現実を見よ
真剣な出会いを求める人々が最後の希望を託す場所・結婚相談所。人生のパートナーを見つけたいという切実な思いを抱える人々は、ときに「お金を払ったのだから、たくさんの候補者の中から運命の相手を紹介してもらえるはず」という期待を抱くこともあるでしょう。
しかし、そんな「運命待ち」の相談者たちに現実を突きつける結婚アドバイザーがいます。
それが『運命など存在しないので』の柏木です。

丸坊主に白いスーツの柏木は、一見すると結婚アドバイザーには見えません。しかし一般的な結婚相談所における成婚率が10%前後であるのに対し、90%という驚異の成婚率を叩き出すのです。
それも、めちゃめちゃ毒を吐きながら……。
この漫画はロマンチックな「運命論」を否定しながら驚異の成婚率を誇る柏木と相談者の「本気の伴走」を見せてくれます。
本当に結婚したいんですか?
みんなの幸せのお手伝いをしたい……そんな気持ちで結婚相談所・はぴえば(株)に就職したユナが出会ったのは、強面の結婚アドバイザー・柏木。彼の仕事ぶりは、ユナが夢見ていた「運命の2人を結婚に導く素敵な仕事」とは真逆でした。

この女性は婚活歴5年の“上野さん”。
「その場で5秒で直せないことを指摘するのはハラスメント」なんて声もある中、上野さんに対してかなり踏み込んだ質問をする柏木。なぜ、こんなに厳しいの?

それは、非合理的なことが大嫌いな柏木が「お客様」に対しても「成婚しない本当の理由」を惜しみなく明かすから。
たしかに、仮に事実だとしてもここまで厳しいことを言われたら、反発を覚えて相談所を去っていく人がいてもおかしくありません。上野さんも悔しさに涙を流します。

しかし柏木の真っ直ぐな言葉は、「変わりたい」と強く思った上野さんの胸を打ち、柏木もまた、彼女のことを見放すことはなかったのです。
結果、相談所からの紹介を受けることなく、上野さんは自力で結婚相手を見つけます。自分の実績にはならないその結婚を、柏木は心から祝福したのです。

口から出るのは暴言に見えて、相談者にとって何より必要なこと。「成婚率90%」は、この柏木だけの仕事術によるものだったのです。
この作品は結婚相談所を舞台にしたお仕事漫画としても秀逸。

たとえば、面談の空気感、プロフィールや写真の見られ方、申込み・申受けの判断など、業界のリアルが随所に描かれています。
エンタメとしての楽しさはもちろん、「結婚相談所に行ってみようかな」と考える人が、知りたいけれど聞きにくい情報を楽しみながら知れるのもいいんです。
夢を語らないでください

「婚活はビジネスと同じ」と考える柏木は、非合理的な感情論を徹底的に排除します。
たとえば子どもが欲しいから20代の女性と結婚したいと主張する50代男性・“目黒さん”には「夢を語らないでもらえますか?」と現実を突きつけます。
しかしそれは「あなたは結婚できない」と突き放しているのではありません。

「本当にそういう結婚がしたかったなら、今まで行動していないのはなぜか?」
鋭い指摘や質問は相談者の行動に隠れた本心を見抜き、現実的な道筋を洗い出すためのものなのです。
タイトルの「運命など存在しないので」には、さまざまな言葉を続けることができると思いますが、「本当の目的を見失わないで」も、その1つだと言えるでしょう。
「強者」は「弱者」を選ばない?
はぴえば(株)には、それぞれに複雑な事情や理想を抱えた、一筋縄ではいかない相談者たちが続々と登場します。

1人の人として見れば魅力的な面もあるものの、結婚市場ではとたんに弱い立場になってしまう人もいます。若くて美しく、収入もある……そんな婚活市場の強者との結婚を「弱者」が夢見るのは無謀なの?
現実とのギャップに悩む人々を、柏木はどんな戦略で幸せな結婚へと導くのでしょうか。柏木の“本気の伴走”から、目が離せません!
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(レビュアー:中野亜希)
- 運命など存在しないので 1
- 著者:井原タクヤ
- 発売日:2025年10月
- 発行所:講談社
- 価格:869円(税込)
- ISBNコード:9784065409640
※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2025年11月22日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。

