親友の人生、私の人生
自分の人生を100%自分のためだけに生きるのはまあまあ難しい。自分のためだけに生きようとすると、大抵ちょっと飽きてしまう瞬間に襲われて、糸が切れた凧のようになる。恋愛をしたり、友だちを作ったり、家庭をもったり、誰かと仕事をするのは、自分に過集中せず人生をいい感じに回転させるためのギミックに思える(ギミック扱いしてごめん)。
モテない女子が、とある出来事をきっかけに人生を逆転させていく『喪女が一肌脱いだなら』のヒロイン“弥恵”の人生はこんな感じだった。
「予定がある」という同僚たちから仕事を押しつけられ、「予定がない」からひたすら押しつけられっぱなしの弥恵は、今までの人生でモテたことなんて一度もない。いわゆる喪女だ。
モテないというのは、恋人の有無ではなく、他人から粗末に扱われることだと思う。
会社の飲み会に自分だけ誘われない、「持ちつ持たれつ」の関係ですらない業務量、挙げ句の果てには「生きながら死んでる社畜」なんて陰で笑われている。もちろん弥恵だって傷ついている。でも「何も感じない」と自分に言い聞かせ、その場から逃げ出すので精いっぱい。
こんな人生がずっと続くのか、地獄だな……と思っていたら、高校時代の親友・“麻里奈”から連絡がくる。上京して長らく疎遠になっていた彼女が、病気療養のために地元に戻って入院中なのだという。
弥恵は麻里奈の入院する病院に行ってみることに。このときの弥恵の反応がとてもいい。喪女のよくないところがフルで展開されている。
麻里奈は昔のままピカピカにキレイだった。それに比べて自分は……。ネガティブが服を着て歩いているような弥恵の心の動きが手に取るようにわかる。そもそも麻里奈と疎遠になったのも、弥恵が連絡を返さなかったからだ。連絡無精はモテない人間がついやってしまう行為No.1だと思う。
苦虫を噛みつぶしたような顔でうつむく弥恵に、麻里奈はこんなことを言い始める。
麻里奈は病気で余命幾ばくもないのだという。彼女が入院しているのは緩和ケアの病棟だった。そして麻里奈は弥恵に「一生のお願いをきいてくれないかな」と言って……、
喪女にソレを頼む!? 麻里奈は「自分が女を保てるうちに、死ぬほどの快楽を味わってみたい」のだという。麻里奈は自分のお気に入りの服を「もらってよ」と弥恵に押しつける。
恋人なんていたことないし、処女で喪女の自分に親友のセフレ探しなんて絶対無理。なのに弥恵は泣けてしょうがない。
麻里奈はもうお気に入りの服を着て街を歩けないかもしれない。生きながら死んでる自分は、生きながら死んだまま、好きでも嫌いでもない服を着て、街をいくらでも歩けるというのに。
麻里奈のセフレ絶対に見つけるから
麻里奈のために一肌脱ぐことを決意した弥恵は、やがてこんな姿に変わる。
キレイ! セフレが欲しい親友のために、親友にふさわしいセフレを探すために、弥恵はモテない自分を脱ぎ捨てようとする。肌や髪を手入れして、ダイエットもして、自分に似合うメイクや服装を研究して……そうすれば男と交渉できると考えたのだ。
麻里奈のためなら、合コンだって参戦する。社内の飲み会でハブられていた弥恵は過去の姿。
こうして弥恵による麻里奈のセフレにふさわしい男探しが始まる。これがめちゃくちゃおもしろい。弥恵の新しい姿と、男たちのいろんな姿がどんどんあらわになる。
美しくなった弥恵を周囲の男たちは放っておかない。手のひら返しをする男を、弥恵は用心深く観察し、グイグイ近づいていく。今もなお処女の弥恵には不慣れで混乱する出来事ばかりだけど麻里奈のためならなんでもできる。
弱肉強食の世界で自分こそが強者だと思い込んでいた男がたちまち醜態をさらしたり、
女癖最悪の男といわれ、実際とてもチャラい社長に「何か」を感じ取ってセフレ候補としてアプローチをかけたり。弥恵の嗅覚はとても正しい気がする。
そして麻里奈との再会で自分の人生に火がともったことを弥恵は自覚している。人の人生を生きることは不可能で、誰かが隣にいたとしても、究極には自分のためにしか生きられない。いつ死ぬかわからないなら、思うままに生きてみたい。読み応えのある人生逆転劇だ。
*
(レビュアー:花森リド)
- 喪女が一肌脱いだなら 1
- 著者:上野りゅうじん
- 発売日:2025年03月
- 発行所:講談社
- 価格:792円(税込)
- ISBNコード:9784065389867
※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2025年4月16日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。