルの竣工時は、新神田本店として開店されています。2007年に神保町本店に名称が変更になっていますが、これはどういった経緯があったのでしょうか。

副田 2007年に神保町の街を盛り上げようと、「本の街・神保町を元気にする会」が作られました。初代の会長には弊社の当時社長であった亀井(忠雄・ 現代表取締役会長)が就き、地元の書店や出版社、飲食店の有志がトップに立って神保町という街をもっと活性化しようと取り組んできました。当店の住所は神田神保町1の1なので、「神保町」という名前をもっとクローズアップしようということでの改称だったのでしょう。

そもそも神田といっても広いですし、当店のJRの最寄りは御茶ノ水駅で、神田駅からは距離があります。実際に「神田本店」だったころには、トークイベントに登壇されるご本人が神田駅から徒歩で来られて開始に間に合わず、イベントが遅れてスタートしたことがありました。

▲現本社ビルの壁には「神田神保町一丁目一番地三省堂書店ビル」と、所在地とビル名が記されている

――さきほど、「軽くならない、物がしっかりある」品揃えを重視されているというお話がありました。1000坪という大型店でその状況を維持するためには、どのようなことがポイントになりますか。

杉本 近隣に出版社さんがたくさんありますので、商品が足りなくなったらすぐに持ってきていただけます。そんな、非常にありがたい立地に助けられている部分は大きいですね。

もちろん同じ場所で長く営業を続けられるということは、代々受け継がれてきているものや、スタッフの身体に染み付いているものもあるでしょう。とはいえ残念ながら、品揃え、管理という意味では昔ほどのレベルには届いていないかもしれません。

昔はスリップや棚を見る時間が常にありましたが、従業員の入れ替わりも激しくなりましたし、細かいところまで手が回らなくなっています。その分をPOSをはじめとするシステムで補ってきているのでしょうが、それでも対応できなくなりつつあるのが現状です。その部分をどのように改善していくのかが、当店に限らず課題だと考えています。

▲現ビルでの営業終了に伴い、「ONE PIECE」のルフィと「名探偵コナン」のコナンが描かれた、大きな懸垂幕が設置されたことも話題となった。地元出版社である集英社と小学館の協力により実現した

――現在は、一時閉店前ということで関連フェアも多く実施されていますが、それにかかわらず、各売場で提案性の高いフェアが実施されています。特に平台などでは、新刊に限らない鮮度と精度の高さといったものを感じます。

杉本 新刊も1階や各フロアでしっかり置いてはいますが、確かに割合でみると、他店よりは比較的、既刊が前に出ているケースもあるかもしれません。特に時勢に絡めた企画や追悼のコーナーなどは、出版社や新聞社が近隣にあることもあって売行きが瞬時に上がります。そういった意味では時代をしっかり見ながら展開している棚が多いと言えますが、反面、統制がとれていないなと感じることもあります。

一般的に何か企画をやる際は、ルールがあって展開場所も決まっているお店が多いのではないかと思います。弊社は比較的自由な社風のこともあり、担当者が思いついたらその本人の範疇で、知らないうちに展開が始まっていることもあるので……(笑)。

――来店する側からすると、その自由さが店内各所での偶発的な出会いを生み出しているのではないでしょうか。

杉本 そういった展開をおもしろいと思っていただけるといいですね。

 

変わること、変わらずに守り続けること

――建替えに関して、現時点で決まっていることや展望などについてお聞かせいただけますか。

副田 まだコンセプトを策定している段階で、お話しできることはほとんどないのですが、建物のだいたいの仕様は決まってきていますね。

杉本 店頭にいる人間は新店を作る際、いつもは「出来上がっている入れ物の中にどういう店舗を作るか」と内装から始まるのが普通なので、そこがゼロから作る今回とは絶対的に違います。

ただ、建て替えに関してお客様にアンケートを取ったところ、変えないでほしいというご意見が圧倒的に多かったです。

――それだけ長年にわたって多くの方に愛されてきたということですね。

杉本 40年前にいまの本店がオープンしたときのフロア構成図を見てみると、実はいまとほとんど変わっていないんです。変わらないということは、長く来店してくださっている方々にとっては、目当てのものがすぐ見つかるという安心感もあるのかもしれませんね。

――貴店を刷新されるにあたり、改めていま感じていらっしゃる課題やこれからの展望について伺えますか。

副田 書店数が減少し、右肩下がりの状況が続いていたところに新型コロナの感染拡大があって、我々も大きく影響を受けています。チェーン全体を見渡しても、特に弊社は都心型に傾注してきましたので、家賃の問題も大きいですし、都心で本屋を経営するというビジネスモデルが崩壊しつつある。まさに過渡期だと感じています。

コロナが収束したとしても、リモートで仕事をする人が増えているなどいままでとはライフスタイルが変わってしまっているので、それに対応した運営を考えていかなければなりません。当然、粗利改善などにも取り組みますが、抜本的には売上が回復しないと厳しい。まずはさまざまな企画などで店頭での発信力を強化し、店頭でなければ出合わなかった本と出合う場を守り続けるということだと思っています。そのためにも今回の建替えを機に、新たな本店の形を模索していきたいと考えています。

▼「三省堂書店神保町100頁日誌」では閉店を前にし、SNSを活用して店頭のフェアや本店にまつわるエピソードを日々紹介している。お客様と店舗をつなぐだけでなく、記録としても読み応えのある内容になっている