「選挙の勝利請負人」が見せる、驚愕の票読みの精度とは
主人公は、世界を舞台に活躍する選挙コンサルタント事務所「エージェント・ヴィクトリア」の代表、赤城翼(あかぎつばさ)。彼女が中東の「マリダール国」における大統領選で勝利を収めて帰国したところから、物語はスタートする。
帰国後まもなく、翼は「神奈川県広塚市」の市長選で現職側に依頼され、半年後の再選に向けて動き始めることに。
その市長選を通じて知り合ったのが、対抗馬として出馬した28歳の元会社員・白根健造(しらねけんぞう)。情熱的だが向こう見ずで、なにより選挙について無知な彼に対して、翼は「選挙マニア」を名乗って何度か、的確なアドバイスを送る。
翼のアドバイスに対し、感謝の意を示していた健造。
しかし投票日前日、最後の演説を終えた健造に対して、翼は衝撃的な言葉を口にする。
「明日の開票が終わってもなお政治家の道を進む気があればご連絡を」
健造に名刺を渡して去っていく翼。
翌日の開票の結果、翼の「票読み」の精度は圧倒的だった。健造は惨敗を喫することになる。
さらに落選直後、当選を喜ぶ敵陣の中継映像の中に、翼の姿があることに気づいた健造。
抗議するつもりで翼の事務所に駆け込むが、その場で翼に「なぜ自分が負けたのか」を理路整然と説かれて、さらに落ち込んでしまう。
しかし「勢いだけは一級品」(翼のセリフ)である健造は、そのまま「次回の選挙での当選」を目指して、修業のために翼の事務所でアシスタントとして働くことを決める。
本作は凄腕の選挙コンサルタントである赤城翼と、その有能な助手であるエマ、そして見習いとして新たに「エージェント・ヴィクトリア」に入所した青年・白根健造が、さまざまな選挙を舞台に活躍する「最強の選挙エンタメ」である。
ある意味、ベストタイミングで上梓された「選挙コンサル」の物語
この原稿を書いている今は、2024年11月下旬。
まさに、兵庫県知事選で再選した齋藤元彦知事の公職選挙法違反の疑惑が、ネットをはじめ新聞・テレビなどのマスコミを大きく賑わしている、ど真ん中のタイミングだ。
それらの疑惑の報道を通して「告示日・公示日以降に金銭の授受を経たうえで選挙戦略を企画・立案したり、選挙運動に参画したり」すること自体が公職選挙法違反となる、という認識は、多くの人に共有されたと思われる。
しかし、同時によく耳に入ってくるのが「公職選挙法」におけるグレーゾーンの問題だ。
「べからず法」とも言われ、基本的に「してはいけないこと」が限定列挙の形で規定されている公職選挙法。つまり法律が「想定していない」ような事態に対しては、意外と対応が難しい、といわれている。
選挙の本質を「民主的な殺し合い」と言い切る本作の主人公・赤城翼のセリフによると、彼女による市長選のコンサルティングの相場は1000万円。まさに「大金を貰ってクライアントの選挙当選を請け負う」ことを生業とする「選挙コンサルタント」である。
政治家のコンサルティングには選挙活動のサポートのほか、政治活動のサポートも含まれる。もちろん誰よりも選挙を熟知している翼が、公職選挙法を犯すような不用意な真似をすることはない。むしろ「勝たせること」に加えて「法律違反をさせないようにすること」が、選挙コンサルティングの大切な役割のひとつと言っていい。本作では原案・監修として、プロの「政治家のためのブランディング戦略家」、鈴鹿久美子氏が入っているのだから、なおさらだ。
1巻で取り上げられているのは、冒頭で触れた「神奈川県広塚市」の市長選に加え、引退したキャバクラ嬢が挑戦する「東京都芦立区」の区議会議員選挙。次巻以降では、なんと生徒会長選挙なども扱うようだ。
日本では、参議院議員選挙は3年に1回、衆議院議員選挙はおよそ2~4年に1回という頻度だが、じつは自治体議員選挙や首長選挙を含めると、年間約1000件(年により700~1500程度のばらつきあり)もの選挙が行われているという。
現実の選挙コンサルでは、どのような手法が使われているのか?
「べからず法」の隙をついたような行為は、違法ではなく「脱法」と言えるのか?
一般的には目にすることがほとんどない、候補者事務所の内幕はどうなっているのか?
選挙はそれそのものが「不安と嫉妬の人間ドラマ」とも言われているらしい。当選に向けての戦略、票読みのノウハウや公職選挙法の基本なども含め、実は「人間の弱さのドラマ」にして「エンタメ性抜群」である選挙の裏側を、気軽に垣間見ることができる本作。
一読すれば、多くの人が選挙について、従来よりも興味深く感じられるようになる一作だと思う。
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(レビュアー:奥津圭介)
- 票読みのヴィクトリア 1
- 著者:鈴木コイチ オキモト・シュウ
- 発売日:2024年11月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065372159
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年12月20日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。