「日本で一番稼ぐ風俗嬢」による赤裸々なフォト・エッセイ
著者は「まりてん」。
風俗業界で働く女の子たちによる登録者数23.6万人のYouTubeチャンネル『ホンクレch~本指になってくれますか?~』を運営する人気YouTuberであり、全国風俗嬢の頂点「ミスヘブン」に輝いた経歴も持つ、業界トップクラスの現役風俗嬢だ。
「まりてん」は彼女のデリヘル嬢としての源氏名であり、「まりな店長」の略。
自身が経営していた池袋のデリヘル店以降、この源氏名を使用しているという。
彼女は、幼少期に母親が信仰し始めた新興宗教の影響で、異常に制約の多い小・中・高校生時代を過ごすことになる。そんな生活への「反逆者」として、大学で一人暮らしを始めて「遊び人」「逆ナン師」として大爆発。
あまりに清廉潔白を求めるその宗教の教義に対して感じた疑念を「答え合わせ」するがごとく、多くの異性と体を合わせる「デリヘル嬢」という仕事に辿(たど)り着く。
本書では「日本で一番稼ぐ風俗嬢」であった著者が、自身の半生を飾ることなく振り返り、風俗嬢になった経緯と、キャストとしての自分にこだわり続けた理由を語る。さらに、風俗店経営に関連するさまざまなストレスから自殺未遂をしてしまうなど、数多のトラブルを経て精神病棟へ。そこから風俗嬢に復帰して全国一に輝き、さらに現役風俗嬢兼トップYouTuberとなった今、考えていることを、赤裸々につづったフォト・エッセイである。
風俗嬢は何を売っているのか、客は何を求めているのか。
隣人をみな愛せよ、裏切られても許して、真の清廉潔白であれ――、そんなバカな、そんなことはないだろう。
それに、神さまはいつもあなたたちを見ています、という説教が私にとっては無性に怖くて、呪いに近いものだとさえ感じていました。いつも監視されてどこにも逃げられない、ウソもつけない、そんなしんどい生き方をしなければならないのか。
だから逆ナンは、私にとっての答え合わせ。
人は誰しも聖人のようには生きられない。でも、それを証明できない。だからいろんな人の心の秘められた叫びを聞きだすことによって、いろんなサンプリングをすることで、「やっぱそうじゃん、人間なんてそんなもんじゃん」、と自分のなかで落とし込みたかった。人間らしさに触れられた瞬間、私はものすごく気持ちよくなる。
自身で人気デリヘル店を経営していた経験も持ち、風俗業界の表も裏も知り尽くしているであろう「まりてん」の著書だけに、さまざまな業界裏話や「面白い客」「痛い客」のエピソードもあるのかと思いきや、そういう下世話な話、スキャンダラスなトピックはほとんどない。
むしろ、No.1風俗嬢であった彼女が自らの半生と正面から向き合い、目を背けたい過去ともとことん対峙。可能な限りさらけ出した「裸のまりてん」に触れられる1冊と言える。
風俗嬢とは何を売っている人たちなのか。「体を売っている」という批判の対象とされることも多いが、まりてんの答えは「お客様との関係性を売っている」。風俗の接客はお客様との一期一会の出会いであり、5年後、10年後に思い出したときに「無意味なもの」ではなく「温かい気持ちになるもの」でありたいという、自身の信念も語られていた。
詳細は忘れてしまったが、10年以上前の人気テキストサイト(今でいうブログ)の主(男性)が風俗好きの気持ちを代弁していた文章の中で「中年男性が、風俗に性的な快楽を求めて通っているのも否定しないが、そんなものは小さな要素。それ以上に精神的な充足感、癒しを求めているんだ」というような内容を記していたのを読んで「そんなものなのかな」と印象に残っていたことを思い出した、
そんな「まりてん」の接客術(性的なサービスの内容ではなく、会話や関係性構築の極意のようなもの)の信念も語られていた。正直、苦笑いしながら「うわ、こりゃ怖い」と感じたのは以下の一節だ。
逆ナンパ師時代から変わらず、自分の攻撃性を消せるところが私のストロングポイントでした。下手に出て、なるべく早い段階で相手にマウントをとらせます。
マウントとは「相手より優位になっていると見せつけるような言動」ですが、この言葉を使うときはパワハラやモラハラを訴えたりと、ネガティブな要因がほとんどです。ですが、私はあえてお客様にマウントをとらせます。
マウントをいかにとらせるか、自慢話をどう引き出すか、男性の見栄をどう引っ張り出すか、そういうところが接客のカギです。
あえて「やられ役」になるのです。「今日はここだよ。ほら、ここを踏むんだよ」といった具合で、コース時間内の会話の中に大量の「マウントスポット」をちりばめて、お客様が乗っかってマウントをとってきてくれたら、もうこっちは「よっしゃ!」って感じです。そこでお説教でもしようものなら、もうこっちのもん、なんてね。
風俗嬢に対して無意識に自分より下に見ているような客ならば、「まりてん」のこのような接客を受けたら、見事に策略にハマってしまうように思う。
客としては現実から離れた「幻想の世界」の住人になったつもりで風俗を利用しているかもしれないが、当然ながらその世界も日常と地続きの現実である。いまさらのようにその事実を突きつけられた一節だった。
もちろん、風俗嬢側も客も、多くはそれがわかったうえで、揃って「その空間を楽しむための役」を演じていることが多いと思う。それでも家族や友人、身の回りの親しい人には言えない「腹の中のどろどろした何か」を、風俗嬢を相手に吐き出す人も多いのだろう。
そして、その「どろどろした何か」を「人間の本質」として面白がる「まりてん」にとっては、デリヘル嬢という仕事は「導かれた天職」だったのかもしれない。
最後に、著者がYouTubeやこの本など、自身の発信を行う理由について語っていたページを引用して、終わろうと思う。
風俗業というもの自体の是非については多くの意見も目にするし、人によってさまざま考え方はあるだろう。それでもこのページで彼女が語っている。
「自ら選ぶはずがない」と言われるこのお仕事を、
楽しんでやっている人間も中にはいるよって、
表明したくてやっています。誰かを救うとか、変えるとか、私にはできない。
だけど、もしひとつだけ願うとしたら、
「きっと嫌々接客しているんだろうな」と思っている
お客様の気持ちを変えたい。
という言葉には納得できるし、否定されるべきでもないと思う。
もちろんこの言葉によって、風俗業とそれに関わる人全体が肯定されるべき、ということでもないが。
*
(レビュアー:奥津圭介)
- 聖と性 私のほんとうの話
- 著者:まりてん
- 発売日:2025年01月
- 発行所:講談社
- 価格:2,420円(税込)
- ISBNコード:9784065384411
※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2024年2月6日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。