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藩の陰謀に巻き込まれ、圧倒的な兵力の差に景一郞はどのように戦うのか! |『絶影の剣〈新装版〉日向景一郎シリーズ3』北方謙三

絶影の剣〈新装版〉日向景一郎シリーズ3

10歳になった景一郎の弟・森之助が初めて人を殺すーー。衝撃的なシーンの連続となるシリーズ第三作は兄との対決への萌芽が見える作品である。

祖父将監の遺言を胸に、18歳の景一郞が父を斬る旅に出る第一作『風樹の剣』。薬種屋の杉屋清六の薬草園を兼ねた向島の寮に身を寄せ、伯父貴分の小関鉄馬と、腹違いの弟森之助の養育に明け暮れるが、阿芙蓉(阿片)絡みの暗闘に巻き込まれる第二作『降魔の剣』。

ロードノベルの趣向で青年景一郞の成長を描く一作目、焼き物に向き合うことで景一郞が内面を深化させていく二作目。動と静。タッチこそ対照的だが剣戟シーンの凄まじさは共通している。ところが本書『絶影の剣』はその上を行く。正真正銘のいくさなのである。

景一郞と10歳になった森之助の2人旅から本書は始まる。田村藩城下の一関に住む医師丸尾修理に、薬草の種子を届けることが目的だった。修理はかつて薬草園に寄宿し薬草を学んでいたのだ。だが田村藩では異変が起きていた。疫病が流行ったため山中の諸沢村を封鎖していたのだ。多くの村人が死亡していたが、疫病ではなく毒が原因であることを修理は突きとめていた。事情を知った景一郞は毒消しの薬を携え、修理と封鎖された村に赴いた。この村のさらに奥の山中で、新たな金鉱が発見されていたのだ。田村藩は隣国の大藩の伊達藩と組み、幕府に金鉱の存在が露見しないよう、村人全員を抹殺しようと企んだのである。

解説の池上冬樹氏も記しているが、物語の前半はまさに黒澤明監督の『七人の侍』を想起させる。三万石の小藩とはいえ、藩士を相手に圧倒的な兵力差の中で、景一郞はどのように戦い、生き残った者たちを率いてどのように転進していくのか。それが前半の読みどころだろう。

また藩に直言し危険を顧みず、村に入り治療に専念する修理の変化にも留意したい。せっかく毒から回復したのに、圧倒的な暴力によって命を失っていく者もいる。100人単位の多くの死者を前に、修理は医師であることの無力さを痛感するのだ。この修理の心のありようが、物語の後半の展開へとつながっていく。

そして10歳になった森之助が「大人になったら、兄上に勝てそうか」と問われた時の言葉にも注目したい。

「わかりませんが、いつかは兄上を斬らなければなりません」「仕方がないのです。父の仇ですから」。

そう語った森之助が本書で初めて人を斬り殺す。数多くの死を見てきた森之助の初めての行為。第四作、第五作へ続く森之助の成長と、景一郞との対決。その萌芽が見えるのが本書なのだ。次巻以降も目が離せない。

絶影の剣 新装版
著者:北方謙三
発売日:2025年03月
発行所:双葉社
価格:968円(税込)
ISBNコード:9784575672350

双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて、著者・北方謙三さんのインタビューが公開されています。

著者・北方謙三さんのインタビュー記事はこちら

『小説推理』(双葉社)2025年5月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載

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