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20億円のクラシックカーに隠された、30年前の真実とは?大沢在昌の傑作ミステリー『晩秋行』

『晩秋行』大沢在昌

尊敬する上司と愛する女は、高価なクラシック・カーと共に消えた。30年前の苦き思い出の真相を、居酒屋の主人が追う。大沢在昌、円熟のミステリー。

大沢在昌は、1979年、「感傷の街角」で第1回小説推理新人賞を受賞してデビューした。この作品の主役の探偵は、20代の若者である。その作者が数十年の歳月を経て、本書を上梓した。主役は62歳の居酒屋の主人だ。この年齢の差を見ただけで、感慨深いものがある。思えばデビュー当初から、大沢作品を読み続けてきた。作者も、読者である私も、ずいぶん遠くまできたものだ。

 

中目黒で居酒屋「いろいろ」の主人をしている円堂は、作家の中村から、クラシック・カーの目撃情報があったとの連絡をもらう。現在、20億以上の値が付く、フェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダーだ。それが、円堂の過去を呼び起こす。

 

バブルの時代、円堂と中村は、「地上げの神様」といわれていた「二見興産」の会長・二見の下で働いていた。しかしバブルがはじけると二見は、六本木のホステスで円堂の恋人だった君香と、スパイダーと共に姿を消したのである。それから30年。まだ君香の行動に納得のいかない円堂は、中村と共にスパイダーの行方を追う。そして、スパイダーを巡る騒動に巻き込まれるのだった。

 

大沢在昌は変わらない。まずはそんなことを思った。なぜならデビュー作同様、本作も失踪人を捜す物語であるからだ。クラシック・カー捜しから始まるが、円堂の真の目的は、二見と君香を捜すこと。なぜ、尊敬する上司と愛する女は、自分を裏切るようにして消えたのか。30年経っても消えないわだかまりが、円堂を駆り立てる。たしかに彼は居酒屋の主人だが、自己規範を持って行動するハードボイルドの主人公として、物語の中に屹立しているのである。

 

その一方で、変わった部分もある。すでに老人といっていい円堂は、何事にもしなやかに対応していく。相手によっては荒々しい態度もとるが、基本的には常識を守り、静かに己の意思を貫くのだ。主人公の、いぶし銀の魅力に、作者の円熟が感じられた。

 

さらに、脇役の存在感も見逃せない。「いろいろ」で働くケンジとユウミ。円堂たちを昔から知る委津子。君香とよく似た奈央子という女。そして二見と君香。特に君香は円堂のファム・ファタール(運命の女)であり、もうひとりの主人公といっていいだろう。

 

その他にも、中村の死の意外な真相や、バブル期から現在に至る歳月の重さなど、読みどころは満載。繰り返しになるが、まさに円熟の作品なのである。

 

晩秋行
著者:大沢在昌
発売日:2025年06月
発行所:双葉社
価格:1,045円(税込)
ISBNコード:9784575528503

 

双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて『晩秋行』の試し読みと、著者・大沢在昌さんのインタビューが公開されています。

『晩秋行』の試し読みはこちら

著者・大沢在昌さんのインタビュー記事はこちら

本書評は、2025年6月11日に文庫版が発売されたことにあたり、双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」2025年6月13日公開「ブックレビュー」より転載したものです。

 

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