出版業界の状況が一段と深刻化する中、10月27日から実施されているキャンペーン「本との新しい出会い、はじまる。BOOK MEETS NEXT」をはじめ、業界では読書推進のためのさまざまな取り組みが行われています。
今回は、書店員としての自身の経験を活かしながら「未来の読者を増やす」ことに心血を注ぐ、合同会社未来読書研究の共同代表であり、特定非営利活動法人 読書の時間理事長の田口幹人さんに、その活動内容とそこに込めた思いについて綴っていただきました。
(「日販通信」2022年11月号【特集】「多様なつながりで“本のある日常”を届ける~読書推進の最前線~」への寄稿の転載です)
撮影:松田麻樹
田口幹人 たぐち・みきと。合同会社未来読書研究所 共同代表、NPO法人読書の時間 理事長
1973年、岩手県生まれ。さわや書店フェザン店から、全国的なヒット作を多く送り出す。2019年さわや書店を退社。現在は楽天ブックスネットワークに勤務。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに、中学校や自治体と連携した読書教育や、本に関するイベントの企画、図書館と書店の協働などを積極的に行う。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』(ポプラ文庫)、編著書に『もういちど、本屋へようこそ』(PHP研究所)がある。
なぜそこに本屋が必要なのか?
はじめまして。合同会社未来読書研究所(以後、未読研)、特定非営利活動法人読書の時間(以下、NPO読書の時間)の田口幹人です。未読研とNPO読書の時間は、共同代表である僕と出版社に勤務する湯浅創を中心に、これまでと違う視点での読書推進活動に賛同してくれた有志が集まり、一人でも多くの“未来の読者”を創ることを目的として設立した団体で、「これからの読者のために今僕たちができること」をテーマとして活動をしています。
本屋は本を買う場であると同時に、来店される方々が趣味や興味を持ち寄り、多くの本から自身の気づきを見つけ出す場でもある。本と出合い、買うことができる場所としての本屋に、地域の情報ネットワークの核として、本を介在させながら人と人、人とモノ、人と地域、地域と地域をつなぐ機能を付け加え、本の未来に寄り添うこれからの本屋の姿とはどんなものなのだろうか。かつてまちに一軒だけあった本屋を閉じ、無書店地域の一つを作った時から、いや、それ以前から考え続けている。
僕たちは、業界の隅に身を置く者として、無条件に「本屋」は素晴らしいのだ、というつもりはないが、本そして読書を通じて得ることのできる豊かさを伝えていきたいと考えている。
本の存在を拠り所とする人を増やすことに、どのように本屋が関わりを持つことができるのか。そこにこそ、「まちには本屋が必要ですか?」という問いに対する一つの答えがあると感じている。
「読書欲は、読みたい本との出合いの蓄積から生まれる」
僕たちの活動のベースとなる言葉だ。読書の楽しみは、読者が自分で本を選択するところから始まる。そう、自分で本を選ぶ楽しみと喜びもまた、読書の一部と言えるのではないだろうか。本の読み方は人それぞれだが、読書は心を開拓し自分の中に創造的で生産的なものを生み出してくれる。読書によって自分が変化し、心に新しく生まれてきたものを育てることや、読み取ったものを日常に結び付けることもできる。
その一冊一冊の本とどのようにして出合うのかを考え、さらには読みたいと思える本をどれだけ蓄積することができる場(きっかけ)を創り続けるかが、本を読みたいという想いにつながっていく。僕たちは、「街」にも「町」にも当たり前のように本と出合える場所があってほしいと考えている。
現在、地方を中心に書店のない自治体、いわゆる無書店地域と呼ばれる自治体が440超に達している。無書店地域の多くの自治体には、かつて本屋があった。残念ながら維持していくだけの売上が見込めなくなったことで閉店していったお店がほとんどである。
今年の春、身が引き締まるお手紙をいただいた。差出人の住所に見覚えがあったからである。
標高1,000メートル級の奥羽山脈に囲まれた特別豪雪地帯・岩手県西和賀町。そう、僕が生まれ育った町だ。その町に一軒だけあった本屋が僕の実家だった。祖父母が立ち上げ、両親が後を継ぎ、僕の代で廃業した。あのまちから本屋を消したことに対して、僕のなかには申し訳なさしかない。店をつくり出した祖父母やそのたすきを受け継いだ父と母にも。
しかし、心身ともに限界だった。毎日、お金の話しか出てこない日々は、本当に辛かった。
廃業して町を出て18年が経過した今なお、ふるさとの名を耳にすると、懐かしさ以上に苦しかった日々が蘇ってくる。
その経験があったからこそ、未読研やNPO読書の時間として活動し、これまでとは違うアプローチで、本と読者、本と地域をつなぐ活動を提案し、本の可能性について様々な媒体を通じて発信してきた。
手紙の差出人の方は、僕たちのセミナーに参加してくださっていたそうだ。きっかけは、地元で高校まで過ごし、大学進学ではじめて町を出た子が帰省した時に語った「大学に入って初めて本屋で立ち読みをしたんです。何時間いてもいいし、いろいろなことを知ることができる。あんな場所、ここの町にはないですよね。高校までの18年間、すごくもったいないことをしたと感じています」の一言だったと。
これが無書店地域の現実である。
現在、その町に新しい本屋が生まれそうである。未読研やNPO読書の時間としてサポートをさせていただいており、故郷に少しだけ恩返しできる機会をいただけたことに感謝している。
この間、無くした後あらためて創り上げることの難しさを痛感し続けてきた。今ある本との出合いの場を今後につないでいくためにできることはないか。
その想いが元となり、本と読者のコミュニケーションを双方向でサポートする機能を創り出すことを目的に未読研とNPO読書の時間を設立し、GIGAスクール構想の下で進む学校教育のデジタル化における読書への影響の調査と、幼少期から小中学期における読書をする環境づくりのサポートをしている。
数年来、出版業界全体のコミュニティの力で、子供たちと本を、学校と社会をつなぎ合わせることができないか、模索し続けてきたが、2023年度から子供たちに本と読書について考えるきっかけとしての〈読書の時間〉という読書の授業を提供させていただく予定で、2022年はさまざまな自治体でモニター授業を実施している。
出版関係者だけではなく、学校図書館に長年携わってきた方や現役の国語科の教諭等、様々な価値観をもつ方々と共に組み立てた読書推進教育プログラム〈読書の時間〉を通じ、本とは何か、本を読むことの豊かさ、本との出合い方、本の基礎からキャリア教育まで、本の周辺を知っていただける内容となっている。
地域的な理由で、学校の中に多様性を確保することが難しいこともあるだろう。本授業はオンラインにも対応しており、子供たちの可能性を広げ、地方と都市部の教育格差、機会格差を埋めることにもつながっていくことを期待している。
〈読書の時間〉は、これからの社会を担っていく子供たちが、「これからの読者」として、暮らしの中に本のある大人に成長するきっかけとして、出版業界の力を学校に注ぐことで、教育がより豊かになっていくことを願い、その一助となれたらと考えている。
今、出版界がしなければいけないことは、「読者を増やすこと」であり、読者の先にある読者の消費者化はその向こう側にあるのだろう。
その視点で考えると、これまで僕は「読者を増やす」よりも「読者の消費者化」を図ってきたのではないかと感じている。だからこそ、まずは読者をつくることに尽力しようと考え、「これからの読者にできることはないか」ということにまっすぐに向き合うことにし、これからの読者のためにできることを学校図書館・公共図書館関係者にお話をうかがい続けた数年間だった。資料の納入業者としての立ち位置とは違う立場で接することで、学校図書館や公共図書館を取り巻く課題も見えてくる。
学校図書館の課題についてはなんといっても予算だろう。第6次学校図書館図書整備等5か年計画については、全体的に下がっている図書に割く予算が、さらに削減されている。新規で購入する分は、学校図書館図書標準の達成率に準じて予算化されていることから、標準達成校が増えたので、新規購入費が削減されることになった。平成5年に策定された学校図書館図書標準が、今でも算出の根拠となっていることを指摘するべきだろう。令和4年度の児童・生徒数は、対平成5年度でみると小学校で69%、中学校で64%となっている。学校数の減少率以上に児童数の減少率は大きく、まずは適正な学校図書館図書標準の算出を訴える必要があるだろう。
一方で古い図書の更新という視点が文部科学省に出てきたのは重要であり、微増であるが更新分が増額に転じていることは今後の図書整備の道筋を示したものと考えることもできる。
▲未読研とNPO読書の時間では、さまざまな自治体と連携し、読書教育のサポートを行っている
本誌への寄稿を依頼された際、書店さんの参考・ヒントとなる内容についてという一文があり正直戸惑った。未読研やNPO読書の時間の活動が、書店さんの参考になることがあるのだろうかと。
人的リソースの関係上、これまで提案することができた自治体は、まだ200程度であるが、導入を検討いただいている自治体で開催させていただいた学校図書館関係者の研修では、予想以上の評価をいただいている。また、どこの馬の骨か分からない僕たちの話を熱心に聞いてくださり、その書店さんのある地域のためにと、連携いただける書店さんも現れた。さらに、趣旨に賛同し協力を申し出てくださる出版社の皆さんも増えてきた。本当にありがたいことである。
2023年度以降、より多くの自治体での研修会やセミナーの開催を計画している。
最近、自治体関係者からお聞きするのは、公募型プロポーザル(企画競争入札)についてである。税の域内還流(地元で買おう)というのを脱する動きが顕著だと感じている。図書館の資料納入に関しても、入札制度からプロポーザルに代わる中で、地元の業者であるにもかかわらず、公募型プロポーザルへ参加すらできないという事例すら現れ始めた。これまで数十年の間図書館への資料の納入を請け負っていた地元の書店が、である。
地域貢献度というあいまいな選定基準がそうさせたのだろう。今後、本の売買は地域貢献度としてカウントされないのではないだろうかとさえ考えてしまう。税の域内還流から脱する動きの中で、本の売買を超えて、地域の読書推進にいかに参画できるかが重要な意味を持っていることを痛感している。
未読研やNPO読書の時間の活動が書店さんと連携できるとすれば、その一点に尽きると言ってもいいのかもしれない。
〈読書の時間〉は、これからの社会を担っていく子供たちが、「これからの読者」として、暮らしの中に本のある大人に成長するきっかけとして、出版業界の力を学校に注ぐことで、教育がより豊かになっていくことを願っており、その活動が書店と地域をつなぐ一助となれたらと考えています。興味がありましたら、ご一報いただけたら幸いです。
▲未来読書研究所のプロジェクト資料より