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“声”はこの世でたったひとつの音色を出す「楽器」――ぼっちな女子高生がアカペラに青春を捧げる!『ヴォカライズ』

ロックバンドやピアニスト、そしてオーケストラなど、音楽を題材にした漫画はたくさんありますが、今回取り上げるのは、アカペラに青春を捧げる高校生たちの音楽漫画です。

本作の主人公は、瀬尾セラ、16歳の女子高生。中学時代、自分の声が低いことをクラスメイトに笑われて以来、声を出すのが苦手になってしまった彼女は、高校入学直後にも、その低い声のせいで周囲と距離ができてしまい、結果的にクラスで“ぼっち”な存在に。

『ヴォカライズ』

アカペラが題材にもかかわらず、「声を出すのが苦手」なセラは、どんなきっかけで声が主役ともいえるアカペラにハマっていくのか。ここが物語序盤のカギとなるわけですが、そこには3つの出会いが重要な役割を果たしていました。

 

クラスで孤立するワケあり男子と出会う

物語の起点となるのは、同じクラスの鳴上尊(なるかみたつと)との出会い。彼は休み時間、そして授業中すらヘッドホンを付けたまま過ごす変わり者。

『ヴォカライズ』

ある日、下校時間になっても放課後の教室で眠っていた鳴上を、セラが親切心から起こそうとしたことがきっかけで、ふたりの間に初めての会話が生まれます。そこで、セラは鳴上がいつもヘッドホンをしている理由を知ることになるのです。

『ヴォカライズ』

『ヴォカライズ』

ひとりの声であれば平気でも、教室のような不特定多数の声に対しては、気持ちが悪くなってしまうという鳴上。共感覚そのものよりも、他人にはなかなか理解されないことに苦笑いを浮かべる鳴上に、声のコンプレックスによって本当の感情を押し殺して生きてきたセラの気持ちはシンクロ。「人に理解してもらえない」という共通の経験をもつふたりは、その距離を縮めていくのです。

 

声が楽器に!? アカペラと出合う

主人公がアカペラと出合わなければ、アカペラ漫画は始まりません。セラが初めてアカペラに触れたのは、放課後に鳴上が隣のクラスの露木友弥(つゆきともや)、通称ロキくんとふたりで気持ちよく歌っているところを覗き見たシーン。

『ヴォカライズ』

あまりにキラキラしたふたりに面食らってしまうセラ。ちゃんとしたコンサート会場やライブハウスではなく、校舎の片隅で楽しそうに歌う男子2名、しかも歌うま。これが、セラとアカペラの出合いです。

それから少しして、鳴上とロキくんに、一緒にアカペラをやらないかと誘われたセラ。低い声というコンプレックスのせいで自分の声が嫌いな彼女にとって、「人前で歌う」などありえない選択。しかし鳴上の声の捉え方は、セラとは異なっていました。

『ヴォカライズ』

そして鳴上は、こんなことを言うのです。

1人 1音
みんなこの世でたったひとつの
音色を出す『楽器』なんだ

声は楽器。この考え方は、セラにアカペラ、そして歌うことに対して前向きな気持ちをもたらしてくれました。

鳴上のこの一連の発言は、セラをアカペラグループに加入させるための打算的誘い文句ではなく、純粋に声の素晴らしさや歌うことの喜びと感動を表現したもの。だからこそ、セラの心にも響いたのかもしれません。

 

コンプレックスは個性!? 新たな自分と出会う

鳴上と知り合い、彼を通じてアカペラとも出合いました。最後の一押しは、自分との出会いです。

これまでも触れてきたように、セラは自分の声にコンプレックスを抱えています。そのせいで、人前でうまく喋れずにクラスでも孤立してしまう始末。ところが、鳴上だけは違います。

『ヴォカライズ』

「君の声が好きだ」は破壊力あるフレーズですね……!

私自身、中学時代の授業中、クラスメイトの女子が教科書の小説を朗読したときの声が素晴らしすぎて、その子を好きになりかけた記憶があります。それだけ「声」というのはパワーがあるし、その分、コンプレックスとなったときのダメージも大きいのかもしれません。

鳴上の場合は人の声の共感覚があり、歌の上手い下手に関係なく、彼の感覚が「握手した」声でないと一緒には歌えないという特殊な事情がありました。そんな彼にとってセラの声は「好き」、つまりはがっちり握手できるもの、ということになるわけです。

鳴上が、ふたりだけで歌ってみようと誘った際の言葉。

『ヴォカライズ』

なんと力強いメッセージでしょう。クラスでは喋らず、常にイヤーマフで音も心を閉ざしているようなキャラクターとは思えない頼もしい存在です。そんな鳴上に支えられて、自分の声に劣等感をもつセラは「人と一緒に歌う」という大きな一歩を踏み出しました。

『ヴォカライズ』

この次のシーンでセラは「この声で歌えてる自分が好き!」と心の中で叫ぶのです。

中学時代に負った傷のせいで、声に対してネガティブな思いばかり抱いていたセラが、初めて感じたに違いない、心の底から湧いてくる声に対するポジティブな感情。この瞬間こそが、新しい自分との出会い。ふたりの瑞々(みずみず)しい表情と併せて、その感動が見事に表現された本作序盤の名シーン、必見です。

こうして、鳴上と出会い、アカペラを知り、自分の声を好きだと思える新しい自分を発見したセラは、鳴上やロキたちと、アカペラ活動をスタートさせます。思っていた以上に迫力あるアカペラパフォーマンス描写に、個性的な新キャラクターの登場など、ここから先のストーリーも見どころたくさん。

アカペラは、一部のアーティストがテレビなどで歌唱することはありますが、アイドルやバンドに比べるとメディア露出は多くありません。私自身あまり通ってきていませんが、本作を通じて、その魅力をたっぷり味わってみたいと思います。

ちなみに、個人的に気になったのは次のコマ。

『ヴォカライズ』

「君の声が好きだ」とは別角度で襲い掛かってくる、めちゃくちゃドキっとするセリフです……!

(レビュアー:ほしのん)

ヴォカライズ 1
著者:小菊路よう
発売日:2025年05月
発行所:講談社
価格:792円(税込)
ISBNコード:9784065394878

※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2025年6月日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。