人と本や本屋さんとをつなぐWEBメディア「ほんのひきだし」

人と本や本屋さんとをつなぐWEBメディア「ほんのひきだし」

  1. HOME
  2. 本と人
  3. ひと・インタビュー
  4. 【Vol.14:山下紘加】編集者が激推し!2025年の注目作家はこの人

【Vol.14:山下紘加】編集者が激推し!2025年の注目作家はこの人

山下紘加さん

ほんのひきだしでは、この年末年始も8日間にわたり、各出版社の文芸編集者の皆さんが「今、この作家を読んでほしい」とおすすめする、「編集者が激推し!2025年の注目作家はこの人」をお届けします。

ぜひ、気になる作家や作品を見つけて、書店に足を運んでみてください。

 

中央公論新社 編集者・小田巻彩恵さんの注目作家は「山下紘加」

山下紘加(やました・ひろか)
1994年、東京都生まれ。2015年「ドール」で文藝賞を受賞しデビュー。2022年「あくてえ」で第167回芥川賞候補に。著書に『クロス』『エラー』などがある。

 

「人間」の光も闇も平等に掬い取る書き手

山下紘加さんの作品にはじめて触れたのは、いじめを受ける男子中学生がラブドールと出会うことから始まる、衝撃のデビュー作『ドール』を読んだ時でした。
先が見えない展開と、容赦なく曝け出されていく主人公の重く苦しい内面。その途方もないリアルさに、頁を捲る手が震えたのを覚えています。
その後も「クロス」では異性装者、「エラー」ではフードファイター、芥川賞候補作「あくてえ」ではヤングケアラーと、性別や年齢、属性に関係なくどんな人間の内面も鮮やかに描き出してきた山下さん。最新作『可及的に、すみやかに』は「息子をもつ母」を主人公とする、2作の中編からなる一冊です。

引きこもりの息子を案じる中年主婦・幸子は、些細なきっかけから万引きに溺れていく。美容クリーム、衣服、食料品、果てはご近所の家財まで。孤独な心を埋めるように犯行を重ねていく彼女を待つ結末とは――(「掌中」)。

離婚を機に実家へ戻った20代のシングルマザー・詩織は、両親や地元の友人たちに囲まれて息子・翔の成長を見守る毎日。一見平穏な日常ながら、実母との不和、元夫と親友の交際、翔の学校でのトラブルなど詩織の心中は穏やかならず――(「可及的に、すみやかに」)。

幸子の万引き行為が徐々にエスカレートしていく様子、また変容していく幸子自身にハラハラが止まらない「掌中」と、ままならぬ日常にもがく詩織の奮闘を見つめる「可及的に、すみやかに」。読み味も対照的な2作品ですが、家族とコミュニケーションがうまくとれない、家計が苦しい、仕事が決まらない、漠然と未来が不安、などなど、主人公たちの抱える鬱屈には、誰しもおぼえがあるはず。同時に、2人の主人公が形は違えど共有している、たしかな「息子への愛」にも。

山下さんは「人間が好き」だと言います。誰もが目を奪われる強烈なスターではなく、どこにでもいるような一般人。だからこそ誰も知らないドラマを秘めている可能性がある。
そしてその可能性を、山下さんは見逃さない。
誰の目にも留まることなく雑踏に紛れて消えてしまうような人々を、光も闇もまぜこぜに掬い取って物語に昇華する。
そんな力を持った山下さんが、これから先どんな人間を描いていくのか、いち編集者として、またいち読者として2025年も楽しみにしています。

(中央公論新社 文芸編集部 小田巻彩恵)

可及的に、すみやかに
著者:山下紘加
発売日:2024年09月
発行所:中央公論新社
価格:1,980円(税込)
ISBNコード:9784120058295