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音楽を思い出させてくれたのは宇宙人の少女……? 恋×音楽×宇宙の青春ジュブナイル!『宙飛ぶバイオリン』

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たくさんの音楽が響くその星へ

音楽でも映画でも舞踊でも、ものすごく「よい」ものを見せてもらうと骨の奥からホカホカして神経が再起動して口元がニヤけてしまうのだが、『宙飛ぶバイオリン』もまさにそういう体験ができるジュブナイルだ。「めちゃくちゃ飛びますよ……」と言いながら勝手に配りたい。

この先、何年たっても何かのタイミングで「あの場面すごかったなあ」と思い出すような大切なページが幾つもある。

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音楽、宇宙、それから青春。それぞれの音や匂いや温度は別々なのに、調和するとこんなに美しいのか。

先にお伝えすると、このマンガは紙の本で読んでいただきたい。極上だ。でも電子版も楽しいだろうな。70インチくらいの4Kモニターで読んでぶっ飛ばされるのも最高なはず。

 

こんな子いたっけ?

幼い頃からバイオリンを習っていた“吉田良雄”は成長するにつれバイオリンを弾けなくなってしまった。もう触れるのも無理なくらいバイオリンを遠ざけ、転校先でもなじめず、音楽の授業だって下を向いたまま。吉田は「僕は音楽なんて好きじゃない」と思っている。吉田には音楽の知識も絶対音感もある。でもそういう問題ではないのだ。

そんな吉田は、ある少女を「発見」してしまう。

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音楽の授業で歌うこの子は誰? こんな子いたっけ? 彼女は“天野テセラ”と呼ばれ、ずっとクラスにいたじゃないか何言ってんだよ~と級友たちはあきれるけれど、吉田だけはその違和感に気づいてしまう。テセラは突然現れたのだ。

ここから吉田の世界はどんどん変になっていく。

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学校からの帰り道、テセラをこっそり追いかけた先に広がっていたのは全然知らない場所(ここにたどり着くまでの夏らしい描写も美しい。本作の舞台は福井だ)。吉田が感じた違和感は膨らみまくって「こんな子、いたっけ?」どころか「こんな場所、あったっけ?」となる。でも吉田には、そこで聞こえる音楽のことだけはわかる。

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ブランデンブルク協奏曲は本作第1巻のテーマ曲といっていい。当然、読みながら聴いてみた。吉田が見つけた世界を私も体感できたような気がした。

ブランデンブルク協奏曲が流れるなか、ついに吉田は屋上にたどり着き、テセラに会うが……?

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ここから続く圧巻の十数ページは実際に読んでもらいたい。音楽を聴いて「ウワー!」と肌があわ立つ様子が、そのままマンガになっている。このときテセラは「こんにちは。お元気ですか?」と言おうとしている。もしや宇宙人? でもテセラによると違うらしい。

とにかく吉田がテセラに抱いた「違和感」は正しかったのだ。そして吉田と同じ体験をしたことがない私も、その違和感にだけは覚えがある。生まれて初めて「誰か」を意識したとき音楽が鳴ったような気がするし、なぜ自分だけがそれに気づけたのだろうと不思議だった。

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テセラは「音楽が好きだ」という。そして音楽というモノをもっと知りたいらしい。つられて吉田も「僕も音楽が好きなんだ!」と大声で応じる。つまり、わからないことは山ほどあるが、吉田の中で恋が成立してしまったのだ。

 

聴かせて!!

好きな子が音楽好きで、ブランデンブルク協奏曲のことも大いに気に入っているらしい。そうなったら吉田は自分の音楽知識をフルで語ってしまうし、バイオリンのことも話す。当然「聴かせて!!」となる。トントン拍子だ。

でも吉田はバイオリンが弾けない。今の彼がバイオリンを弾けない理由は、思春期の真っただ中にいる彼自身の体や心とも結びついている。でもテセラに聴いてほしい。

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美しい。

ここから本作のもう1本の牙が見えてくる。吉田はなぜバイオリンを弾かなくなったのか。

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バイオリンをどう弾けば、テセラに聴かせたい「いい音」が出せるのか。そもそも「いい音」とは何か。そして “凡人”の自分が「いい音」を奏でられるのか。

吉田は、自分が“天才”ではないことをイヤというほど見せつけられて生きてきたのだ。

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吉田の同門生で、「音楽に愛された天才少女」とうたわれる“仙波カノン”。テセラに聴かせたい音を出せるのは仙波カノン? でもテセラにバイオリンの音を聴いてほしいと思ったのは吉田でしょ? このじれったさが痛くて心地よい。バイオリンを中心に音楽と宇宙が広がる極上の青春マンガだ。

(レビュアー:花森リド)

宙飛ぶバイオリン 1
著者:三原和人
発売日:2025年07月
発行所:講談社
価格:792円(税込)
ISBNコード:9784065400487

※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2025年8月18日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。