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【原田ひ香さんの書店との出合い】書店には、実際の本以上の宝物がつまっている

書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、累計発行部数70万部を突破しているベストセラー『三千円の使いかた』など、人気作を多く生み出している、原田ひ香さんのご登場です。

6月21日(水)に発売された『図書館のお夜食』は、夜の図書館を舞台に、大好きな本に携わる仕事をしながらも、悩み、奮闘する主人公を描いた物語。昨今の出版不況により、熱意のある書店員が辞めてしまう現状をみた原田さんの、切実な想いが込められています。

そんな原田さんに、子どものころ通っていた“我が町の本屋さん”でのエピソードについて綴っていただきました。

原田ひ香
はらだ・ひか。1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で、第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。2007年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。『三千円の使いかた』で宮崎本大賞受賞。著書に『老人ホテル』『財布は踊る』『古本食堂』『一橋桐子(76)の犯罪日記』『ランチ酒』『三人屋』などがある。

 

我が町の本屋さん

今の若い人には通じないかもしれないが、昔は元旦、1月1日といったら、町のすべての店は閉まっていた。コンビニなんてなかったし、デパートは三が日はお休みだった。道路にアスファルトはなく、雨が降れば泥だらけになった。それって田舎の話ですよね、と言われそうだけど、横浜市内でもそうだった。そんなうちの町で、元旦、唯一開いていたのが書店だった。

チェーンでもない、おそらくは店主さんの名前と思われるものがそのままついた個人書店だ(今も健在である)。たぶん、お年玉をもらった子どもが買いに来ること、正月のテレビにも飽きた大人がぶらりと来店すること、そんなことを想定して開けられていたのだろう。

素敵な考え方だと思う。毎年、1月1日から店を開けるのはきっと書店さんにとっても大変だったはずだ。だけど、1年の最初の買い物は書店であって欲しい、いや、うちの町の人たちは本や雑誌を買ってくれるはずだ、という信頼もあったのではないだろうか。

そんな書店に、10年近く前、私は元旦、訪れたことがある。たまたま実家に訪れていた親戚の子どもたちを連れて行ったのだ。その時、何気なく親戚の子どもたちにお年玉代わりに「1,000円分、なんでも好きな本を買っていいよ」と言った。それからが大変だった。

自分が好きなシリーズものの児童書を選ぶ子、マンガ雑誌を選ぶ子、ゲームの攻略本を選ぶ子……。皆、大騒ぎで上手に1,000円以内になるように計算したり、余ったお金は他の子と共同で1冊分にできないか話し合ったり……。あっという間に30分が過ぎ、40分が過ぎ、1時間近く経っても店から出てこない。仕方なく、「じゃあ、消費税分も入れていいよ、1,080円まで出すよ」と提案した。

するとさらに大騒ぎになった。だったら、計算が一からやり直しだ、というのだ。一度諦めた本をまた入れて、別の本をやめたり、計算し直したり……。1時間はとうに過ぎて、かれこれ2時間近く店にいたのではないだろうか。あの時は寒い中、いらいらと子どもたちが本を選ぶのを待ったけど、今はいい思い出になったと懐かしく思い出す。本って、書店ってなんて素敵なんだろう、1,000円くらいでも楽しく物を選んで遊べるのだから。

私はその書店で、最初の村上春樹さんの本を買ったし、最初の岩波文庫も買ったし、最初の田辺聖子さんの本も買った。その町を離れる30歳の頃まで、たいていの本はそこで買っていた。

いまだに夢に見る本がある。30年以上前に村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のサイン本が置かれたことがあったのだ。今調べると『世界の終り~』が書かれたのが1985年だという。私は15歳だ。私が最初に村上さんの本を読んだのは16歳の頃だと思う。

でも記憶をたどると、なぜか、大学生の頃……。1990年代に書店にぽつんと「村上春樹サイン本の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』があった。今は、新刊が出版された時にサイン本が作られることが多いイメージだが、当時、何か、キャンペーンでもあったのだろうか。とにかく、その本はあった。あの有名なピンクの表紙の箱入りの本である。

でも、その数年前に私はすでにその本を買って持っていたので、「いいなあ、欲しいなあ」と思いながら、見過ごしてしまった。その後、何回か書店に行って、そのたびに「欲しいなあ」と思って手に取ったのに、当時の経済状態もあって買うことはなかった。

村上さんがなかなかサイン本を作らない作家だということを知ったのはそれからずっと後のことだった。どうしてあの時買わなかったのか、お金がない大学生だったといっても、絶対に買えない訳ではなかった。アルバイト料が入った日に行けば買えたはずなのに、といまだに悔しい。その本が店のどのあたりにあって、どんなふうに置いておかれたかもよく憶えている。夢の中では本がぼんやり光っているほどだ。でも、そんな思い出は、実際の本以上に私の宝物になっている。

 

著者の最新刊

図書館のお夜食
著者:原田ひ香
発売日:2023年6月
発行所:ポプラ社
価格:1,760円(税込)
ISBN:9784591178249

東北の書店に勤めるもののうまく行かず、書店の仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った、東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。そこは普通の図書館と異なり、開館時間が夕方7時~12時までで、そして亡くなった作家の蔵書が集められた、いわば本の博物館のような図書館だった。乙葉は「夜の図書館」で予想外の事件に遭遇しながら、「働くこと」について考えていく。

(ポプラ社公式サイト『図書館のお夜食』より)

 

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