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【第4回】泣きたいときも、不安な夜も、おいしいごはんを食べれば大丈夫。『かしましめし』の世界

中山夏美

山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。


アウトドアやエンタメを得意としているライター中山です。社会人として働き始め、大人の世界に飛び込んだ私は漫画雑誌『フィール・ヤング』(祥伝社)に登場する女性たちに憧れていました。恋に仕事に奮闘する主人公の話が多く、「私もこんな生活を送りたい!」と思ったものです。

中でもおかざき真里先生の作品には、激しく憧れました。第4回はその『フィール・ヤング』で連載中の漫画『かしましめし』(祥伝社)を紹介します。

 

『かしましめし』 おかざき真里

あらすじ
心が折れて仕事を辞めた千春。バリキャリだが男でつまずくナカムラ。恋人との関係がうまくいかないゲイの英治。美術大学の同級生が自死し、葬式で再会した3人。「飲みたいね」という話になり、思わず「家においでよ」と言ってしまう千春。それをきっかけに千春家での家ごはんが定番になっていく。3人での食事は、とても幸福で死にそうな心を癒やしてくれる大切な時間に。人生につまずいた3人の恋や仕事、おいしいごはんの物語。

 

新しい一歩を踏み出すときに読む漫画

『かしましめし』は、2016年から『フィール・ヤング』(祥伝社)で連載が始まり、現在コミックが5巻まで出ています。今年の4月からテレビ東京系でドラマもスタート。前田敦子さん、成海璃子さん、塩野瑛久さんが出演しています。

おかざき先生の作品に初めて出会ったのは『サプリ』(祥伝社)でした。広告代理店で働く主人公は、CMを作る部署にいて、連日激務に追われています。大変そうではあるけれど、その仕事に向かう姿勢であったり、合間に出会う男性との恋愛模様など、20代前半の私には非常に刺激的でした。

今でも覚えているのが「私たちは、仕事もオシャレもおいしいお店も知っているし、遊びも経験もあるのに、恋愛だけが私たちを傷つける。くやしくない? もうそれだけでおなかいっぱいになる歳でもないのに」(一部抜粋)というセリフです。仕事も1人の暮らしもうまくいっているのに、それでも恋愛に気持ちが乱されてしまう。「わかる~」と唸ったのを覚えています。

悩んだり、傷ついたり、次の一歩を踏み出したいとき、おかざき先生の漫画は必ず力になってくれる。私はそう思っています。まさに今回の『かしましめし』もそう。早速、その魅力に迫っていきます。

〈魅力1〉熱々のごはんが気持ちを変えてくれる

登場する3人は、美大卒の同級生で28歳。仕事も私生活も次のステージに向かって考え始めるお年頃。それぞれ理由は違うけれど、人生につまずいています。千春は、憧れのデザイン事務所で働くも上司のパワハラで動けなくなり、退職したばかり。バリキャリのナカムラは、同じ職場で働く彼氏が浮気をして婚約解消。後にその彼が同じ部署になることになり、ナカムラは異動させられてしまいます。ゲイの英治は同居している彼氏が連絡もなしに出ていってしまい、さみしい毎日を送っていました。3人は「おいしいごはんを食べる」ことに楽しさを見出し、一緒に暮らし始めます。

3人ともぐちゃぐちゃになりそうな気持ちを抱きながらも、あえてその胸のうちを話すことはしません。また、みんなも相手の気持ちの詮索もしません。その代わり、無心で野菜を刻んだり、じっくり何かを煮込んでみたり。ひたすら手を動かしてごはんを作ります。そして完成した熱々のごはんを3人で一緒に食べる。たったそれだけで、ガサガサだった心がたっぷり潤っていきます。

いっぱい泣いた後は、なんだかお腹が空きますよね。体の塩分が抜けたせいか、ちょっと味の濃いラーメンがおいしかったりして。恋も仕事もままならないけれど、おいしいごはんを食べれば、元気になれるかも。3人がホクホクの笑顔でごはんを食べているのを見ると、そんな風に感じられるのです。

〈魅力2〉登場人物のセリフは名言ばかり!

おかざき先生の漫画は、どれも名言が多いと思っています。冒頭で書いた『サプリ』の忘れられないセリフもそうですが、私の人生においておかざき先生の言葉に救われたことは幾度となくあるのです。『かしましめし』についても然り。3人と境遇は違うのですが、グサッと刺さるセリフが山程出てきます。

「音楽も美味しいごはんもやさしい時間もわけ合わないとすぐ消えてしまう。そのために僕らはいっしょにメシを食う」

「“正しく”“まぶしい”ものを見ると少し不安になる。そんな自分も嫌なので多めにはしゃぐ」

「話したくなれば話せばいい。それまではただ一緒にごはんを食べて笑って。一歩踏み出したとき、そのときに拍手をするためにそばにいる」

いくつか私が刺さったセリフを例に出してみました。誰かに話すほどではないけれど、多分きっと誰もが毎日小さなザワザワを感じて生きていると思います。そのちょっといや~なザワつきをフッと軽くしてくれる。直接関係ない言葉だとしても、なぜか妙に納得してしまうんですよね。心が死にそうなとき、寄り添ってくれる言葉と出会える漫画だと思います。

〈魅力3〉すぐ真似できるレシピが満載

「おいしいごはん」がテーマの本作。漫画の中には、3人が食べたごはんのレシピが紹介されています。しかも、こだわった調味料や難しい工程がない簡単レシピなので、料理初心者でもすぐ真似できるものばかりです!

私も漫画内で紹介されていたレシピを使ってごはんを作った経験があります。おすすめは、1巻の「バターチキンカレー」、2巻の「焼肉屋さんの〆 冷麺風蕎麦」、3巻の「チキンライス」。ホットプレートやフライヤーを使った大人数向け(いつも3人で食べるので)のメニューも出てきます。レシピ本としても優秀な作品です。

誰かとごはんを食べれば、わずかな光が見えてくるかも

おかざき先生は、『かしましめし』を描こうと思った理由のひとつに「他人がいるとちゃんとご飯を作ろうとする自分」がいることに気づいたことだったと言います。お子さんが生まれて、ちゃんと料理をするようになった、と。それは子供のためでもあるけれど、自分のためにもなっているのではないでしょうか。

人生につまずいているとしたら、この漫画を読んで気になったレシピを参考に、ぜひ一度作ってみるのはどうでしょうか。自分の中で何かがちょっと動くのを感じられると思います。


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年4月30日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。