4月22日に発売された本城雅人さんのミステリ『にごりの月に誘われ』。“ゴーストライター”を主人公とした本作は、かつて記者として活躍した本城さんの実体験から生まれたそうです。
本作の刊行を機に、そんな本城さんが夢見るある「書店での光景」について、エッセイを寄せていただきました。
本城雅人
ほんじょう・まさと。1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒業。産経新聞社入社後、産経新聞浦和総局を経てサンケイスポーツで記者として活躍。2009年『ノーバディノウズ』が第16回松本清張賞候補となりデビュー。『トリダシ』で第18回大藪春彦賞候補、第37回吉川英治文学新人賞候補、『傍流の記者』で第159回直木三十五賞候補。2017年『ミッドナイト・ジャーナル』で第38回吉川英治文学新人賞受賞。
私もゴーストライター!?
私が学生の頃だからもう30年以上前、その頃は友人たちと待ち合わせするのはいつも書店だった。〇〇書店まで名称を言わなくても「〇〇駅北口の本屋さんで」くらいの約束で目安はついた。早く到着した時は並んでいる書棚からベストセラー本や興味が惹かれるタイトルの書籍を手に取り、購入した。そうした中から知識を学び、流行を知った。
もっともいつもいい客だったわけではなく、立ち読みもよくした(ごめんなさい)。一番に感謝しなくてはならないのは大学2年生の時。将来スポーツマスコミで働きたく「優駿」「Number」「ベースボールマガジン」の3つの編集部にアルバイトを直談判しようと企てるのだが、横浜のはずれに住んでいた私は、住所は分かっても都内の地理勘がない。当時はグーグルマップも携帯電話もなく、書店に出向いて「東京23区地図」を開き、頭の中で丸暗記したのだ。
知らない場所に行くにも書店にいけばなんとかなる、書店は「安心のシンボル」でもあったのだ。
その中から最初に訪問した「優駿」でバイトとして2年間雇ってもらった私は、その経験を活かして新聞社に入社。担当記者として事件やスポーツを直接取材し、自分の名前で記事を書いた。同時に新聞の仕事としてプロ野球選手、競馬関係者、お笑いタレント、政治家など多くのゴーストライターもやった。
2014年に発覚した「全聾の天才作曲家」騒動で、ゴーストライターという呼び名じたい、聞こえが悪くなったが、新聞、雑誌でプロ野球やサッカー、五輪競技などの元監督、選手が評しているのは、ほぼ記者が書いていると言っていい(もちろん勝手に書いているのではなく、一緒に観戦して話を聞き代筆する。最近は構成=〇〇など代筆者が表示されるようになったが、私の頃はそんな面倒なことはしなかった)。
日々、彼らになりきって書くという信頼関係から、新聞だけでなく、自叙伝やビジネス書も代筆。中でもある有名監督から依頼された本はミリオンセラーになった。
その本はどの書店にも山積みされ、お客さんが次々と手に取ってレジまで持っていく。自分がその本を代筆したことを誇りに思ったし、その光景を目にして自分でも本を書きたいと決意し、1冊目の『ノーバディノウズ』が刊行されると、スパッと会社をやめ専業作家になった(自分もすぐにベストセラー作家になれると大いなる勘違いをしたわけだが……)。次々と客が書店を訪れて本を買ってくれる、あのシーンを思い起こすと、毎日のしんどい執筆にも耐えられる。
この4月、ゴーストライターを主人公にしたミステリー、『にごりの月に誘われ』(東京創元社)を刊行した。フリーライターの上阪傑はかつてIT経営者のゴーストライターを任された。その本は大ベストセラーになったが、口約束だったため代筆報酬は支払われなかった。それ以来、絶縁関係であったのに突然、代理人を名乗る弁護士を通じて、ⅠT経営者と再会し、また書いてほしいと依頼される。しかも今回は「今まで話していない内容を話す」とまで言われ。なぜ自分がまたゴーストライターに選ばれたのか。このような内容をどうして今明かす必要があるのか。もしや依頼者になにか魂胆があるのではないか……そんな内容だ。
通常、代筆報酬は出版社から支払われるものだが、普段の取材活動で有名人と交流している番記者などは、依頼人から頼まれ、直接報酬を受け取るケースもある。実はそうした不明確な契約形態のせいで、私も苦い経験をした。
とはいえ、そうした実体験があったから、この本が書けたのも事実だ。願わくは書店を訪れたお客さんが『にごりの月に誘われ』を手に取り、早く読みたい思いが溢れた笑顔でレジに並んでくれる……かつての本で見た光景がここまで再現できたらと、夢を描いている。
(「日販通信」2022年5月号「書店との出合い」より転載)
著者の最新刊
- にごりの月に誘われ
- 著者:本城雅人
- 発売日:2022年04月
- 発行所:東京創元社
- 価格:1,980円(税込)
- ISBNコード:9784488028572
時代を先取りするカリスマ経営者として有名な、IT大企業の会長・釜田芳人から直々に、自叙伝の代筆(ゴースト)の依頼を受けた上阪傑。余命6カ月だという釜田とは、かつて3冊の著作を代筆した後に支払いトラブルとなり、実に11年ぶりの再会だった。病床にある釜田を訪ね、1日1時間の約束で取材を進めていくと、これまでどこにも明かしてこなかったエピソードが出てくるのみならず、今までの本の内容に嘘があったことがわかってくる──。この依頼の裏に果たして何があるのか……。吉川英治文学新人賞受賞者が、“出版界の闇”に鋭く切り込む、驚愕のミステリ。
〈東京創元社 公式サイト『にごりの月に誘われ』より〉